青山森人の東チモールだより…新型コロナウィルス災禍をよそに政争激化

市中感染を免れたリキサ

東チモールにおける新型コロナウィルスの感染者数など最近の累計数字は以下の通りです。

-日付 —–①——②——–③——④- ——⑤—–

5月 7日–764人—61人—-24人—679人—21人*

5月 8日–830人–114人—24人—692人—-21人

5月 9日–854人—80人—24人—750人—-21人

5月10日–909人–104人–24人—781人—-22人**

5月11日–922人—117人—24人—781人–22人

5月12日–952人—147人—24人—781人–22人

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①検査を受けた人、②検査結果待ちの人、③結果が陽性だった人、④結果が陰性だった人、⑤回復した人

(危機管理統合センターの資料より、累計は3月6日から)

(*)17人が陽性確認から、4人が感染の可能性からの回復。

(**)18人が陽性確認から、4人が感染の可能性からの回復。

リキサで教えていたポルトガル人教師2人が新型コロナウィルスの陽性反応を示したことで、この地域での市中感染が心配されましたが、5月11日の危機管理統合センターの発表によると、これまでリキサで採集した検体から陽性が出ておらず市中感染は発生していないとのことです。

東チモール(人口約120万)では検査された人数が1000人弱と限定的であり、無症状の感染者がいるかもしれないという可能性を考慮すれば心配は絶えませんが、ともかく新たな感染者が4月24日以来確認されていないので感染拡大防止に成功しているといえるのかもしれません。

しかしフレテリン(東チモール独立革命戦線)のアルセノ=バノ氏がオーストラリアから帰ったとき、決められた14日間の隔離生活をしなかったことが問題視され、その後、危機管理統合センターは自主隔離(たぶん自宅で)をしてもらうと発表しています(『テンポチモール』、2020年5月7日)。規則に従わない人から感染拡大が発生してしまうことが懸念されます。

東チモール中央銀行によれば、今年最初の四半期(2020年1月~3月)における「石油基金」の額が、新型コロナウィルスが世界経済に及ぼした影響などによって、176億9000万ドルから170億3000万ドルに落ち込んだといいます(GMNニュース、2020年5月5日)。6億6000万ドルの減額です。新型コロナウィルスによる原油市場への悪影響で東チモールの財源が想定外の落ち込みをすることが十分に考えられます。将来の新たな収入源と期待される「グレーターサンライズ」ガス田開発にも多大な悪影響が出ることでしょう。東チモールは経済戦略の抜本的な練り直しを余儀なくされます。

先のことも大切ですが、今は非常事態宣言のもと生活が困窮する人びとへの支援対策が緊急課題です。政府は一世帯当たり現金100ドルの給付金を配ることを決定しましたが、給付リストの作成と実行に手間取っている様子がニュースからうかがわれます。

揺さぶられる新AMP

新型コロナウィルス対策として発動された非常事態宣言のもと国民の生活が困窮しているにもかかわらず、4月下旬KHUNTO(チモール国民統一強化)が新AMP(国会多数派連盟)からの離脱を告げて以来、政争が激化しています。

新AMPの中心政党CNRT(東チモール再建国民会議)は初めて少数派に転ずる事態を迎え動揺したのでしょう、CNRTの国会議員は記者会見を開き、フレテリンとCNRTの2大政党が政治的袋小路の解決をするのが好ましい、フランシスコ=グテレス=ルオロ大統領はこの2政党を呼んで同じテーブルに座り問題解決に臨んでほしいと発言しました(前号の東チモールだより)。すると5月6日CNRT幹部は、5日にCNRT国会議員がおこなった記者会見は党の許可を得ておらず、発言の内容は個人的なものでCNRTの見解ではない、さらにこの件に関してCNRTは調査をすると声明を出したのです。

党幹部のこの声明をうけてCNRT国会議員の一人ドゥアルテ=ルネスCNRT国会担当は、たしかに党の許可を得た記者会見ではなかったが、これは国民に影響する政治状況を憂えるCNRT国会議員として政党の指導者と大統領に向けた訴えなのであると語りました。ルネスCNRT国会担当によれば、記者会見で訴えたかったこととは、2政党が一緒になって統治することではなく、国会の議題に共に同じ票を投じて、現状の問題を解決していくという意味なのだと述べました(『インデペンデンテ』、2020年5月7日)。

また、タウル=マタン=ルアク首相が現政府が発足してから今日まで長らく未就任のままとなっている閣僚の席にフレテリンから5人と民主党から1人などを充てることを発表したことをうけてのことでしょう、新AMPの構成政党の一つである民主党は、足の引っ張り合いをするのではなく、国を発展させていく政府なら支持する、民主党はこれまでも第8次立憲政府を支持してきた、現在国民は腹を空かせているし、経済が立ち行かない状況である、民主党は発展のために貢献していくと、現政府を前向きに支援する姿勢をアサナミ党首は示しました(『テンポチモール』『インデペンデンテ』、2020年5月7)。入閣者が自分の党から出ることに民主党は新AMPの構成政党であることを忘れて喜んだのでしょうか…おやおや…よくわかりません?なお民主党はその後、タウル=マタン=ルアク首相が発表した民主党員からの元戦士担当大臣としての入閣候補者にたいして、民主党を代表する人物ではないと新AMP広報担当でもある民主党のアントニオ=コンセイサン国会担当が不快感を表明しています。新AMPが多数派でなくなったことで民主党も揺れているようです。

