青山森人の東チモールだより 第375号(2018年7月29日)
「常軌を逸した展開」に
今年2018年3月6日、チモール海を挟んで向きあう東チモールとオーストラリアの長年の対立の火種となってきた領海画定にかんする基本合意に、ニューヨーク国連本部においてアントニオ=グテレス国連事務総長の立会いのもと、調印がされました(東チモールだより 第366号)。これにより両国の国交は正常化に向かいだしました(ただし、「グレーターサンライズ」ガス田からどちらの国にパイプラインがひかれるのか、ガス田開発の肝心のことは何も決まっていない)。
国連や当事国そして国際社会は、「国連海洋法条約」に基づく領海紛争の調停であることが画期的かつ歴史的であるとして、この条約締結を賛美しました。
オーストラリアは東チモールが国連統治下に入って独立準備をしている時代から東チモールが独立してもなお、「国連海洋法条約」に基づく領海画定を一貫して拒みつづけ、領海はあくまでも二国間交渉に依るのがよいと主張しつづけていましたが、いまや「国連海洋法条約」に基づく領海画定を賞賛するのですから、オーストラリアはいい意味で態度を翻してくれたものです。
しかしながら何故そもそもオーストラリアが態度を翻せざるをえなくなったのか。2004年に交渉相手である東チモールの閣僚会議室に盗聴器をしかけたことが2013年に発覚してしまったことがきっかけでした。盗聴という不正行為によって交渉を優位にすすめたオーストラリアを東チモールは国際司法裁判所の調停もちこみ、結局、2006年に一度は成立した条約CMATS(Treaty on Certain Maritime Arrangements in the Timor Sea、チモール海における海洋諸協定にかんする条約)の見直し・破棄、そして「国連海洋法条約」に基づく領海画定へと事態が進展したのです。
つまり盗聴行為が暴露されたことでオーストラリアは交渉態度を改めたわけですから、この盗聴行為を告発した人物は東チモールにとってだけではなく、オーストラリアにとってもオーストラリアを正しい道に導いた英雄であるといって差し支えないといえます。この内部告発者とは、盗聴行為に関与したオーストラリア諜報員だった「証人K」と呼ばれている人物とかれの弁護士であるバーナード=コラリー氏です。2人は2013年12月、国際司法裁判所に盗聴行為の証拠を提出するために出国する直前、オーストラリア当局に家宅捜査をされ証拠を押収されてしまい、「証人K」はパスポートも取り上げられ自由を奪われてしまいました。
しかし結果として今年3月、オーストラリアも賛美するかたちで「国連海洋法条約」に基づく領海画定が合意・調印されたのですから、その賞賛の辞がたんなるうわべの外交辞令ではなく本心であることを外交行為として証明するため、オーストラリアは「証人K」を自由の身にすべきだとわたしは思いました。ノーベル平和賞受賞者でジョゼ=ラモス=オルタ元大統領もオーストラリア当局は「証人K」にパスポートを返すべきだと主張しました。盗聴行為を内部告発した「証人K」とそれを暴露したコラリー弁護士の件についてオーストラリア当局は、もう終わった過去として水に流すのが自然であると思われました(少なくともわたしには)。
ところがそうなりませんでした。6月28日(木)、「証人K」とコラリー弁護士が諜報活動の規定に違反したとして起訴されたことをアンドリュー=ウィルキー議員(無所属)が明らかにしたとオーストラリアで報じられたのです。ウィルキー議員が「常軌を逸した展開」( insane development)と称するように、まさに思いもかけない展開を迎えたわけです。「証人K」とコラリー弁護士は2年の禁錮刑に服する可能性がでてきました。
不正義が正義を訴える理不尽さ
ではなぜ領海画定が決まってから4ヶ月近くもたって「証人K」とコラリー弁護士は起訴されたのでしょうか? 400億ドルとも500億ドル以上ともいわれる利益が期待されるチモール海の「グレーターサンライズ」ガス田の領有権について、東チモールをうまく誤魔化して結んだ条約が白紙にもどされ、やりたくもない「国連海洋法条約」に基づく領海画定をやらざるを得ない状況に追い込んだ「証人K」とコラリー弁護士へ恨みを晴らさずにおくべきかという権力者の怨念のなせる業でしょうか。それとも、ルールはルール、ルールを破った「証人K」とそれを補助した弁護士を野放しにすれば諜報活動に今後差しさわりがあるのでお灸を据える必要があると当局は判断したからでしょうか。
この起訴は報道機関への間接的な言論抑圧につながりかねないし、諜報活動が検証されることない闇の中に閉ざされてしまう道筋がつけられることになるかもしれず、いま世界中に覆いかぶさろうとしている、どんより澱んだ排他的な空気の悪臭がします。いずれにしても2人の“英雄”にたいする起訴はオーストラリアの言論の自由と民主主義が危うくなることを意味します。
また、インドネシア軍による東チモール軍事支配を支持し、その間、チモール海の石油資源を“盗掘”したオーストラリアが、東チモールが独立してもなおこの東南アジア最貧国から手段を選ばず利益を貪ろうとした非道徳性をいまもなお省みようとしない姿勢は市民の声で糾弾されるべきです。
起訴されるべきは、オーストラリアの石油開発会社の利益を国益とすり替えて、東チモール閣議室への不当な盗聴作戦を指示し、オーストラリアの名誉と尊厳を貶めた者たちではないでしょうか。不正義が正義を起訴するとはなんという理不尽さでしょう。
7月29~31日、オーストラリアのジュリー=ビショップ外相が東チモールを訪れます。両国の国交が正常にもどることは喜ばしいことです。しかし「証人K」とコラリー弁護士への起訴にたいする批判が高まるタイミングでの東チモール訪問とはビショップ外相もいい根性をしています。
「証人K」とコラリー弁護士の裁判審議が7月25日に始まる予定でしたが、国内外から高まる批判を少しは考慮したほうが得策と悟ったのか、9月12日に延期になりました。しかし延期ではダメです。オーストラリアの真の国益のためにもオーストラリア当局は勇気ある行動を実践した2人にたいする起訴を撤回すべきです。「証人K」とコラリー弁護士を守れ!
~次号へ続く~
青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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