青山森人の東チモールだより…泥沼化する与野党対立

首相の〝怒りの琴線〟に触れた大統領

ある程度予想されたことですが、大統領の治安に関する顧問である元PNTL(東チモール国家警察)長官ロンギニョス=モンテイロが自宅に武器を不法に隠し持っていた件(東チモールだより 第481号)は政治的な問題となりました。

タウル=マタン=ルアク首相が隣国オーストラリアを公式訪問の旅の途中、2月9日、オーストラリアのキャンベラからダーウィンに移動中だったとき、フィデレス=レイテ=マガリャンエス内閣長官から連絡を受けました。それによるとジョゼ=ラモス=オルタ大統領が、国家情報機関(SNI)がリキサ地方にあるロンギニョス=モンテイロ宅の捜査をしていることを懸念していて、この捜査責任者であるSNI所長の更迭をタウル首相(内務大臣を兼ねる)に求めてきたというのです。つまりラモス=オルタ大統領は、自分の顧問であるロンギニョス=モンテイロをかばおうとしているのです。しかも、もしそうしないのなら大統領は毎週定例となっている首相と大統領の会談を封じる、あるいは公にこのことを非難する、と首相に最後通告をするような警告をしたのでした。

これにたいしタウル=マタン=ルアク首相は2月22日、外国訪問を終えて帰国すると国際空港の記者会見で次のように述べました。「わたしはダーウィンに着くと、内閣長官にいまチモールで何が起こっているのか説明するようにと返信した。すると裁判所からの令状を送られてきた。わたしは驚いた。これが裁判所によって発行された令状ならば、大統領はなんだっていったい首相に最後通告をするのか?」。タウル首相は裁判所から正式に発行された捜査令状をもっての家宅捜査に介入するジョゼ=ラモス大統領を強い口調で批判しました。ロンギニョス=モンテイロ宅の初動捜査は令状なしで行われたという法的な問題があったために、今回の同氏の家宅捜査においてタウル首相が令状のことを気にしたのはもっともなことです。

わたしの知る限りでは、タウル=マタン=ルアクという人物は国造りで根幹をなすのは憲法であり法律であるという信条の持ち主です。ましてや権力を濫用して法律を曲げようとする行為には我慢ならない人物です。今回、ロンギニョス=モンテイロの武器不法所持にたいする当局による捜査へラモス=オルタ大統領があからさまに介入したことは、タウル=マタン=ルアク首相の〝怒りの琴線〟に触れたことは間違いありません。

タウル=マタン=ルアク首相は上記の空港での記者会見においてラモス=オルタ大統領の言動を強い語気で暴露したのです。「大統領はSNI所長を更迭するよう求めてきた。もしそうしなければ大統領は二通りのことをすると。一つ、公に非難をする、もう一つ、首相との会談はナシだと」。「わたしはフィデレス=レイテ=マガリャンエス内閣長官に返事をした。この二つの選択、わたしはどちらも受け入れると大統領に伝えろと。公に非難するならそれもよし、毎週行われている会談の中止、それもけっこう」。

そしてタウル=マタン=ルアク首相は、大統領を公にこう非難します(大統領が公に非難すると言ったがそれよりも前に)。「これはちょっとした権力の濫用であり、ちょっとした圧政だ、そんなことはあってはならない」。「国の象徴である大統領は自らの行動をわきまえなければならず、国家機関への介入はすべきでない」。「東チモールでは大統領を含めて何人(なんぴと)も法律の枠外に出ることはできない、みんなが法の前にいるのだ」と東チモールが法治国家であることを強調したのでした。

タウル=マタン=ルアク首相が外国訪問から帰国した2月22日以降、週定例となっているラモス=オルタ大統領との会談は実現していません。2月24日に行われる予定だった会談は、首相が公務に戻るのは翌週の月曜日からという理由で、翌週の会談は重要案件がないからという理由でそれぞれ中止となり、ずるずると現在に至っています。

シャナナ=グズマンを党首とする野党CNRT(東チモール再建国民会議)の思惑を背負って去年5月に就任したラモス=オルタ大統領にたいして、政府は国会運営の安定のために忍耐をもって対立の表面化を抑制してきました。しかし議会選挙が間近に迫ってきた時期を迎えて、首相による大統領への怒りの表明会見を狼煙とするかのように、もう遠慮はしないぞ、と言わんばかりに政府・与党側は大統領と野党CNRTにたいし攻勢に転じたのです。

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『インデペンデンテ』(2023年2月23日)より。

「ロンギニョスの武器所持の件、オルタ大統領、タウル首相を〝脅す〟」(見出し)。

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大統領、選挙法改正案に拒否権

5年を任期とする東チモールの国会議員(一院制、65議席)を選ぶ国政選挙の投票日は5月21日、選挙運動は4月19日~5月18日です。大統領に選挙日程を決める権限があります。日程が大統領から発表されるやいなや与党は、ラモス=オルタ大統領はCNRTの意向に沿った日程を決めたと不快感をあらわにしました。