5月8日、タウル=マタン=ルアク首相は自らの政府の人員配置を完全にするための閣僚候補名簿をルオロ大統領に提出しました。タウル=マタン=ルアク首相はこの処置について、内閣改造ではない、空席を埋めるだけだと述べています。しかし、これまで財務大臣は暫定的とはいえこの間ずっとCNRTのサラ=ロボ=ブリテス氏が務めていましたがフレテリンのフェルナンド=ハンジャン氏にかえているので、実質上の内閣改造といえます。

憲法論争

4月下旬、シャナナ=グズマンCNRT党首は大統領の違憲性について控訴裁判所に諮るよう求めると発表しました。その後、裁判所に提出する請願書の調整に少し手間取ったのか、5月5日にこれが実行されました。CNRTは大統領のどのような行為が憲法違反だといっているのでしょうか。憲法違反は一つや二つ三つ四つだけではないとCNRTの弁護士はいっていますが、とくに問題にされる点は二つあります。

まず一つ、首相が提出した閣僚候補名簿にたいして一部見直しを求めて宣誓就任式をしないという大統領の行為です。これはおよそ2年近く世間に論争を呼んできました。ここで問題になるのはお馴染みの憲法第106条。「お馴染みの」といったのはこの第一項がこれまで何度も論議の的となったからです。しかし第一項は大統領による首相任命にかんする条文で今回は関係ありません。今回関係するのは第二項です。第一項で大統領が首相を任命し、第二項で大統領は残りの政府人員をどう任命するのかを短くこう述べています――「残りの政府人員は首相の提案をもとに大統領によって任命される」。ルオロ大統領は「首相の提案」である閣僚候補名簿のなかの9名(CNRTから7名)を任命してきませんでした。この行為が憲法第106条第二項に違反するという主張は素直に条文を読めばまったく正しいと思います。しかし「提案をもとに」という表現をひねくれて読めば、大統領は「首相の提案をもとに」部分的に任命し部分的に任命しなくても「首相の提案をもとに」したといえるのではないかという気がしないでもありません。

もう一つ、憲法第86条f項。国家一般予算案が国会を通過しなかった場合に大統領は60日以内に国会を解散する権限があるという旨が述べられています。したがって3月17日(あるいは20日か)までに大統領は国会を解散するか、さもなくば現状の国会のまま新政権樹立を承認しなければならないと一般にいわれています。しかし3月20日ごろには新型コロナウィルス対策の態勢づくりに専念しなければならなかった特殊事情を考えれば憲法解釈が簡単ではないような気がします……。また、現政府には国家予算案を提出する権限はないと強く主張する法律家がいます。

憲法第106条第二項にかんしては2年近くも閣僚の未就任問題が継続してしまった事実がある以上、再発しないように司法の立場から何らかの判断が下されることは悪い相談ではないと思います。

なお控訴裁判所は、5月11日、18名のCNRT議員の署名とともに提出されたこの請願書を、国会議員の3分の2の署名が必要であるという要件を満たしていないとして拒否しました(『インデペンデンテ』、2020年5月13日)。

CNRTの揺さぶり

5月11日、CNRTは第8次立憲政府から人員を撤退させると正式に発表しました。これは4月下旬KHUNTOが新AMP(国会多数派連盟)からの離脱を告げた直後にCNRTがすでに見せていた動きです。第8次立憲政府はもともとCNRTが与党第一党とするAMP(進歩革新連盟)政権でつくられた政府で、多数のCNRT人員が大臣・副大臣・長官などの職に就いています。現政府内にいる党員の引き揚げをしてCNRTはタウル=マタン=ルアク首相に辞職を促し揺さぶりをかけています。

しかしもし政府要員が突然大量に職場を去ったら、新型コロナウィルス対策に悪影響が及び、生活に困る人びとへの支援活動の障害になるのではないかと考えると、CNRTのこの決定はいささか疑問視されます。ただしCNRTは政府内にいる党員にたいして選択の自由を与えており、個人として政府内に留まることを認めています。

CNRTが追い出したはずのタウル=マタン=ルアク首相を党首とするPLP(大衆解放党)がフレテリンとKHUNTOを味方につけ、逆にCNRTが政権から追い出される羽目となってしまい、両陣営のかき回し合戦が激化しています。国会ではCNRTのアラン=ノエ国会議長がフレテリン・PLP・KHUNTO(この3政党がまとまれば多数派となる)から解任動議を出されようとしていますが、ノエ国会議長は国会機能を停止させ抵抗しています。

しばらく新型コロナウィルスの新たな感染者が出ていないからと政治家が気を緩めれば、弱い立場にある人びとが被害を浴びてしまうことを指導者たちは肝に銘じるべきです。国民の生活を守りながら新型コロナウィルス対策に集中しなければならない困難な時に指導者たちが政争にかまけることは許されません。人命第一にこの危機状況を乗り切ってほしいと願います。

 

青山森人の東チモールだより  第417号(2020年05日13日)より

青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/
〔opinion9752:20200515〕