新たな感染者
東チモールにおける新型コロナウィルスにかんする最近の数字は以下の通りです。
—日付——–①——–②——-③——④——–⑤—–
8月17日–4972人–220人—25人—4727人—28人*
8月18日–5067人–221人—25人—4821人—29人**
8月19日–5121人—66人—25人—5030人—29人
8月20日–5146人—38人—26人—5082人—29人
8月21日–5153人—23人—26人—5104人—29人
8月22日–5278人–128人—26人—5124人—29人
8月23日–5288人–138人—26人—5124人—29人
8月24日–5295人—52人—26人—5217人—29人
8月25日–5371人–104人—26人—5241人—29人
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①検査を受けた人、②検査結果待ちの人、③結果が陽性だった人、
④結果が陰性、⑤回復した人。
(*) 24人が陽性確認から、4人が感染可能性から、それぞれ回復。
(**) 25人が陽性確認から、4人が感染可能性から、それぞれ回復。
(保健省の資料より、②以外は3月6日からの累計数字)
東チモールは4月24日から新規感染者ゼロの記録を更新してきましたが、8月4日、残念ながら新規感染者1名が、確認されました。102日ぶりの新規感染者です。
感染が確認されたのは7月22日に東チモールに入国して規則にしたがって14日間の隔離措置をうけていたインドネシア人の46歳の男性でした。保健省によればこの男性は新型コロナウィルスの症状が出ておらず、8月18日、再検査の結果、陰性とでて、隔離施設から離れました(『テンポチモール』、2020年8月19日)。
およそ100日ぶりの新規感染者が登録された翌日(8月5日)のこと、100名以上の乗客を乗せた政府チャーター機がバリ島から首都デリ(ディリ、Dili)の空の玄関「ニコラウ=ロバト大統領国際空港」へ到着しました。警戒心を呼び起こすタイミングといえます。乗客の内訳は(『テンポチモール』・GMNニュースなどによれば、2020年8月5日)、韓国などの東チモール人労働者たち100名以上(アメリカに留学した親子連れもいた)と若干のインドネシア人、そして韓国とイギリスで亡くなった(新型コロナウィルスとは関係ない)東チモール人の二体の亡骸も乗せていました。
乗客は規則にしたがって14間の隔離施設での生活をすることになります。なお、8月6日の時点で256名が国の運営する隔離施設に滞在し、144名が自己隔離の状態にあります(『テンポチモール』、2020年8月6日より)。
さてこれより少し前の7月下旬、過去三回にわたる非常事態宣言を検証する国会審議に出席したタウル=マタン=ルアク首相は、新型コロナウィルスにたいする警戒強化を訴え、移民法や難民保護法そして保健制度の改正が必要であり、そうでなければ新たな非常事態宣言もありうると発言しました。
非常事態宣言にかんしてこのとき国内に感染患者も新規感染者もいない状態が長らく続いていたことから、その必要はありやなしやで賛否が分かれました。陸・海・空の玄関口における入国管理の規制を強化すれば非常事態宣言は必要ないという意見も多くありました。ラモス=オルタ元大統領もこの意見です。
しかしながら8月4日に新規感染者が出たことで政府は非常事態宣言への歩みを一気に加速させました。5日に開かれた特別国会を通して、6日、ルオロ大統領による四回目の非常事態宣言(8月6日から9月4日までの30日間)へとなだれ込んだのです。
ただし、今回の非常事態宣言は社会活動・経済活動を制限するものではなく、マスク着用・頻繁な手洗い・社会的距離をとることなど通常の対策を改めて求めるもので、主眼はあくまでも入国管理の規制徹底です。社会活動・経済活動に特別な制限をしないとなると、果たして非常事態宣言が本当に必要なのかという疑問がたしかに残ります。
そして8月20日、この日はFALINTIL(東チモール民族解放軍)の45回目の創設記念日でしたが、新たな感染者がまたも1名登録されました。保健省の発表によれば、感染が確認されたのは8月5日に政府チャーター機で帰国した100名以上の東チモール人の一人、25歳の男性です。14日間の隔離生活が終わりとなる19日に検査したところ陽性反応がでたとのことです。この時点で累計感染者は26名となりました。
問題視される四度目の非常事態宣言
非常事態宣言が発令される前、大統領府で国家評議会が開かれましたが、出席すべき歴史的指導者であるシャナナ=グズマン氏とラモス=オルタ氏は出席しませんでした。ラモス=オルタ氏は他用があって出席できなかったが自分の意見(非常事態宣言は必要なし)はメディアを通して流れているので大統領も知っているはず、政府に自分の意見が反映されないことについて現政権はもはや自分たち(シャナナ=グズマン氏とラモス=オルタ氏)の意見を聴かなくなってしまったと嘆いています。なおシャナナ=グズマン氏は非常事態宣言に賛成しています。ここで問題なのは、大統領府で開かれる国家評議会に歴史的指導者たちが出席しないという政治的分断の有り様です。
かたやCNRT(ヒガシチモール再建国民会議)のシャナナ=グズマン党首は非常事態宣言を支持し、こなたCNRTの国会議員らは非常事態宣言に反発しています。なんだか妙ですが、CNRTの議員はアニセト=グレテス国会議長による国会審議の進行の仕方が気に入らないようです。