一方、去年の大統領選挙で顕になった選挙制度の不具合・問題点を整理したうえで政府は選挙法改正案を国会に提出し、2月14日、同案は、賛成38票、反対ゼロ、棄権ゼロ、で国会を通過しました。この反対ゼロとはCNRTが国会を欠席したことを表しています(なぜCNRTは国会を欠席したのかは下記に述べる)。

なお今回の選挙法改正によって、郵便による投票が可能となり、パラレル投票場(有権者が登録した地元以外でも投票できる投票場)の増設、そして、目の不自由な人のために点字による投票が可能になります。これまでは目の不自由な人は誰かに付き添われて、その付添人に投票内容が見られる形での投票しかできなかったので秘密性が保たれませんでした。それが是正されるのです。しかしラモス=オルタ大統領はこの改正案では投票場での混乱が生じるとして、3月14日、拒否権を行使し、同法案は国会に差し戻されました。

与党は、大統領の反対理由はCNRTの言っていることと同じだ、大統領はCNRTの意向に沿って行動していると批判しました。

国会、選挙法改正案を再可決

差し戻された選挙法改正案は、3月20日、国会で再び採決に付されたところ、賛成37票、反対22票、棄権2票、賛成多数で再び可決されました(CNRT、このときは国会を出席)。

この再可決案を大統領が受理すれば、大統領は否が応でも憲法に則して8日以内に発布をしなければなりません。ところが、CNRTとラモス=オルタ大統領は、大統領によって国会に差し戻された法案が再可決されるには、国会議員の三分の二の賛成票が必要であるとして、この再可決は無効であると主張しはじめたのです。憲法の解釈問題が発生しました。

問題とされるのは憲法88条です。国会議員の三分の二以上が出席し、そのなかで賛成多数を占めれば、差し戻された法案は再可決されると解釈される一方、CNRTと大統領は、国会議員の三分の二以上の賛成票が必要なのだ、と解釈するのです。3月20日の国会での再可決が成立するか否か? 3月27日、国会から大統領は法案が再可決されたという手紙を受け取ったようです。

興味深いことに、CNRT寄りの(とわたしには見える)報道機関GMN(国民メディアグループ)の発行する新聞『ディアリオ』でさえもその社説で(2023年3月22日)、「大統領はこの法案を交付せよ」と主張していることです。選挙法改正案の再可決を肯定し、選挙法改正案の内容を列記したうえ、「これが何だというのだ?」(なにが悪いのか? So what?)といい、「政府の意思は良い、与党の思いは正しい」と述べ、「再可決された法案を大統領が受理したら、どうするのか、交付しないとしたら何を根拠に?」とCNRTと大統領の言動を批判しています。

ラモス=オルタ大統領は憲法解釈を弄んでいるようにわたしには見受けられます。3月22日、ラモス=オルタ大統領は、国会を再通過した選挙法改正案をまだ受け取っていないが、三分の二の賛成票に達していないので3月20日の再可決は無効だという立場を表明しながらも、「交付するか否かはわからない」とも言うのです。これは明らかに矛盾した論理です。再可決に三分の二の賛成票が必要であるという憲法解釈をしているのなら、選挙法改正案を再受理できない、したがって交付することは有り得ない、と述べるのが筋です。それなのに「交付するか否かはわからない」と述べるとは、ラモス=オルタ大統領は高度な政治ゲームをしているつもりなのかもしれません。しかしこうした憲法への不誠実な姿勢はタウル=マタン=ルアク首相の怒りを増幅させるだけです。あるいはもしかしてラモス=オルタ大統領の背後にいるシャナナ=グズマンCNRT党首は、わざと首相の怒りを誘うことをラモス=オルタ大統領にさせて首相を挑発しているのかもしれません。

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『インデペンデンテ』(2023年3月23日)より。

「オルタ、まだ国会から選挙法の可決確認を受け取っておらず」(見出し)。

3月22日、ラモス=オルタ大統領はまだ再可決された選挙法改正案を受け取っていないが、三分の二の賛成票に達していないので、20日の再可決は無効との立場を表明しながらも、「交付するか否かはわからない」と述べる。

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定足数に達せさせない CNRTの戦術

さて上記の2月14日の選挙法改定案を審議する国会をなぜCNRTは欠席したのかというと、別の案件によるものです。今年1月21日で任期満了を迎えたCAC(反汚職委員会)のセルジオ=オルナイ委員長に替わる委員長を選出する審議が2月13日から始まったのですが、CNRTは政府が選出した人物が政治的な独立性と中立性に欠けるとして反発し、その審議を欠席することで審議成立を阻むという戦術に打って出たからです。CAC委員長の選出にはその議会成立に必要な定足数(最小限必要な構成員の出席数)という規定があり、CNRTはそれを利用したのです。

