青山森人の東チモールだより 第343号(2017年3月11日)…大統領、ついに“カミングアウト”

「わたしの党とはPLPだ」―大統領、ついに“カミングアウト”

大統領、生涯年金制度の見直し案を控訴裁判所へ送る

東チモール社会の不平等の象徴として、抜本的な見直しか撤廃を学生や市民団体などから強く求められている生涯年金制度ですが、その見直し案が今年1月11日に国会を通過し、およそ10日後、大統領府へ送られました(東チモールだより 第340号)。

かねてから生涯年金制度の撤廃を訴えるタウル=マタン=ルアク大統領は、見直し案にたいし拒否権を行使すると発言してきました。さらに大統領は、拒否された見直し案が大統領府に再び戻ってきても自分は公布しない、自分は裁判にかけられるかもしれないが大統領任期も残りもわずかだ、大統領府を去るのもよい、と辞任をほのめかす発言もしていたことから、生涯年金制度の見直し案にたいする大統領の行動が注目されました。2月初め、大統領のとった行動は、見直し案の合憲性/違憲性を諮るために控訴裁判所へ同案を送ることでした。

控訴裁判所のギレルミノ所長は2月14日、生涯年金見直し案について意見を訊ねるために国会と検事総長へ文書を送り、文書を送られた側は10日以内に回答することになる、と記者に語りました。控訴裁判所は見直し案の違憲性について現在、審議をしている模様です。

大統領選挙が始まる

控訴裁判所が生涯年金制度見直し案の合憲性を諮っている一方、次期大統領を選ぶ選挙が始まりました。控訴裁判所は2月17日、8名の立候補者にたいし候補者番号をくじ引きで次のように決めました。

1 アントニオ=マヘル=ロペス

2 フランシスコ=グテレス=ル=オロ

3 アモリン=ビエイラ

4 ジョゼ=アントニオ=デ=ジェスス=ダス=ネベス

5 ジョゼ=ルイス=グテレス

6 マリア=アンジェラ=フレイタス

7 ルイス=アルベス=ティルマン

8 アントニオ=ダ=コンセイサン=カロハン

本命の候補は、三度目の正直を狙うフレテリン(東チモール独立革命戦線)のル=オロ党首です。今回は連立政権を率いる最大政党CNRT(東チモール再建国民会議)の党首で独立の英雄シャナナ=グズマン計画戦略投資相の支持を得ていることからル=オロ候補当選の公算が相当に高いといえます。ル=オロ候補が選挙運動で力説すべきは、政党色を出さない大統領になると民衆に納得させることだけぐらいかもしれません。ル=オロ候補はインドネシア軍事占領時代の24年間、山で闘った人物として広く国民に尊敬されている人物ですが、2000年以降フレテリン党首でありながら、挑発的な発言を繰り返すマリ=アルカテリ書記長に党の舵取り役を委ねていることにたいし疑問視され続けています。そのことが二度の大統領選挙で一回目の投票では最大票数を得ながらも決選投票で敗れた原因となったことを忘れなければ、ル=オロ候補はシャナナ=グズマン計画戦略投資相の支持がなくても大統領になれる人物です。

ル=オロ候補を追うのは、民主党のアントニオ=ダ=コンセイサン=カロハン候補です。民主党は大黒柱であるラ=サマ党首が2015年6月に52歳の若さで急死してしまうという大打撃を被りました(東チモールだより 第303号参照)。シャナナ連立政権でラ=サマ党首が就いていた教育大臣と社会問題調整担当大臣は同じ民主党のアントニオ=ダ=コンセイサン氏が引き継ぎました。民主党はその後、フレテリンと相思相愛となっていくシャナナ連立政権から距離を置き、政府と対立するタウル=マタン=ルアク大統領と接近していきます。先月(2月)、民主党は選挙を前に党大会を開き、27日、党の新態勢を固めました。新党首にマリアノ=アサナミ=サビノ前農水大臣、書記長にアントニオ=ダ=コンセイサン候補を選出しました。

看板だったラ=サマ党首を失った民主党がこれまでどおり若い世代に存在感を示すことができるかどうか、その新生ぶりがこの大統領選挙で試されることになります。

大統領、前倒しの“カミングアウト”

創設からおよそ1年が経過した新党PLP(大衆解放党)とタウル=マタン=ルアク大統領との関係が公然の秘密かのように巷で語られてきた一方、大統領本人は大統領職に就いている間は明言を避ける姿勢を貫き、来る5月20日(独立回復の日)に新大統領が就任したあと今後の身の振り方を発表すると発言してきました。

しかし2月27日、まずファーストレディのイザベル夫人が2月27日、PLPの精神はタウル=マタン=ルアクから来ているとPLPと大統領の関係を認める発言をすると、3月3日タウル=マタン=ルアク大統領は、ヨーロッパ委員会の選挙監視団との集会のなかで、わたしの政党とはPLPだ、CNRT・フレテリンと競う用意があり、わたしが選挙で勝てば政府首脳になる、と語りついに公然の秘密を認めたのでした。任期終了してから発表するつもりで本当はまだ公表したくなかったが、長く黙っているのも良くないと思ったとも大統領は語りました(『東チモールの声』、2017年3月5日、電子版)。

