青山森人の東チモールだより…焦点は大統領選挙以降の攻防にあり

登場人物の近況

ちょっと時間を遡ります。今年の1月6日、「東チモールだより 第28号」(2006年6月29日)で水浴びをしていたセレーナちゃんがお母さんがいるイギリスへ渡りました。お母さんとは拙著『東チモール未完の肖像』(社会評論社、2010年)や「東チモールだより」で登場したロザさんです。ロザさんがイギリスへ渡ったことは「東チモールだより 第390号」(2019年2月25日)で書きました。ロザさんは希望叶ってセレーナちゃんを呼び寄せることができたのです。イギリスがEU離脱したことによるロザさんへの影響はなかったようです。

セレーナちゃんの妹ベティちゃんは、2006年4月生まれ、つまりいわゆる「東チモール危機」で首都住民が逃げまどっている混乱期に生まれた女の子で、もう16歳です。来年には選挙権を得る年頃となりました。「東チモール危機」が起こった2006年とはわたしにとって〝きのう〟です。それが16年前だとは……。「お姉さんのようにあんたもイギリスへ行くの?」とわたしがきくと、「行かない。わたし、こっちの大学へ入るもん」とビティちゃんは応えます。

セレーナちゃんの兄で『未完の肖像』のなかで産まれたフェマーゴ君は去年、F-FDTL(国防軍)に新たに入隊した約600人の一人となり、今年1月31日、無事に訓練を終了、候補生から正式な国防軍兵士となりました。現在、お父さんのマリトと同じ憲兵隊に所属し、その本部に勤務しています。いやはや、2000年に産まれたあの玉のようなあの赤ちゃんが憲兵隊員とは……自分が年をとるのも無理もありません。

フェマーゴ君たちの父親・マリトは去年、体調を崩して1999年から常時タウル=マタン=ルアクの警護にあたっていたのですが、体調は回復したいまも、もっと休んでいろとタウル=マタン=ルアク首相にいわれ、静養中です。「病気はたいしたことがなかったのに、みんなが大袈裟にいってからに…」と強がるマリトですが、さすがにタバコはやめたようです。

体調を崩したといえば、拙著『東チモール 抵抗するは勝利なり』(社会評論社、1999年)の「13章」で登場した「女将さん」が気にかかります。今年3月の初め、ジャカルタの病院に搬送されたのです。ジャカルタでの治療費は国がもつことになっていますが、そうでもないような話を「女将さん」の家族から漏れ聞こえてきます。海外(東南アジア)の病院における東チモール人患者の治療費は限られており、厳しい状況にあるようです。ともかく「女将さん」の一日も早い回復を祈ります。

劣勢なのに元気に見える

現在、決選投票に向けた大統領選挙運動が二人の陣営のあいだで繰り広げられています。一回目の投票で46.6%を獲得したジョゼ=ラモス=オルタ候補は、約7%を得た民主党のアサナミ党首の支援を得ているので、それだけでも悠々と過半数に達する計算になります。一回目の投票で22.1%を得て第二位となった現職大統領のルオロ候補はおそらく決選投票では30%台の半ばか、よくてその後半の投票率に収まることでしょう。もちろんこれは一回目の投票結果からたてた数字上の予測です。

圧倒的にラモス=オルタ候補が優勢なのにもかかわらず、わたしの個人的な印象ですが、ルオロ候補陣営が元気です。上記のような数字上の予測をたてないで、「一発逆転だ~っ!」と根拠のない楽観主義に陥るほどかれら(ルオロ陣営)はおめでたくはありません。もちろん逆転が起こればそれはそれでかれらにとってめでたい出来事ですが、大統領選挙で負けた後の政局を睨んでのことのようにわたしには思えるのです。以下、その辺のことを考察してみます。

決選投票のラモス=オルタ候補(右)の看板。

主役・演出はシャナナ(左)であることを強く印象付けている。

首都、メルカードラマの環状交差点にて。

2022年4月8日、ⒸAoyama Morito.