議会成立に必要な定足数、つまりその会議が成立するために最小限度必要な議会構成員出席数という意味をもつ用語、ポルトガル語でquórum(英語はquorum、テトゥン語ではkorumと表記)という用語があります。最近の報道では頻繫にkorum・korum・korum・・・と登場し、この用語は与野党の政治対立を表すさいの鍵となる用語となっています。

2月13日から始まったCAC委員長の選出審議にCNRTが欠席することで、その審議会は成立できず現在に至っています。そのなかでの2月14日、CNRT欠席でも選挙法改正案の国会審議は成立しました。そして同案は可決され、それをラモス=オルタ大統領は拒否権を行使し、国会へ差し戻されたという攻防が展開されたというわけです。

国会を欠席する戦術を逆手に取った国会議長

議会成立に必要な定足数を盾にして政府選出のCAC新委員長誕生を阻止し続けているCNRTにたいして、アニセト=グテレス国会議長(与党フレテリン[東チモール独立革命戦線])は報復に出ました。国会審議を正当な理由なく5回欠席した国会議員の身分は喪失しうるという国会規則があるようで、それを適用して3月22日、アニセト=グテレス国会議長は6回欠席したCNRT選出の16名の国会議員にたいし身分喪失の手続きを開始したと発表したのです。その16名の国会議員には通告書が届けられ、CNRTは16人に「ラブレター」が届いたと記者たちに述べています。

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『ディリポスト』(2023年3月23日)より。

「国会日程に従わないCNRT、〝ラブレター〟を受け取る」(見出し)。

「われわれは国会議長から、6回の審議に欠席したことで議員の身分を剝奪するというラブレターを受け取った」とCNRTのカルメリタ=カエタノ国会議員は語る。

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これよりも前の3月1日の時点でマリア=アンジェリナ=サルメント副国会議長は、CNRTはもう5回も審議を欠席している、正当な理由なしに5回連続して欠席すると、国会規定第7条に則してその国会議員の身分が失効する可能性がある、と警告しています。それにたいしCNRTは欠席について通達をしているので無断欠席でも理由なしの欠席でもないと反論していました(『タトリ』、2023年3月1日)。

CNRTにしてみれば、承服できないCAC新委員長選出の審議を欠席する権利はあるはずだ、欠席することはあらかじめ届けているので無断欠席でも正当な理由なしの欠席でもない、という理屈があるわけです。たとえば3月14日、CNRTのドミンゴス=カルバリョ議員は、きょうの国会にわたしは出席するが、選挙名簿を選挙管理員会に提出するためにCNRTの多くの議員が欠席する、このことは選挙管理委員会に通達済みであるのでこれをもってして国会審議を放棄したとみなすべきではない、と述べています(『東チモールの声』、2023年3月15日)。

東チモールの国会議員を選ぶ国政選挙は完全比例代表制(日本と同じドント方式)を採用しているので、各政党は選挙名簿を選挙管理委員会に提出しなければいけません。それにしても、その名簿に記載された人物の署名が必要だとしても、ぞろぞろと党員が雁首揃えて名簿を提出しなければならないのかという疑問符が頭の上に浮かびます。前述のカルバリョ議員は、指名第1位から90位まで全員が署名しなければならない大切な日である、といいますけど。

ともかくこれでCNRTの国会議員全員が身分失効の対象とならなかった理由がわかりました。あるときは国会審議を欠席しなかったCNRT議員もいたわけで、それで身分失効の対象とならなかった者もいたということで16人となったわけです。

なお、国会議員の任期は5年と憲法に明記されているので、国会議員の身分を失効させるのは国会規定に則っているとはいえ憲法違反だと主張する法律家もいます。この件もまた法律家を忙しくさせる問題になりそうです。

この先が思いやられる

国会議員の身分を剝奪する手続きに入ったぞとアニセト=グテレス国会議長に脅されるCNRTにしてみれば、あれは3年前、2020年5月19日、壮絶な肉弾戦のあげくに強行採決をして誕生したこの国会議長への負の記憶が鮮やかに蘇っているに違いありません(東チモールだより 第418号参照)。そもそも強行採決という腑に落ちない手段で国会議長になったアニセト=グテレスごときに自分たちの議員としての身分を脅かされてなるものか、とCNRTは思っていることでしょう。

選挙を間近に控える時期にあって、つまり国会の議員たちが5年間の任期をまっとうしようとするこの時に、政府側が野党議員の身分をとりあげる手続きに入るというのは、妥当な政治的手段というより、感情的な報復という意味合いを強く感じてしまいます。

与野党対立は、ちょっと前には「政治的袋小路」と高尚にも呼ばれていましたが、選挙を前に感情的な泥仕合に変質してしまったといえます。政治対立に熱がこもるのは悪いことではありませんが、話し合いで解決しようと努力する雰囲気がない、こじらせる一方の泥仕合的な対立ではこの先の選挙運動が思いやられます。

 

青山森人の東チモールだより  第484号(2023年3月27日)より

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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/
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