この発言に続くようにPLPは、大統領選挙では民主党のアントニオ=ダ=コンセイサン=カロハン候補を支持する意向を示し、正式な声明を3月12日に出すと発表しました。新党として最も注目を浴びているPLPは議会選挙から本格的な政治活動を始動するであろうとわたしは観ていましたが、この大統領選挙から活動デビューをするようです。

これをもって民主党からの大統領候補をタウル=マタン=ルアク大統領支持者が推薦するという構造が事実上できたことになり、PLP支持者がアントニオ=ダ=コンセイサンに投票すると考えると、万全だと思われたル=オロ陣営は少し嫌な感じを覚えているかもしれません。

大統領、生涯年金制度を寝技に持ち込むつもりか

新大統領が就任する5月20日に身の振り方について発表するといっていたタウル=マタン=ルアク大統領がなぜ前倒しの“カミングアウト”に踏みきったのでしょうか。

イザベル夫人が前記の発言をする前にタウル=マタン=ルアク大統領は、議会選挙のときに生涯年金制度について疑問が投げられてもCNRTとフレテリンは怒らないでもらいたいと発言しているのです。つまり議会選挙運動で生涯年金制度が争点に据えられたとしても、CNRTとフレテリンは自分たちにたいするネガティブキャンペーンとして受け止め怒らないで欲しいという意味であり、大統領はその用意があるという宣戦布告のような発言です。

そしてタウル=マタン=ルアク大統領は2月24日、こういいます――「わたしは生涯年金制度(見直し案)を控訴裁判所へ送った。それがわたしに返ってくると、わたしは(拒否権を行使して)国会へ送るだろう、そして国会は再びわたしに送り返してくるだろう。かれら(国会)は、わたしは(二度目の拒否権は憲法上使えないので)公布しなければならないというだろう。しかし、大統領任期終了まで二ヶ月あまりだ。政治ゲームの始まりだ。総選挙も間近なので話はやや込み入ってくる。わたしが再び(見直し案を)送り返したあと(わたしは憲法違反だと裁判にかけられるかもしれないが)、議会選挙運動にこの問題が持ち込まれるのだ。そのさいにCNRTとフレテリンはわたしに怒ってはいけない」(『ディアリオ』2017年2月27日、電子版、カッコは青山の解釈)。

去年(2016年)、タウル=マタン=ルアク大統領が辞任を示唆しながら生涯年金制度見直し案を公布しないと発言しましたが、一方、現制度においては、大統領が拒否権を行使しようが辞めようが、国会を牛耳っている政府が粛々と手続きを踏めば大統領には如何ともしがたいのが現実で。大統領としてどうすることもできないのだから辞職しても無駄だ、辞職するなと側近たちに説得されたことでしょう。そこでタウル大統領は考えたに違いありません、生涯年金制度撤廃向けて見直し案を公布しない方法がないものかと。そこで見直し案を寝技にかけ公布しないまま議会選挙に引きずる作戦を考えたのではないでしょうか。

国会から送られた見直し案に即拒否権を使うのではなく控訴裁判所へ合憲性を諮るように同案を送ったのは時間稼ぎのためだとわたしは推測します。さらに、控訴裁判所はタウル=マタン=ルアク大統領の時間稼ぎに同調すべく、意見を求めるためとして国会と検事総長に書簡を送ったのではないかとわたしは邪推します。シャナナ計画戦略投資相は、エミリア=ピレス被告への公開書簡(東チモールだより 第341号参照)のなかで司法をこきおろしていたので裁判所としてはその報復の意味あいを含ませているかもしれません。

こう考えると前倒しの“カミングアウト”にうなずけます。PLPが大統領選挙に関与しながら生涯年金制度撤廃に向けてその見直し案を政府の思い通りに公布しない状態を続けることで、この制度に反対する大衆の支持を獲得し、議会選挙を戦うためではないでしょうか。

指導者たちはまず全東チモール人の勝利を目指せ

来る3月20日投票日の大統領選挙は議会選挙を占う前哨戦として俄然面白くなってきました。しかし残念ながら選挙運動が始まるや、3月3日、さっそくフレテリンと民主党の支持者が衝突し、家や車両が破壊され負傷者が出てしまいました。

対立する政治勢力同士が平和裏に競って指導者が選ばれることは全東チモール人の勝利となるはずです。指導者たちは、1970年代、インドネシア軍の大侵略を前にして政党間同士で殺し合いをしたという苦々しい歴史を努々忘れてはなりません。

CNRTのシャナナ=グズマン計画戦略投資相、フレテリンのマリ=アリカテリ書記長、タウル=マタン=ルアク大統領とラモス=オルタ前大統領といったかつての解放闘争の指導者たちは、まずそろって大衆の前に立ち、選挙運動で暴力事件を起こさないように呼び掛けるキャラバン隊を結成するくらいの演出を見せてほしいものです。

~次号へ続く~

青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion6563:170312〕