青山森人の東チモールだより…経済低迷の煽りをうけるジャーナリスト

青山森人の東チモールだより  第377号(2018年8月10日)

経済低迷の煽りをうけるジャーナリスト

危ぶまれる新聞紙の存続

8月2日、閣議は約12億ドルの2018年度予算案を決定し、6日に国会に提出しました。アジオ=ペレイラ内閣官房長はこれにより政治空白と「経済危機」が終わることを望むと声明を出しました。

長引く政治空白とそれにともなう経済の低空飛行は、東チモールの新聞にも悪影響を及ぼしています。いま路上で売られている新聞は、『ディアリオ』『東チモールの声』『チモールポスト』『インデペンデンテ』紙の四紙だけです。以前はこの他に『テンポセマナル』『チモールオマン』など3~4紙が一緒に売られていたものです。新聞を買い求める人が極めて減っているのが視覚的に明らかであり、加えてスマホの普及も新聞離れの一因となっていると思われますが、新聞需要も低空飛行をしています。

『ディアリオ』『東チモールの声』『チモールポスト』の三紙はもともと公告の多さが目立っていましたが、経済の低迷により新聞が公告収入を得にくいことは容易に想像できます。これら三紙に比べ公告が少ない『インデペンデンテ』の第一面に、この「経済危機」に鑑みて8月1日からページ数を16ページから12ページに減らすことにした、と「お断り」が記されています。

このように空白になっている立て看板は、その気なって見るとたくさんある。

新政権は経済の低迷から脱することがきるか。

首都のレシデレ地区にて、2018年8月2日。

ⒸAoyama Morito

体制側から“トラブルメーカー”として目を付けられてきた週刊新聞『テンポセマナル』は、数年前から政府(シャナナ連立政権)の圧力で広告を取れなくなり苦境に追い込まれてきましたが、それでも細々と発行を続けていました。しかしとうとう休刊に追い込まれています。一方、『チモールポスト』のオキ記者(名誉毀損で当時のデ=アラウジョ首相に訴えられた)は新聞社とのいざこざで今年の初めからフリーランスの身となりました。『チモールオマン』も休刊に追い込まれています。各新聞社はそれぞれ異なった事情をかかえていることでしょうが、長引く政治空白にともなう不況・経済低迷(東チモールでは「経済危機」と称される)が新聞販売に影を落とし、新聞紙の印刷の障害となっていることは確かです。

“名物”記者の表現の場が狭すぎる

わたしはフリーランスになったオキ記者に話を聞いてみました。『東チモールの声』『チモールポスト』『インデペンデンテ』の三紙は規模縮小を検討しているので、記者やスタッフはリストラされるかもしれない、記者が職場を失うのは自分だけの問題ではないといいます。

二度も権力から起訴された経験のあるオキ記者も、汚職追及をする『テンポセマナル』のジョゼ=ベロ主宰も、いまや表現の場は外国メディアの電子版と、『テンポセマナル』の電子版である『テンポチモール』に求めるしかないという寂しい状況です。二人の“名物”記者が新聞紙上で“暴れる”場所がないというのは、権力を追及する表現の自由が経済低迷によって悪影響を被っていることの表れです。あるいはまた東チモールのジャーナリズムが危機に瀕していることを意味しているのかもしれません。

7月29~31日、オーストラリアのジュリー=ビショップ外相が東チモールを訪問し、オーストラリア諜報部による東チモール閣議室盗聴事件の発覚で滞っていた両国の国交が5年ぶりに正常化されることになりました。ビショップ外相の東チモール訪問は「新たな章の始まり」といわれています。さて、7月30日、東チモール外務省でビショップ外相の記者会見が開かれました。「証人K」とコラリー弁護士への起訴問題は(東チモールだより 第375号)、オーストラリア国内問題として東チモール政府としては追及しないことにしているので、この記者会見は「新たな章の始まり」にふさわしい和気藹藹なものとなるはずでしたが、ジョゼ=ベロ君はビショップ外相に、「タシマネ計画」(グレーターサンライズからパイプラインが東チモールにひかれることを前提とした南部海岸大規模開発計画)の拠点のひとつであるベアソに中国が液化天然ガス工場を建てるかもしれないという可能性について質問をすると、ビショップ外相はそのようなことは承知していないと返答し、東チモールのデオニジオ=バボ外相は和やかな記者会見の雰囲気を壊したジョゼ君の質問にたいし不快感を示したとのことです。

