青山森人の東チモールだより 第346号(2017年5月19日)
授業への母語導入が後退、政治的判断か
議会選挙、投票日は7月22日
タウル=マタン=ルアク大統領は5月3日、国会議員選挙(定員65名、一院制)の日程を発表、投票日は7月22日と決まりました。5月4日から30日間のうちに各政党は候補者名簿を選挙管理委員会へ提出することになります。報道によれば31もの政党が議会選に参加する模様です。
議会選挙の大一番の前にまず東チモールは5月20日、「独立回復」15周年記念日を迎え、同日、ル=オロ新大統領が誕生します。しばし議会選挙の浮世を忘れ、ひとまず政局は和んでもよさそうですが、任期切れ間近のタウル=マタン=ルアク大統領と政府は、控訴裁判所長と検事総長の任命をめぐって対立状態になっています。
かねてから体調を崩していた控訴裁判所のギレルミノ=ダ=シルバ所長は健康状態を理由に4月17日の週に辞表を提出しました。大統領は即刻デオリンド=ドス=サントス氏を新所長に任命し、さらに現職のジョゼ=ダ=コスタ=シメネス検事総長の任期延長を決め、翌週の金曜日28日、二人の宣誓式が大統領府でおこなわれました。
政府は控訴裁判所長の新所長は新大統領に任命されるものと期待し、汚職を追及してきた現検事総長の交代を望んでいましたが、その思いがはずれてしまい、任期終了間際のタウル=マタン=ルアク大統領によるこの任命に反発をしています。控訴裁判所長と検事総長の任命権は大統領にあります。政府の反発は政府による司法への干渉であると大統領は憂慮します。検察庁の発表によると現在56件の汚職事件が裁判手続きのなかにあり、ほとんどが国家機関の権力者によるものだといいます。政府側が自分たち都合の良い控訴裁判所長と検事総長を望むのも無理からぬことです。
選挙法改正案、問われる合憲性
控訴裁判所長任命のまえのこと、4月4日、タウル=マタン=ルアク大統領は去年12月28日すでに国会を通過した選挙法改正案を控訴裁判所に送り、その合憲性を審議するよう求めました。
現政権は選挙法を改正し、優位に選挙を戦おうとしています。CNRT(東チモール再建国民会議)とフレテリン(東チモール独立革命戦線)が組んだ国会ではまさに“一強”状態、好き勝手に法律を作り変えているように見えます(まるで日本のようだ)。
この選挙法改正案は違憲の疑いがあるとよく論じられています。政党が議席を得られる条件である最低得票率を3%から4%へ引き上げたことがその理由としてよくとりざたされます。少数政党にとってハードルが高くなったことが普通選挙と複数政党制を謳っている憲法第7条に抵触するのではないかという意見です。
タウル=マタン=ルアク大統領が問題視しているのは、国会議員が所属する政党の利益に反した場合、その議員は国会議員の資格がなくなるという部分です。日本流にいうならば造反議員はすぐさま議員辞職というわけで、党員の造反を許したくない政党組織としては都合の良い法律でしょうが、民主主義思想を揺るがす考え方だと思います。党員のことは党内で決めればよいことです。また、選挙管理委員会の独立性をこの改正案では以前と比べ制限されており、政権側が優位になる選挙戦のレールを敷いていることもおおいに問題視されています。
この選挙法改正案の合憲性/違憲性を控訴裁判所に諮っている大統領が、控訴裁判所の新所長を任命したことが、政権側は気に入らないことなのでしょう。しかし所長の任命権は大統領にあると憲法で定められているのですから、政権側の憂慮とは、東チモールの司法権の独立性を脅かす行為であるといえます。
「ポルトガル語週間」はポルトガル語擁護週間としても…
「独立回復」記念日前のこの時期は、ポルトガル大使館主催の「ポルトガル語週間」の行事が催されています。要人は東チモールにおけるポルトガル語の重要性を強調し、ポルトガル語を習得するために国だけでなく家庭でも努力するべきだという発言の記事が目立ちます。もちろんこれは「ポルトガル語週間」向けのポルトガルに気を遣った外交辞令としての意味あいがあることでしょう。しかしながら最近のタウル=マタン=ルアク大統領によるポルトガル語を擁護する発言はちょっと気にかかります。
「東チモール 第342号」(2017年2月16日)でも書きましたが、国会議員と同様に大統領は、ポルトガル語は憲法で公用語と定められていることを強調しながら、授業での母語使用に反対する発言をしています。時系列的にみると、母語を試験的に導入した成果が発表されてからのこうした発言であることから、学校で本格的に母語が使用される動きにたいする反発にきこえます。要人たちによる母語導入への反対意見にかんしてわたしが疑問に思うことは、ポルトガル語を習得するためにも低学年の母語による授業が有効であるという母語導入の論拠が無視されている点です。母語導入はむしろポルトガル語の学習に役立つものなのに、なぜポルトガル語の重要性を説く人たちは母語導入に反対するのでしょうか。
タウル=マタン=ルアク大統領は3月末、自分の家庭ではテトゥン語の使用を禁止し、ポルトガル語を話させている、と大学生との対話集会で語ったと報じられ、わたしはますます大統領のポルトガル語を擁護する発言が気にかかるようになりました。“教育パパ”の奮闘ぶりをほほえましく聞き流したいところですが、子どもたちに自分たちの言葉の使用を制限することは(どの程度の制限なのかが問題であるが)、子ども人権を侵害することにならないだろうか……。
言語問題に政治が介入か