シャナナからタウルへの誘い

前々号の「東チモールだより」でも述べましたが、諸政党は決選投票後の政局を巡って水面下で動いているようです。ラモス=オルタ候補陣営が一回目の投開票以前に威勢よく口にしていた国会解散をいまや封印するかのようにラモス=オルタ候補は、大統領に選出されたら各政党指導者たちと対話をすると述べるようになったのです。3月30日、国営RTTL局によるラモス=オルタ候補への独占インタビューのなかでその傾向が明確に現れました。

『テンポチモール』(2022年3月31日)による、「シャナナ=グズマンがタウル=マタン=ルアクが首相であり続けることに合意、アルカテリはオルタを信じず」という見出しの記事に、なぜラモス=オルタ候補は国会解散を強い調子で口にしなくなったのか、の回答を示しています。フレテリン(東チモール独立革命戦線)のマリ=アルカテリ書記長が、「ラモス=オルタはいまやタウル=マタン=ルアクにシャナナはタウル=マタン=ルアクが2023年まで首相を続けてもいいといっていることを話そうとしている」と語ったことを伝えているのです。簡潔にいうとつまり、マリ=アルカテリ書記長の情報によれば、シャナナはタウル=マタン=ルアクが任期満了まで首相であり続けてもよいと言っているというのです。わたしなりにもっと端的にいうならば、シャナナはタウルにもう一度CNRTとPLP(大衆解放党)が連立を組んで政権を担いましょうよ、あなたはそのまま首相を続けてくださいな、と打診をしているということなのです。そうだとすれば国会解散はないわけで、国会を解散するという発言は噓っぱちであり、「アルカテリはオルタを信じず」というタイトルになるわけです。

シャナナはタウル=マタン=ルアクを誘っておいて国会解散をラモス=オルタ候補に約束させたのか?それとも途中でシャナナの戦略が変わったのか?時系列的な順番はわかりません。そもそもシャナナはラモス=オルタに国会解散をさせるつもりがあったのか?なかったのか? 国会解散をするぞ!するぞ!と脅しておけば、連立を組み直して穏便に事をすませましょうとそのあとで優しく提案すれば現在の三党連立政権を切り崩せるとシャナナは踏んだのか?わたしにはわかりません。

しかし確かに言えることは、もし国会を解散するとなったら総選挙を実施して新しい国会議員を国民が選ぶことになり、その結果CNRTとその仲間の諸政党が獲得する議席数については定かではなく、シャナナが権力を奪取できるとは限らないことを考えれば、まずは現連立政権の切り崩し工作をして新連立勢力の形成による権力奪取を試みるべきだとシャナナが考えたとしても何の不思議もないということです。この工作が失敗したら国会解散に打って出るなり、別の作戦を考えればよいのですから。

それにしても、もし国会が解散され前倒し選挙が実施されたとして、その結果、現連立政権が過半数を維持したなら、シャナナがラモス=オルタを推した意味がどこにあるのでしょうか。まさかラモス=オルタ大統領は(もしラモス=オルタ候補が勝ったらの話だが)、ルオロ大統領がCNRTからの閣僚候補を承認しなかった2018~2019年のように、三党連立政権のなかのたとえばフレテリンからの閣僚候補を承認しないという行為に及ぶのでしょうか……。

ルオロ候補の看板。こちらは一人で頑張っている。

首都のレシデレ地区にて。

2022年4月10日、ⒸAoyama Morito.