その場にいた他の東チモール人記者は、ジョゼのやつまたアホな質問しやがって…、ビショップ外相はあっけにとられていたよ、どこから中国の液化天然ガス工場建設の話が出てくるんだ、とわたしに話してくれました。ジョゼ君の質問について、オキ記者は『テンポチモール』(2018年7月30日)にこう書きました――「もしオーストラリアの石油会社がビケケ地方のベアソに液化天然ガス工場建設をしない場合、東チモール政府が中国にその建設を求める可能性あり。ジュリー=ビショップ外相、そのことについてまったく承知はしていません、と語る」。

後日、オーストラリアのニュースサイトでも、東チモール交渉者たちが示唆していることとして、「グレーターサンライズ」開発において東チモールが中国の現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」の足場が欲しい中国に協力を求める可能性を指摘しています。したがってジョゼ君の質問は決して的外れではないのです(空気を読まない質問かもしれないが)。今後とも「グレーターサンライズ」開発交渉団を率いることになるシャナナ=グズマン氏は、パイプラインが東チモールにひかれることについて「交渉の余地なし」と意を決していることから、東チモールに中国の「一帯一路」の足場が建設されることはあり得ないことではないのです。世界経済にとっても重要な情報が、ジョゼ君やオキ記者から発せられたことになります。この二人にとって表現の場が極めて限られていることは嘆かわしいことです。

依然として新政権は不完全なまま

国家予算案が国会通過をし、大統領によって公布されれば、「経済危機」から脱却できると人々は期待を寄せています。国家予算案が国会に提出されたのですから三党連合勢力AMP(進歩改革連盟)の政権運営が軌道に乗り、政治空白が終息することも期待されます。ところがいまだに新政権の一部閣僚が空白となったままなのは一体どうしたことでしょうか。

第三回目の閣僚宣誓就任式が8月8日におこなわれ、アルフレド=ピレス自然資源相とサムエル=マルサル計画戦略投資相、そしてロジェリオ=メンドーサ農水副相の閣僚三名が新たに就任すると一時報じられました。三回目の就任式でもまだ閣僚全員が出揃うわけではないことに、政府と大統領府の対立が心配されましたが、8日、その就任式さえも行われませんでした。

二週間まえ、保留されている閣僚名簿にかんしてタウル=マタン=ルアク首相とフランシスコ=グテレス=“ル=オロ”大統領(以下、ルオロ大統領)は、半分はそのまま認め半分は名簿の書き直しで折り合いをつけると報じられましたが、8月7日、閣僚名簿を書き換える理由はないと政府側が発言し、大統領との折り合いがついたという空気は壊れたようです。

そして同日、与党最大勢力CNRT(東チモール再建国民会議)の地方幹部らが首都の本部に結集し、早急にこの事態を打開しなければ大統領弾劾手続きをするようAMPに申し入れるとルオロ大統領にたいし対決姿勢を示したのでした。憲法によれば大統領を弾劾できるのは国会議員の3分の2の同意が必要で、65×[3分の2]で44名以上の国会議員が賛成しなければならず、23議席をもつ最大野党フレテリン(東チモール独立革命戦線)がフレテリン議長のルオロ大統領の弾劾に同意するはずがないことと、野党議員総数を考慮に入れれば、大統領弾劾は非現実的です。それにそもそもルオロ大統領がCNRTからの閣僚就任に保留の姿勢を示していることが果たして弾劾される理由になるかという憲法論になると大きく意見が分かれるところです。

短命に終わった前政権であるフレテリン連立政権の数少ない“実績”の一つ。

政府庁舎の広場を「独立宣言広場」と名づけて、このように文字の飾りもつけた。

政府庁舎前にて、2018年7月31日。

ⒸAoyama Morito

それにしてもなぜルオロ大統領は閣僚就任に同意しないのか。これほどこの問題が長引いているところをみれば、閣僚名簿に載る大臣・副大臣の候補者の“身体検査”は表向きの理由で、本当は別の理由が隠されているのではないでしょうか。それは何か? その「何か」を巡って政府と大統領府の駆け引きが水面下で続いていると考えた方がもはや自然です。

政治的な袋小路を脱け出るため、国民生活のため、政治家たちは団結して話し合いで問題を解決すべきである…という論調だけが新聞の伝えるところですが、水面下で何が起こっているのか、これではわかりません。別の切り口から政治的袋小路の実態を一般庶民に伝えるジャーナリズムが必要です。

~次号へ続く~

青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/
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