8月5日に招集された特別国会ではタウル=マタン=ルアク首相は出席せず、非常事態宣言の必要性と導入される対策について政府による説明がないことから、CNRTは首相が出席できる6日または7日に審議の延期を求めましたが、アニセト=グテレス国会議長はCNRTに耳を貸しませんでした。審議の進め方に不満なCNRTの6名の議員は国会を退出しました(『テンポチモール』、2020年8月6日)。またこの国会では通常の国会議員による採決はされず、国会の常設特別委員会による承認だけを経由して、6日の大統領による非常事態宣言へと至りました。国会議員らによる採決は8月11日、大統領による非常事態宣言の確認をとるという形でされ、賛成多数で可決されました。
CNRTの議員らは、アニセト=グレテス国会議長による変則的な国会運営に反発、非常事態宣言を政治的な道具として利用していると政府を批判し、新型コロナウィルス災禍のもとで与野党の対立が深まっています。新型コロナウィルスによる死者が出ていない東チモールですが、政治的袋小路が人びとの社会不安を招いています。
不測の事態が起こるまえに
CNRTに代わってフレテリン(FRETILIN、東チモール独立革命戦線)が与党となって現政権を継続させたルオロ大統領の判断は違憲であるというシャナナ=グズマン氏の主張は決して少数派ではありません。憲法を守れ、大統領は辞任せよ、と声をあげる団体も出てきました。
自分たちの政治的意見を発信する行為は民主主義社会において当然の権利ですが、指導者たちがバラバラであれば“敵”の思う壺であるという歴史的教訓(とくに1970年代の教訓、そして2006年に勃発した[東チモール危機]の教訓)をシャナナ=グズマン氏やその支持者たちが想起するのもまた重要です。
新型コロナウィルス災禍という難局を乗り切るため指導者たちの団結が求められているにもかかわらず、指導者たちの頑なな対立による「政治的袋小路」と呼ばれる閉塞状態は延々と続いています。長引く政治的袋小路により東チモール経済は停滞を余儀なくされ、泣き面に蜂のごとく新型コロナウィルスがこれに追討ちをかけ、多数の地元企業や団体が活動の縮小・停止・閉鎖に追い込まれ、多くの人びとが職を失っていると報じられています。
経済的危機という“敵”に立ち向かうために互いに私的な遺恨をひとまず脇に置き、人びとのために対立を超克するのが指導者の指導者たる所以であるとおもわれますが、指導者たちは互いに聴く耳をもたず我が道を行く構えを崩しません。
こうした指導者たちのもたらす空気を吸って若者たちは荒れます。例えば8月13日、バウカウ地方のラガ(海辺に建てられた孤児院を何度か訪問したことがあるが、風光明媚な美しい町である)で対立する若者らの集団が衝突し、なんと14棟もの家が焼かれてしまうという大惨事が起きました。また、望まない出産をした若い母親が赤ちゃんを捨て、捨てられた赤ちゃんが亡くなるという痛ましい事件も相変わらず起きています。
このような事件は、軍事占領下で被った心の傷が癒されず、領土・領海は解放されても心が未だに解放されていない東チモールを反映しているようにわたしには思われます。シャナナ=グズマン、ラモス=オルタ、タウル=マタン=ルアク、マリ=アルカテリ、フランシスコ=グテレス=ルオロ、かれら五人の歴史的な指導者たちが手に手を携えて、身体をもてあましている若者たちや弱い立場にある人びとに声をかけてあげれば、民衆にとって効果的な心の癒しとなることでしょう。シャナナ=グズマン氏は精力的に慈善活動と住民との交流活動を続け、新型コロナウィルス対策を住民に説いてまわっていますが、他の指導者との協同行動ではないのがなんとも惜しいところです。
8月20日,FALINTIL(東チモール民族解放軍)の創設45周年記念式典がF-FDTL(東チモール国防軍)の本部でもある防衛省の建物前で催されました。五人の歴史的な指導者たちのなかでこれに出席したのは、式典の主催者であるルオロ大統領の他はラモス=オルタ元大統領だけでした。FALINTILの総司令官だったシャナナ=グズマン氏と、参謀長だったタウル=マタン=ルアク氏が姿を見せなかったのは、祝賀ムードに水を差します。なお、シャナナ=グズマン氏はオイクシ地方での慈善活動のため、タウル=マタン=ルアク首相は体調を崩して、それぞれ出席できなかったと報じられています(『テンポチモール』、2020年8月20日)。
F-FDTLのレレ=アナン=チムール将軍はこの記念式典のなかで、「われわれは歴史的指導者たちに訴える。シャナナ=グズマン、タウル=マタン=ルアク、ルオロ、あなたがたは団結しなければならない」と呼びかけました。式典の場で国軍のトップが歴史的指導者たちにこのような声を発するとは、かれらの亀裂は相当に深刻化しているといってよいのでしょう。
政治的袋小路と新型コロナウィルスが絡み合って不測の事態が起こるまえに、歴史的指導者たちは寛容・忍耐・誠実さを最大の武器としたFALINTIL精神を取り戻してくれ!と願うばかりです。
青山森人の東チモールだより 第424号(2020年08月26日)より
青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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