さらに気にかかるのは、タウル=マタン=ルアク大統領が指導するといわれる新政党PLP(大衆解放党)と民主党が3月の大統領選挙で組んだ選挙協力です。この選挙協力が言語政策に影響したのではないかという“疑惑”をわたしは抱いています。民主党から大統領選に立候補したアントニオ=ダ=コンセイサン氏は、3地方(オイクシ地方・マナトト地方・ラウテン地方)で母語を使った授業を試しに導入する事業を進めていた教育大臣です。去年(2016年)10月、専門家の評価報告をうけて、子どもたちの思考が拓けてきた、子どもたちがよく学べるようになったと母語導入を肯定的に語っていました(「東チモールだより第335号」参照)。試験的な母語導入の成果をみたコンセイサン教育大臣は、初等教育に焦点をあてた「母語に基づく多言語教育」を全国で展開する展望を持っていたはずです。ならば母語導入に否定的な発言にたいして教育大臣は反論して然るべきです。しかし教育大臣はタウル=マタン=ルアク大統領に反論したでしょうか。民主党とPLPが選挙協力をするという政治的な理由をまえにしてコンセイサン教育大臣が母語導入に否定的な発言にたいして口を閉ざしたとすれば嘆かわしいことです。かくして「母語使用を止める。ユネスコ、調査を求める。国会議員、教育大臣の辞任を要求」というタイトルの記事を読むことになります(『インデペンデンテ』、2017年3月28日)。概要は以下のとおり。
「教育大臣は授業での母語使用を止める予定。これにたいしユネスコは農村部における母語使用の利益を調べることを求める。『ユネスコ東チモール国民委員会』のマリア=アンジェリーナ=ロペス=サルメントは母語使用を止めるのは政治的決定だ。技術的に母語使用はテトゥン語もポルトガル語も話せない農村部の生徒たちにとって利益になる。『政治家たちがレトリックと政治論争をしないで現場を訪れ人びと話せばよいのです』という。一方、国会議員たちは教育大臣の辞任を求めた。教育省が母語使用政策をつくったのに、いまは止めるというのはつまりこの計画に一貫性がないというのがその理由である」。
今年2月の時点では、母語使用に否定的な意見に対して、教育・保健・スポーツ・性平等などの問題を取り扱うF委員会(国会内の作業部会)は、初等教育における母語使用は生徒にとって有効であるという見解を示していました。もし本当に母語使用計画が白紙にもどったとしたら極めて残念なことです。
テトゥン語もポルトガル語も話せない子どもたちにどのように勉強を教えたらよいか、九九の掛け算をどのように教えればよいのか、東チモールの歴史を何語で教え、子ども自身の考えを何語で書くことを教えたらよいのか等々、想像力をふくらまして熟慮したうえで、大統領をはじめ国会議員や要人たちはポルトガル語の重要性を説いてほしいものです。
多様性ある多言語社会を願う
5月4日、東チモール国立大学が主催した行事のなかでタウル=マタン=ルアク大統領は「わたしの家では家族が、使用人も含めて、テトゥン語を話してはいけないことにして、ポルトガル語だけを話している。これはたいへんなことで、やさしいことではない。だがやり始めなくてはならないことであり、もっと努力すべきことだ」と語り、ここでも大統領は家庭内での自分の取り組みを紹介しています(ポルトガルの通信社「ルザ」配信の記事、2017年5月4日)。またこのなかで大統領は、他の国ぐにが国家予算の10~17%を教育に注ぎこんでいるのに東チモール政府は6%だけだ、政府は人より基盤整備を重視している、と政府を強く批判しています。大統領としてはここで言語問題を論じているつもりはなく、国民のために国はもっと教育に投資すべきであること、国家だけでなく家庭でも子どもたちの教育に努力すべきであることを主張し、さらに自ら語るところを自分の家庭で実践していることを示しているだけかもしれません。正義感の強い誠実な人柄のタウル=マタン=ルアク大統領らしい発言だと捉えることができます。
とはいうものの大統領はこの講演のなかで、教育省は母語によって幼稚園・小学校における教育の発展促進に失敗し、時間と人材を無駄にしたと述べています。教育にたいする政府の失策を批判しているだけでなく、やはり大統領は母語を使う授業に明確に反対しているといってよいでしょう。
5年前、新大統領に就任するころのタウル=マタン=ルアク氏は、若い世代にバトンタッチするのが自分の役割だといい、東チモールにおけるポルトガル語の現状を鑑みて、憲法上のポルトガル語の地位を変える必要はないが、ポルトガル語を外国語のように教えた方がいいという、ポルトガル語を話せない・話したくない世代を考慮した柔軟姿勢を示しました。なぜか今はその柔軟性が失われてしまったようです。
それにしても憲法に公用語と定められているのだからとポルトガル語を勉強しなければならいとう要人たちの論調は、少数言語に冷たく、寛容性・多様性の乏しさを感じます。こうした論調は、ポルトガル語擁護論者にとって自らの墓穴をせっせと掘っているといえます。ポルトガル語を話せない・話したくない世代が東チモール人口の大半を占め、国の担い手の主流となるのは時間の問題であるからです。かれら若い世代が、「だったら憲法を改正すればいい」という動きに走れば、ポルトガル語が公用語でなくなる可能性は十分にあります。そのときポルトガル語をアイデンティティとする指導者たちは旧世代として肩身の狭い少数派となってしまうことでしょう。
東チモールは豊かな言語に恵まれた国です。ポルトガル語が公用語であると憲法で定められていようがあるまいが、東チモールはその貴重な“資源”を活かして、少数派も温かく包み込まれる、様々な諸言語が対等平等に共存できる多様性のある社会を実現してほしいと切に願います。
~次号へ続く~
青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion6680:170519〕