青山森人の東チモールだより…感染症災禍の中の大統領選挙

医療を逼迫させるデング熱

「新型コロナウィルスに予算をかけてデング熱にそうしないのはおかしい。子どもたちの生命が脅かされているというのに。そして病院に来ると患者はデング熱の患者ばかりだというのに。ここから別の場所に移れば命が救えるのか。権力を握っている指導者たちに言いたい。国民があなた方に投票したからあなたがたは権力を握れたのだ。あなたがた権力者は、国民の生活、子どもの生きる権力、地域社会の健康とちゃんとした治療を保障しなければならない。それなのに指導者たちは病気になれば海外に飛んで治療を受けるという特別扱いだ。われわれはどうか、病院には、(きれいな)水がない、酸素(ボンベ)がない、医者がいない、こんな状態だ」。

これは2月9日、昼のGMN局のTVニュースに流れた一場面です。デング熱の感染拡大で逼迫する医療現場の様子が報じられました。上記の発言は、首都のベラクルスという地区にある診療所がデング熱の患者で溢れてしまい、ここのデング熱患者をタシトゥールの診療所に移ってもらう方針を保健省が打ち出したことにたいする患者家族の反応です。

ベラクルスの診療所には元々他の診療所から移されたデング熱患者がいることから、また移れというのかという不満が、命が脅かされている患者(子どもたち)の家族の嘆きに入り混じっています。上記の発言は男性のもので、このほか、仕事が終わって見舞いに来ると夜になる、タシトゥールでいま格闘集団の抗争事件が起こっているので危険だ、と移動に反対する女性の意見が紹介されました。

移動にたいするこうした声にオデテ=ベロ保健相は、「患者家族は移動に反対する権利はない。批判はしてもよろしいが、こちらの決定には従ってもらう」と身もふたもない頑な姿勢を示しました。デング熱で苦しむ子どもをもつ家族にかける言葉としてはあまりにも配慮に欠けるのではないでしょうか。もうちょっと言い方というものがあろうというものです。

翌日、保健省は移動の方針をとりあえず撤回しました。保健相の冷たい言い方が問題になったのかどうかはわかりませんが、報道によれば、タシトゥールの診療所とは元々新型コロナウィルスの感染者に対応する隔離施設であり、新型コロナウィルスの感染者数が増えてきているというのが方針撤回(凍結)の理由です。

しかしタシトゥールへの移動は医療的に必要な処置であることから、2月15日、保健省はベラクルスの患者20名の移動を決定しました。この2月15日の時点で、デング熱の累積患者数は2114人、これまで30人の命がなくなりました。

本来は新型コロナウィルス感染患者の隔離施設だった所を急増するデング熱患者のためにの利用していましたのが、オミクロン変異株による新型コロナウィルスの感染者が増えてきたいま、医療全般が逼迫する事態を迎えています。

『チモールポスト』(2022年1月31日)より。

「オーストラリア、東チモールにオミクロン株がすでに入っていると発表」(見出し)。

「オミクロン株はオーストラリアとインドネシアに前から入っているが、いまや東チモールにもすでに拡散しているとオーストラリア政府は正式に発表する」(第一段落)。

新型コロナウィルスの感染再拡大

今年に入って新型コロナウィルスの一日の新規感染者数は1月25日までは1月7日の11人を例外として、0~3人のあいだで推移し、しかもゼロ人であった日数は12日もありました。ところが1月26日から雲行きが怪しくなってきます。

1月26日が8人、27日が15人、28日が4人、29日は10人、30日は38人、そして31日が9人と、このように0人から一桁前半までの範囲での推移ではもはやなくなってしまいます。そして2月に入ったとたん、感染者数が急増しました。2月1日以降の一日の感染者数を以下に示します。

【2021年2月】

1日=159, 2日=31, 3日=41, 4日=63, 5日=88.

6日=75, 7日=98, 8日=247, 9日=194, 10日=216.

11日=243, 12日=155, 13日=75, 14日=117, 15日=129.

16日=170, 17日=91, 18日=123.

2月1日、一日の新規感染者数が159人といきなり数字が飛び跳ねました。オーストラリアからの情報通り、感染しやすいオミクロン変異株が東チモールに侵入してしまった結果ではないかと思われます。2月1日はまた、統計を取り始めた2020年3月からの累計感染者数が2万人を超えた日になりました。この2月には新規感染者が200人を超えることもあり、明らかに新たな波の到来と見てよいでしょう。

また新型コロナウィルスによる死者ですが、去年10月28日に一人が出てて以来(この時点で累計死者数は122)105日ものあいだ出ていませんでしたが、この2月の11日と13日そして17日にそれぞれ一名が亡くなり、累計死者数は125となってしまいました。

2月8日、オーストラリアの訪問を翌日に控えたタウル=マタン=ルアク首相はPCR検査をした結果、奥さんのイザベルとともに陽性と出てしまい、首相として初めての外国訪問はおあずけとなってしまいました。二人とも無症状とのことです。二人がオミクロン株に感染したのかどうかは発表されませんが、感染再拡大を象徴する出来事です。

