青山森人の東チモールだより…3億5000万ドルの“買い物”を喜んでよいのか?

青山森人の東チモールだより  第382号 (2018年10月22日)

3億5000万ドルの“買い物”を喜んでよいのか?

おめでとう! 東チモール初の金メダル

ジャカルタで行われていたアジア・パラ大会(10月6~13日)で、10月12日、東チモール人のテオフィロ=フレイタス選手が東チモール史上初の金メタルを獲得し、国歌『パトリア、パトリア』(祖国よ、祖国)が会場を揺らしました(『インデペンデンテ』電子版、2018年10月15日より)。競技は陸上400メートル走T37 クラスです。金メダル獲得の2日前にパスコエラ=ドス=サントス=ペレイラ選手が卓球で銅メダルを獲っています。

43の国と地域が参加したこのアジア大会において、金と銅それぞれ1個ずつ獲得した東チモールは参加国の中で20番目という中間に位置する好成績を収めました。やればできる!と東チモール人は世界に示しました。そして、やればできる!という自信を大勢の東チモール人、とくに若者たちが抱いたに違いありません。

ところで話は逸れますが、テオフィロ=フレイタス選手の帰国を報じるニュース映像にわたしはおおいに興味が惹かれました。同選手の家族を代表しておそらく祖母でしょうか、テオフィロさんが大学に進学してさらに勉学に励めるように政府は支援してほしいと発言していたのですが、その話す言葉があきらかにテトゥン語ではなく、ましてやポルトガル語でもインドネシア語でもなく、横に立っている家族がテトゥン語で通訳し、画面にはテトゥン語の字幕スーパーが映されていたのです。テトゥン語以外の地方語がニュースで大々的に流れるのは喜ばしいことです。これこそが東チモールの現実だからです。ニュースやメディアは多言語社会のありのままの姿をもっと映し出してほしいし、そのうえでポルトガル語とテトゥン語が公用語である現状が論じられてほしいと思います。

シャナナ、再び凱旋パレード

9月28日、コノコフィリップス社と「グレーターサンライズ」田開発にかんして30%の利益配分を買うことで合意(前号の東チモールだより)したシャナナ=グズマン交渉団長が、10月8日、交渉場所のバリ島から帰国しました。大勢の人びとに出迎えられたシャナナ交渉団長は車のサンルーフから身を乗り出し沿道の人びとに手を振るニュース映像はインターネットでも見ることができます。その様子はまるで、去年2017年9月4日、シャナナ交渉団長がオーストラリアと新しい領海画定にかんして基本合意に達したのちに帰国したときの再現です。ただし、去年のようにシャンパンの栓を抜いて祝う人たちはいなかったようです。

去年2017年の9月といえば、7月の総選挙でCNRT(東チモール再建国民会議)よりわずか1つ多い議席数を獲ったフレテリン(東チモール独立革命戦線)が第一党として連立政権の樹立を模索しているときで、そのフレテリンに対抗し、これからいかに政権を奪取するかを目論んでいたCNRTのシャナナ=グズマン党首が存在感を誇示する必要があったときでした。このような背景で、政権を奪取した現在と比べてシャナナ帰国歓迎の盛り上がり方が今年より去年の方が大きかったのだと考えられます。そして去年9月の場合は、パイプラインが東チモールにひかれるかはまだ不確かではあるものの、東チモールが主張してきた「国連海洋法条約」に基づく領海画定を獲得したことは勝利の美酒に酔うに値する出来事であったことから、シャンパンの栓を抜くほどの盛り上がりをみせたといえます。

手放し賞賛の危険な香り

チモール海開発の交渉団を率いるシャナナ=グズマン団長の立場は、AMP(進歩改革連盟)政権の代表で与党第一党CNRTの党首でもある政治的な立場とは異なり、政党を問わず全面的に支持・信頼されています(…ということになっている)。シャナナ交渉団長が帰国するにあたり、PNTL(東チモール国家警察)はシャナナ交渉団長を出迎える人は政党を象徴する物(旗やTシャツなど)を持ち出したり身に着けたりすることを禁じました(これに法的根拠があるかどうかは疑問だが)。チモール海の交渉を政争の具にしてはいけないという紳士協定を指導者たちがしていることから、チモール海交渉団長としてのシャナナ=グズマン氏の立場は、批判を寄せつけない特権的な存在に、へたをすると超法規的な存在になりかねません。

交渉団長のもつこのような性質から、利益配分30%の買い取りにコノコフィリップス社と合意したことにたいして、手放しで賞賛する雰囲気が漂っています。この3億5000万ドルの“買い物”の意味するところが理解されてそうなるのならまだよいとして、シャナナ=グズマンという領土を解放した独立の英雄が、いま領海を解放しようと奮闘しているという捉え方のみで賞賛するとしたら、この雰囲気は危険です。また、今回のこの合意にたいして町行く人の意見を紹介するニュースを見ると、パイプラインが東チモールにひかれることが決まったと誤解されているのではないかと心配してしまいます。実際、『チモールポスト』(2018年9月29日)は、「シャナナ、石油パイプラインがチモールにくることで合意に調印」と誤報をしていました。