切り崩し工作

『インデペンデンテ』(2022年2月24日)に、「PLPよ、どこへゆく?」という見出しの記事が載りました。この記事は、PLP党首であるタウル=マタン=ルアク首相の妻イザベル=フェレイラが大統領選挙に無所属としての出馬を表明したというのに、国会に8議席をもつPLPは大統領選挙にたいする立場はどうなっているのか、それは「きょう」PLPが会議を開いて決めることだろう、という内容です。

なお、その「会議」においてPLPは、大統領選挙(一回目の投票)では良心をもって自由投票とする、ただしラモス=オルタ候補にだけは投票しないこと、と決めたのでした。

この記事はまた、PLP地方支部の幹部がCNRTの推すラモス=オルタ候補を支援する立場を表明したことを報じています。PLPが会議を開いて大統領選挙にたいする立場を正式に決定する前にこうした立場を表明することは明らかに造反行為です。実はこの記事には載っていないのですが、この記事が出たころ、わたしが個人的に知るPLP幹部も(党創設に尽力した人物)、CNRTに移ってしまっていたのです。そしてその後もCNRTに移ったPLP幹部がでて、かれは現在ラモス=オルタ候補を応援しているのです。

なぜCNRTに行ってしまったPLP幹部がでたのでしょうか。このPLP幹部らはシャナナの誘いを受けるべきという立場をとり、タウル=マタン=ルアクPLP党首はその誘いを断固として拒否する意思を幹部らに表明したとしたら、説明がつきます。二つの立場の溝が埋らず、何人かのPLP幹部らはCNRTに行ってしまったのです。シャナナによる切り崩し工作です。

投票を呼び掛ける看板

「大統領選挙、二回戦、2022年4月19日。忘れてはいけません…!!! 選挙カードを持参して、あなたが有権者登録をした地区で投票しましょう!投票時間は午前7時から午後3時まで。参加して良心をもって投票しましょう…!」。

有権者登録をした所でなくても投票できる仕組みがあるのに、その説明がないのは問題だ。

レシデレ地区にて。

2022年4月13日、ⒸAoyama Morito.

狼煙をあげたタウル=マタン=ルアク

ラモス=オルタ候補への独占インタビューに引き続いて国営RTTL局は4月1日、タウル=マタン=ルアク首相への独占インタビューを放映しました。このなかでタウル首相は、CNRTとPLPそしてKHUNTOの代表が涙しながら話し合って連立を組むことを決めたのに、シャナナ率いるCNRTが自分の提出した2020年度予算案を拒否してこの連立政権を殴り殺してしまった/そして自分はこの連立政権を埋葬した、と語りました。つまりこれはシャナナ率いるCNRTとまたぞろ組むなんてまっぴら御免だという意思表示です。

そして選挙運動中(一回目の投票)にラモス=オルタ候補が、現政権は何十億ドルも浪費したと批判したことについてタウル首相は過去の政権との比較を具体的な数字で示しながら、ノーベル平和賞を受賞して、外相を務め、首相を務め、大統領を務めた人物がデータや数字を示さないで出鱈目を言っているだけだ/ラモス=オルタにたいする敬意を失ってしまった/ラモス=オルタは精神が不安定な状態にあるのだろうか、と痛烈に逆批判をしたのです。これはラモス=オルタを利用するシャナナにたいする非難です。

タウル首相はこのインタビューを通して間接的ながらもシャナナへの対決姿勢を鮮明に打ち出し、シャナナの誘いを拒否したのです。

インタビューが放映される前の3月27日、タウル首相は決選投票の選挙運動に参戦すべく、フレテリン書記長のマリ=アルカテリとKHUNTOの最高実力者ナイモリを招き、PLP党大会を開きました。タウルPLP党首は政府首脳として連立与党三党の結束強化を図り、そしてCNRTへ鞍替えする幹部が出ている党内部を引き締めて、ルオロ候補全面支援の狼煙をあげたのです。

大統領選挙でラモス=オルタ候補(つまりシャナナ)が勝ったとしても、連立与党三党が結束していれば新たな連立勢力の形成によるシャナナの権力奪取は失敗することになり、勝負はまだまだ着かないことになります。圧倒的にラモス=オルタ候補が優勢なのにもかかわらず、ルオロ候補陣営が元気な理由はここにありそうです。

 

青山森人の東チモールだより  457号(202204月15日)より

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/
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