ZEESMの改正案は発布
まずは、飛び地RAEOA(ラエオア、Região Administrativa Especial de Oecusse-Ambeno、オイクシ・アンベノ特別行政区)のZEESM(ゼースム、Zona Especial de Economia Social de Mercado、市場社会経済特別区域)事業にかんする展開です。
先月7月末をもって任期切れになったマリ=アルカテリRAEOA-ZEESM議長ですが、その後任は直前になってもなかなか決まらず、タウル=マタン=ルアク首相はひとまずアルセニオ=バノ氏を120日間限定の暫定議長というかたちで指名をしました。バノ氏は、マリ=アルカテリ氏が短命連立政権(2017年9月~2018年5月)を首相として率いていた間、RAEOA-ZEESM代理議長を務めていた人物です。政府は、バノ氏が暫定議長を務めている間、本格的な次期議長を選出しながらRAEOA-ZEESM事業の引継ぎ業務を行うチームを発足しました。
単純な推測をするに、RAEOA-ZEESM事業は発足当初からフレテリン(東チモール独立革命戦線)のマリ=アルカテリ書記長に率いられていたので、RAEOA-ZEESM事業が“フレテリン化”してしまったので、その状況を脱却しようとシャナナ=グズマン氏率いるAMP(進歩改革連盟)政権は目論んでいるのかもしれません。しかし、そもそもこの事業をフレテリンに託したのはシャナナ=グズマン氏であるからしてよくよく考えると妙な話です。
さて、先月7月8日、国会はRAEOA-ZEESM議長にたいする大統領による任命権を取り外す法改正案を採決し、数に優るAMP政権はこれを可決しました。大統領から一つの権限を取り除くこの改正案をフランシスコ=グテレス=ルオロ大統領は果たして素直に受け容れて公布するだろうか、とわたしは前号の「東チモールだより」で疑問を呈しました。いまはフレテリン党首(しかしフレテリンの実権は党首ではなくマリ=アルカテリ書記長が握っている)という肩書きを大統領という立場から封印しているルオロ大統領はAMP政権との対立を1年以上も続け、政界は出口の見えない政治的袋小路に迷い込んでいます。この流れからすれば、大統領は拒否権を行使して政府への対抗措置をとるのではないかと思ったからです。
しかしそうなりませんでした。ルオロ大統領は本改正案の違憲性について控訴裁判所に諮り、8月14日、控訴裁判所は違憲性なしとの回答を出したので、ルオロ大統領は翌15日、大統領によるZEESM議長任命権を取り外す改正案を公布したのです(この法改正案が公布される前だったことから、RAEOA-ZEESM議長を暫定としたのかもしれない)。
これでRAEOA-ZEESMにかんして一件落着かと思われましたが、バノ暫定議長が政府の設置した事業引継ぎチームに非協力的であると一部報道されています。フレテリンはZEESM事業の脱フレテリン化に抵抗しているのかもしれません。
領海画定条約の批准に伴う改正案
先月7月国会に提出された改正法案はRAEOA-ZEESM事業にかんするものだけではありませんでした。もう一つの大規模事業である「タシマネ計画」([グレーターサンライズ]ガス田からパイプラインがひかれることを大前提とした南部沿岸地域開発事業)に大きく関わる、オーストラリアとの領海画定条約(国連本部で2018年3月に調印)の批准に伴う法改正案も国会に提出されました。
改正される法律は四つあります。「石油基金法」、「石油活動法」、税法、労働管理・特別移住の法律、です。これらを変更する改正案と、オーストラリアとの領海確定条約の批准を、東チモール国会は、7月18日と23日の採決ですべて可決、国会を通過しました。最大野党フレテリンはすべてに反対票を投じましたが、AMP政権は国会全議席65のうち41または42の賛成票で全部押し通しました。そして後日、これらは大統領府へ送られたのです。