対立の二人、久しぶりの対面

AMP政権が提出したCNRTの閣僚候補者をフランシスコ=グテレス=“ル=オロ”大統領(以下、ルオロ大統領)が認めないことから、ルオロ大統領との対立が続いるシャナナ=グズマンCNRT党首は、チモール海交渉団長として、10月11日、ルオロ大統領と会談しました。ルオロ大統領が2018年度の予算案に拒否権を行使せずに承認・発布に踏み切ったことで、両者の関係がやや和らいでいるのかもしれません。

会談後、ルオロ大統領はコノコフィリップス社から配当30%の購入合意に至るまでの経緯がシャナナ交渉団長から説明をうけたと述べる一方で、多くは話されなかった、正式な報告書が待たれるとも語っています。

せっかくこの二人の会談が実現したのですから、4ヶ月間も宙ぶらりんとなっている閣僚候補者(9名)の問題についても解決に向けて話し合えばよさそうですが、ルオロ大統領は国民と国家の将来にとって重要な問題であるとして、この件とチモール海の件とは区別しています。

AMP政権発足時の6月22日、ルオロ大統領がCNRTからの閣僚候補者の見直しを求めたことにたいし、シャナナCNRT党首は怒り心頭に発したのか、6月24日、「あなたがわたしのような俗な市民には理解しがたい尋常ではない機知によって、書き、意のままにし、そして解釈した憲法の灯かりのもとで、あなたが腕を振るわなくてはならないこの困難な状況において、わたしは、あなたの精神的・心理的・そして政治的な健康について極めて憂慮するものです」という皮肉たっぷりの文書をルオロ大統領に送りつけたものだから、ルオロ大統領としてもそう簡単にこの件について引っ込むことはできなくなったとみえます。シャナナCNRT党首は自分が解放闘争の生きた伝説であることを十分に自覚して責任ある言動をしてほしいものです。

合意しても“買い物”が成立するとは限らない

さてここで、コノコフィリップス社と合意に達したという3億5000万ドルの今回の“買い物”について、少数派である批判意見に耳を傾けてみましょう。「グレーターサンライズ」田から東チモールにパイプラインがひかれることを大前提とした南部沿岸地域大規模開発事業・「タシマネ計画」を一貫して批判する市民団体「共に歩む」(La’o Hamutuk)がホームページでわかりやすく要点をまとめているので、それを参考にしたいと思います。

「共に歩む」は、東チモールが30%の利益配分を購入することでコノコフィリップス社と合意しても、実際その売り買いが成立するかは不透明であることを指摘しています。なぜなら、「グレーターサンライズ」田の共同開発企業であるウッドサイド社・シェル社・大阪ガス・コノコフィリップス社のうちウッドサイド社とシェル社は先買い権を有していることから、コノコフィリップス社が東チモールに30%の権利を売ろうとしたとき、ウッドサイド社とシェル社が東チモールより先に買ってしまうことができるとのことです。「共に歩む」は、ウッドサイド社はその権利を使う可能性があると報じている『ウェスト オーストラリアン』(2018年10月1日付け)の記事を紹介しています。

また、東チモールが30%の利益配分をコノコフィリップス社からよしんば買ったとしても、「グレーターサンライズ」田の開発はあくまでも共同開発企業の合意のうえで決められるので、コノコフィリップス社がこれまで「バユウンダン」(Bayu-Undan)田で使用してきたダーウィン(オーストラリア)につながっているパイプラインの再利用が第一の選択肢として要求されるであろうし、第二の選択肢として洋上に浮かぶの船形工場があり(東チモールだより 第150号2010年5月18日 参照)、東チモールにパイプラインがひかれるのは第三の選択肢であることにかわりないことを「共に歩む」は指摘しています。

以上の二つの指摘だけをみても(その他たくさんの指摘があるが割愛)、シャナナ交渉団長が凱旋パレードをするのは時期尚早であり、これを歓喜で迎えるのは無警戒すぎるのではないかと思えます。「共に歩む」は、そもそもパイプラインが「グレーターサンライズ」田からひかれることが果たして東チモールの本当の利益になるのか疑問を呈し、国民に真の利益をもたらすため、経済・社会・環境にかかわる世代を跨ぐ影響を客観的な事実から分析し、詳細な情報を完全に公開しなければならないと、パイプラインありきの姿勢に警告を鳴らしているのです。

~次号に続く~

青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/
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