【グラフ】

東チモールの新型コロナウィルス感染状況(2020年3月からの統計)。

東チモール保健省のFacebook(2022年2月14日)から作成。

緑色の棒グラフは一日の新規感染者数、青の折れ線グラフは累積感染者数を表す。

現在、三番目の緑色の山ができつつある。ということは第三波の到来ということになる。ただし東チモールでは第一波・第二波……という表現は使用していない。

立候補者16名の大統領選挙

さる1月15日、フランシスコ=グテレス=ルオロ大統領は、任期満了に伴う大統領選挙の日程を発表しました。投票日は3月19日です。

思い返せば20年前、2002年の今頃、国連統治機構が最後の仕上げとして大統領選挙と憲法制定を実施しようとしている時期でした。インドネシア軍が撤退した翌年の2000年8月20日、アイレウで開かれたFALINTIL(東チモール民族解放軍)の創設25周年記念式典のなかで当時のFALINTIL最高司令官シャナナ=グズマンは、「わたしはあなたがたのまえで、そしてすでに倒れた人びとのまえで誓ったことを忘れてはいない。いかなることがあっても、わたしは個人的な野心に負けることはしないし、大臣やましてや大統領になることはないだろう」(拙著『東チモール 未完の肖像』、2010年、社会評論社)と演説するなど、シャナナはあらゆる方面に大統領にはならないと断言しつづけましたが、国際社会の圧力をかけられ(とのちにシャナナは告白している)大統領選に出馬することを表明したのは20年前の2月23日でした(このときのシャナナはまるで国連に担がれる神輿のような存在だった)。

20年後のいま、シャナナが大統領に選ばれた第一回目から数えて第五回目の大統領選挙が実施されることになります。かつてないほどデング熱が感染拡大し多数の子どもたちが命を落とすなかで、オミクロン株が侵入し新たな感染拡大が始まったような状況のなかで、さらに、一昨年・去年と年々増大する大雨による被害が出る時期を迎えるなかで、はたして大統領選挙をやって大丈夫か?大雨による被害が出る日が投票日だったらどうするのか?と心配してしまいます。

今回の大統領選は勝敗を抜きにして意見を主張したい者が多数登場し、合計17名の立候補者が名乗り出ました。このうち男性の立候補者一名の申請書類が不備であることから控訴裁判所は立候補を認めず、結局16名の立候補者による大統領選挙となることになりました。

男性の主な立候補者は、現職のルオロ大統領、シャナナの政党CNRT(東チモール再建国民会議)が推薦する元大統領/元首相のジョゼ=ラモス=オルタ、国防軍の最高地位にあったレレ=アナン=チムール元将軍をはじめとする12名、女性陣は、社会連帯包括大臣兼副首相のアルマンダ=ベルタ=ドス=サントス、法務副大臣を務めたことのある人権活動家のイザベル=フェレイラ、国連への永久代表の地位にあったミレーナ=ピレス、そしてアンジェラ=フレイタス(東チモールだより  第425号を参照)の4人です。

おやおや、イザベル=フェレイラはタウル=マタン=ルアク首相の奥さんです。万が一、イザベル=フェレイラが大統領になったら(まさか!?)、この国は夫婦で首相と大統領を担うという家族独占の国になってしまいます。

しかし事実上は現職のルオロ大統領とシャナナが送り出したラモス=オルタ元大統領の一騎打ちになるのではないでしょうか。今回の大統領選は、2017年に始まったいわゆる「政治的袋小路」の一環にある選挙です。とくに与党第一党から野党に転落したCNRT(東チモール再建国民会議)にとっては”遺恨試合”となります。

シャナナCNRT党首にしてみれば、CNRTからの閣僚候補者を認めないという憲法違反をしたルオロ大統領の再選を許すわけにはいかず、連立仲間であったPLP(大衆解放党)党首であるタウル首相を辞任に追い込んでPLPに代わる連立相手を見出して新たな連立政権を樹立できるはずだったのに、PLPと組んだフレテリン(東チモール独立革命戦線)がCNRTに代わって与党第一党になってしまい、この連立勢力を政権として承認したルオロ大統領をなんとしてでも大統領の座から降ろさなければならないのです。そしてシャナナCNRT党首にしてみれば、憲法違反のうえに成立した現政権を来年の総選挙を待たずに即刻終わらせるため、新大統領に国会を解散してもらい、前倒し総選挙で勝利して自分たちが再び政権を握り、民主主義を回復させたいという論理です。

もちろんこの論理には賛否両論あり、憲法解釈も立場によって違います。当選した暁には国会を解散する約束をしてラモス=オルタはCNRT推薦の立候補者となったわけですが、新大統領になって国会を解散する正当性についても賛否両論あります。

これまでの大統領選はことごとくシャナナ陣営が勝利してきましたが、現職の強みという要素がルオロ大統領にあること、そして、「ノーベル平和賞」受賞者とはいえラモス=オルタの大統領にはやや新鮮味に欠けるというイメージを抱く人もいることを考慮すれば、シャナナに支援されるとはいえラモス=オルタ候補が優位とは限りません。

無所属や女性立候補者たちによる新鮮味のある主義主張が「政治的袋小路」の”遺恨試合”という側面を忘れさせ、新しい時代の幕開けを予感させる大統領選挙となって欲しいとわたしは期待します。

ともかく、猛威を振るうデング熱と新型コロナウィルス感染再拡大の対策と、そして大雨による被害にたいする備えを怠ることは政府には許されません。指導者たちが人命を軽視して大統領選挙に興ずれば国民はそっぽを向くことでしょう。


青山森人の東チモールだより  451号(202202月19日)より

青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.co

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/
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