教師が感染した地元の不安
4月20日の時点で東チモールでの新型コロナウィルス感染者は累計22人(うち1人が回復)でした。その後の感染者数を単純に追ってみますと、21日と24日に1人ずつそれぞれ新たな感染者が確認されました。危機管理統合センターによれば、3月6日から4月25日までの累計数は以下の通りです。
・検査を受けた人…409人
・検査結果待ちの人…18人
・検査結果が陽性だった人…24人
・検査結果が陰性だった人…367人
・回復した人…6人(2人が陽性確認から、4人が感染の可能性から)
さて、リキサ地方で教鞭を執っていたポルトガル人教師が帰国後に陽性反応を示した件(前号の東チモールだより)のその後です。危機管理統合センターの発表によれば、21日に新たな感染者として確認されたのはまたもリキサで教えていたポルトガル人教師でした(報道の文脈からすればこのポルトガル人教師はまだ東チモールにいるようだ)。リキサでポルトガル人教師と接触していた地元の11人の検体を採ってオーストラリアに送られたとのことですが(東チモールによる検査は、採集した検体がオーストラリア・ダーウィンの病院に送られて行われる)、『テンポチモール』(2020年4月24日)は、感染が確認されたポルトガル人教師に教わった地元リキサの生徒の怯える声を伝えています。非常事態宣言(3月27日)が出される前の授業では社会的距離を保っておらず、自分も感染したかもしれず、もしそうなら家族も安全ではない、ポルトガル人教師に接触したすべての生徒と先生そしてポルトガル人教師を乗せた車の運転手たちも検査してほしいと訴えています。
現在、危機管理統合センターは小集団感染を6件確認しており、リキサのこの地元はその一つです。あとの5つは隔離施設として利用されたホテルです。ホテルという限られた空間とは違い、リキサの場合、ポルトガル人教師の行動範囲が空間となります。小集団感染が発生した地元住民を新型コロナウィルスからいかにして守り、そして新型コロナウィルスをいかに封じ込めるか、東チモール当局に大きな試練が訪れました。
保健副大臣の解任
新型コロナウィルス対策本部の役割をはたす危機管理統合センターが設置されて以来、暫定的とはいえ事実上の保健大臣として新型コロナウィルス対策に取り組んでいた保健省のエリア=ドス=レイス=アマラル副大臣が、4月3日、更迭されました(なお正式な保健大臣は現政府には存在しない。大統領が現政権発足当時から政権が提出する閣僚候補者一部を承認しない状態、いわゆる政治的袋小路が続いているからである)。
アマラル副大臣が、危機管理統合センターの広報担当の一人である元首相のルイ=マリア=デ=アラウジョ医師の発表した内容(検査を受けた人数)と異なる発表をし、このことを質問する記者たちにたいして不快感をあらわにした態度をとるなどして混乱を与えたところ、4月3日、タウル=マタン=ルアク首相はフランシスコ=グテレス=ルオロ大統領にアマラル副大臣の更迭を申し入れ、これが受け入れられました。
CNRT(東チモール再建国民会議)は、閣僚を更迭する権限は大統領にあるが、更迭を申し入れた首相は理由を説明すべきだといい、これにたいしタウル=マタンル=アク首相は「信頼できないから」と簡潔に対応しました。CNRTもそれ以上は追及しませんでした。おそらく、解任やむなし、むしろ遅きに失した、と思うの人が多いのではないでしょうか。同副大臣は去年、タウル首相が率いる第8次立憲政府が酷評を得る原因をつくった一人でした。例えば、去年の5月ジュネーブで開かれたWHOの総会に出席した同副大臣は勝手に日程を変更してバリ島を訪れたことが『テンポチモール』(2019年5月31日)にすっぱ抜かれたり、反りが合わない同省職員を解任するという規則違反をしたり、もう一人の保健副大臣に自分の方が偉いのだからわたしの言うことをききなさいと言い争う録音がfacebookで拡散されるなど(東チモールだより 第406号)、彼女は何かと世間を騒がせる人物でした(ニュース映像を見る限りでは新型コロナウィルス対策の責任者の一人として案外立派にやっているようだったが)。
政権崩壊後から政府をひっぱる首相
思えば去年、世論によって高まる閣僚への不平・不満に耳を閉ざして何も手を打たなかった(打てなかった)タウル首相の指導力が疑われ、その人気は随分と低下しました。解放闘争時代からタウル=マタン=ルアク解放軍参謀長に尽くしてきた人物が初めてタウル=マタン=ルアクを悪く言うのをきいたとき、わたしはタウル首相と政府の不評は想像以上であると感じたものです。
AMP政権が崩壊して政府が土俵際で残っている状態になってからタウル首相は本領を発揮しているのですから、皮肉なものです。このことは現在のタウル首相にCNRTの束縛がなくなったこと、そして指導力を回復していることの表れといってよいでしょう。もちろん、間髪を入れずバッサリとアマラル副大臣の更迭要求を大統領に提出したのは、新型コロナウィルスから国民の命を守らなくてはならない非常事態下では政治的に四の五のいっていられる状況でないことも大きな要素であることは間違いありません。それにしても政権が崩壊しても政府が存続しているというのは不思議なものです。
AMP、二つの噂の否定
本来なら3月から新政権を担っていたはずの6政党から成る新たな連立勢力は、新型コロナウィルスがもたらす災禍のもとでは、依然として存在するタウル=マタン=ルアク首相率いる政府を声高に違憲だと批判することはなかなか難しいようです。