改正四法案のうち税法と労働管理・特別移住の法律は、これまでチモール海に存在した「共同開発区域」(東チモールがインドネシアに軍事占領されていた時代は[チモール ギャップ]と呼ばれていた)なるものが領海画定条約に伴って消滅するので、そこに位置する「バユ ウンダン」油田の取り扱いにかんして変更する必要がある法律です。もっとも「バユ ウンダン」油田自体、もうすぐ“消滅”(枯渇)するのですが……。
議論を呼んでいるのは、「石油基金法」と「石油活動法」の改正二法案です。「ラオ ハムトゥク」(共に歩む)などの市民団体は、「石油基金法」と「石油活動法」の二つの法改正によって、国営「チモールギャップ」社と国家機関「石油鉱物国営局」が国会を通さずに「石油基金」から資金を引き出せるようになることから(上限5%という制限はあるが)、この二つの改正案によって「石油基金」の持続性が危ぶまれるとしてルオロ大統領にこの二つの改正案について拒否権を行使するように求めています。たしかに、領海画定条約を批准することと「チモールギャップ」社などが「石油基金」から資金をより自由に引き出すことがなぜ結び付くのか、わかりにくい話です。
ところがアラン=ノエ国会議長は、国会に提出された改正四法案は領海画定条約を批准するための一括法案であり、どれひとつ欠けても来る8月30日にオーストラリアと取り交わす予定となっている外交文書が成立しないと主張しています(*)。
(*)前号の「東チモールだより」でわたしは、オーストラリアと東チモールの「両国は、1999年8月30日に実施され東チモール独立を決めた住民投票の日から20年目の8月30日に、両国の新しい外交関係の始まりという意味をこめて、ともに批准することになっています」と書いたが、これは正しくないようだ。両国がまずそれぞれの国会で前もって批准しておいて、8月30日に領海画定条約を盛り込んだ新しい外交関係の覚書を交わすことになっている、というのが正しい。なおオーストラリアは7月29日に領海画定条約を批准した。
二つの改正案は発布、残り二つは果たして…?
8月20日、FALINTIL(東チモール民族解放軍)の創設44周年記念日の式典会場でルオロ大統領は記者団に、改正四法案のうち、「石油基金法」と「石油活動法」の改正案二つを控訴裁判所に送ったことを明らかにし、他の二つの改正案は自らが検討をしており、時が来ればこれら改正四法案にたいして(公布か拒否かの)判断を下すと語りました。同じく、控訴裁判所のデオリンド=ドス=サントス所長も「石油基金法」と「石油活動法」の改正二法案をその違憲性を諮るために大統領府から受け取ったことを認めました。
そして8月22日、ルオロ大統領は、税法、「バユウンダン」油田にかんする労働管理・特別移住法の改正案は問題なしと判断、公布したと発表しました。そして控訴裁判所に送った残りの二つの改正案については検討中であると述べました。この声明の中で大統領は、「石油基金法」と「石油活動法」の改正はオーストラリアと東チモールとの領海画定条約とは関係がなく、国家機関の運営と国民の日々の生活の根本を左右する「石油基金」にかかわる問題であるとして現在も検討中であると述べたのです。ルオロ大統領は、「石油基金法」と「石油活動法」の改正が、「石油基金」からでたらめに資金を引き出される道をつくり、「石油基金」がすぐに無くなってしまうものであってはならない、「石油基金」は保健・教育・農業・水・公衆衛生など、経済・社会・国民生活の質の向上に使われなければならないと述べました。
なんとなく問題の二つの改正法案に拒否権を発動する気配を漂わせているような言い方です。粛々と拒否権を行使すると発表せずに拒否する姿勢を見せているのは、対立するAMP政権率いるシャナナ=グズマンCNRT(東チモール再建国民会議)党首から何らかの譲歩を引き出そうとしている駆け引きの表れなのでしょうか……。いずれにしても結論は8月26日までには出ることでしょう。ルオロ大統領の判断が注目されます。
青山森人の東チモールだより 第397号(2019年8月25日)より
青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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