なお、CNRTを中心とするこの6政党連立勢力は、AMP(国会多数派連盟)という呼称にもどりました。CNRT による連立は初めAMP(国会多数派連盟)と自らを呼び、PLP(大衆解放党)とKHUNTO(チモール国民統一強化)と組んだ連立をAMP(進歩革新連盟)とし、いままたAMP(国会多数派連盟)となりました。
そのAMPの指導者たちが、4月5日、シャナナ=グズマンCNRT党首の自宅に集まりました。『テンポチモール』(2020年4月6日)は「非常事態の規則、AMPには“効かない”」と皮肉るタイトルでこのニュースを伝えました。非常事態宣言下では一般庶民が集まっていたら見回りのおまわりさんに叱られます。なおこの会合に現政権のサラ=ロボ=ブリティス暫定財務大臣とフィロメノ=パイシャン防衛治安大臣兼暫定内務大臣も出席しました(暫定大臣が存在するのは正式な大臣が不在だからで、これはルオロ大統領が承認しないからである)。この2人の現閣僚は後日タウル=マタン=ルアク首相と会談したあと、辞表を提出したのかという記者からの問いにたいし、これを否定し、AMPの集まりには招待されたから出席した、シャナナ=グズマンと新型コロナウィルス対策について意見交換をした、会合は社会的距離を保っていたので問題ない、首相と会ったのは定例の会談であると説明しました。
現閣僚のこの2人はAMP会合について重要な内容のことを記者たちに話さなかったかもしれません。4月6日、AMPを構成する政党KHUNTOのルイス=ロベルト=ダ=シルバ議員は、タウル=マタン=ルアク首相にたいして不信任決議案を提出する、現政府内にいるAMP構成員が辞職する、そしてル=オロ大統領にたいしてデモをする、というAMPの決定に反対だ、なぜなら政治的袋小路の解決にならないからだと発言したのです(『テンポチモール』、2020年4月6日)。一方、同じ6日、AMPを構成する別の政党である民主党の幹部であるアントニオ=ダ=コンセイサンAMP広報担当は、AMPが首相にたいして不信任決議案を提出するとか大統領にたいしてデモを行うというのは噂にすぎない、とAMPが政府に揺さぶりをかける行動について否定をしました(GMNニュース、2020年4月7日)。事実か噂か…KHUNTOの議員とAMP広報担当者、どちらが本当のことをいっているのかわかりませんが、2月22日に結成された6政党による多数派連立の内部で早くも齟齬をきたしたようです。
アントニオ=ダ=コンセイサンAMP広報担当は、AMPがタウル=マタン=ルアク首相への不信任決議案提出やルオロ大統領にたいするデモ行動を否定した理由として、首相は辞表を提出しており大統領の判断を待っている状態にあるのでそんな行動をとる必要ないという趣旨のことを述べました。するとどうでしょう、4月8日、首相は辞表提出を撤回しました(東チモールだより 第412号)。するとまたKHUNTOは4月14日、首相が辞表を撤回して新型コロナウィルス対策にこのまま取り組むことを支持すると表明したのです。4月15日、ルオロ大統領はタウル首相の辞表撤回を正式に承認しました。
KHUNTOのこのような言動をみると、当然、次のような憶測をしたくなるのが人情というものです—-おやっ、KHUNTOはタウル=マタン=ルアク首相のPLP(大衆解放党)とフレテリン(東チモール独立革命戦線)が組んだ少数派連立勢力に加担するつもりか(KHUNTOが加われば少数派は多数派に転ずる)、タウル首相がフレテリン大会で示した疑問、つまり、最近結成された(6政党による)連立勢力ははたして強いといえるだろうか?(東チモールだより 第412号)とは、タウル首相がKHUNTOを自らに引き寄せる手ごたえを感じていたうえでの発言だったのか—-という憶測が。
しかしKHUNTOは、4月15日、KHUNTOがAMPを出てPLPとフレテリンの少数派連立に加わる
というソーシャルメディアに流れた話は噂であると明確に否定し、いまは新型コロナウィルス対策に専念するときだと述べたのでした(GMNニュース、2020年4月15日)。
東チモールはシャナナから卒業できるか
いまのところ、AMPの棟梁であるシャナナ=グズマンCNRT党首は、隔離施設に入った人たちに声を掛けて励ましたり、新たにプレハブ建設された隔離施設を視察するなど、独自の活動をしており、タウル=マタン=ルアク首相とその政府による新型コロナウィルス対策を表立って批判したり注文をつけたりはしていません。
しかし人びとの行動を制限する非常事態宣言下では、日本の例をとりあげるまでもなく、政府が人びとの生活を適切に保護しなければ政府の信頼は地に落ちます。補償もなしに行動だけを制限されては東チモールの人びとも悲鳴をあげるでしょうし、すでに生活の窮状を涙ながらに訴える声がニュースに流れています。政府が人びとの支援を手薄にして新型コロナウィルス対策をしていけば、一般庶民がやっぱりシャナナでなければだめだと、シャナナCNRT党首の新政権を望むという展開になることは十分に考えられます。
ひょっとしたら新型コロナウィルスが東チモールに及ぼす災禍とは、解放闘争の最高指導者で今も最大の影響力を維持するシャナナ=グズマン、このカリスマ指導者から東チモールが卒業できるか、否か、の岐路をもたらしているのかもしれません。
青山森人の東チモールだより 第414号(2020年04日25日)より
青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion9688:20200427〕