青山森人の東チモールだより…2018年度予算案、国会を通過

青山森人の東チモールだより  第379号 (2018年9月10日)

2018年度予算案、国会を通過

「経済危機」の中身

9月7日、2018年度一般予算案の審議が終了し採決され、賛成42、欠席14、反対9で、可決されました。与党勢力は36議席ですので、野党からも6票の賛成票が得られたことになります。ともかく国会を通過した予算案は、9月10日、大統領府へ送られる予定で、フランシスコ=グテレス=“ル=オロ”大統領が発布すれば、12億ドルの予算が成立することになります。

本年度に入ってから憲政史上初の「12分算方式」を採用せざるをえなく、融通の利かない窮屈な国の運営を強いられてきた東チモールですが、遅ればせながら(もう9月なのでかなり遅いが)政府の立てた予算による運営がきるようになりそうです。

融通の利かない窮屈な国の運営は経済の低迷を招き、これを東チモールでは「経済危機」と呼ばれています。「危機」だからといって、国民が極端な貧困状態に堕ち込んだことを意味しないし、ましてや国が破綻したことを意味してはいません。「経済危機」と呼ばれるその中身とは、国が支払うべき契約雇用者や公共事業を受注した会社などに賃金や報酬を支払えないことで生じる弊害を主に意味します。つまり溜まりに溜ったツケが経済の流れを滞らせている状態です。国がツケを支払わないことで、およそ300社が活動停止に追い込まれたといわれています。ツケはたんにお金がないからという素朴な理由からではなく、行政の拙さに拠る所が大きいことに「危機」の意味があるとわたしには思われます。国家予算12億ドルのうち6000万ドルがツケ返済に充てられます。ツケがちゃんと支払われて経済の流れを正常化させることができるかどうか今後の注目点です。

ブラックアウト、寸前で回避

行政の拙さの顕著な例として、8月21日に東チモール全土が大停電、いわゆるブラックアウトに陥りそうだったことがあげられます。最大与党CNRT(東チモール再建国民会議)の党首であるシャナナ=グズマン氏の甥・ニルトン=グズマン氏が経営する「東チモール人の希望」社は発電所に燃料を供給する会社ですが(これはこれでシャナナ連立政権の縁故主義と批判される)、政府は同社にたいしてその燃料費をツケおきにしたことから、同社はもはや燃料供給は不可能、8月21日に発電所が止まってしまうと白旗を揚げる通告を出しました。そのツケは、『テンポセナマル』紙の電子版「テンポチモール」(2018年8月20日)によると、なんと3380万ドルにものぼります。滑稽なのは、同社は8月18日、すでに船で発電所があるヘラの港に燃料を運び、あとは政府が同社の最後通告を聞いてくれてお金を払ってくれるのを待つだけの状態となっていた時点での政府の対応です。政府は同社に燃料費を支払っていないにもかかわらず税金およそ49万ドルが未払いであるとして支払いを渋ったのです。当然、同社は税金分を差し引いてツケを支払ってくれと訴えたのでした。

政府機関の業務に必要なガソリン・燃料が不足し、例えば囚人を護送できないとか、病院の車両を動かせないなど様々な弊害が生じていることが連日報道されるなか、このままいくと8月21日に発電燃料が切れて東チモール全土が大停電となると前々から政府の電力局から発表されていました。それにもかかわらず、8月18日の時点で上記のようなやりとりを燃料供給会社とするのですから、行政能力が「危機」的といわれても仕方ありません。

結局、8月21日直前に「東チモール人の希望」社はポルトガルの銀行から融資を受けて、ブラックアウトは回避されました。

『インデペンデンテ』紙(2018年8月14日)より、東チモール全土ブラックアウトの可能性を政府が否定する記事。「政府、停電はしないと保障」。停電はないと保障するから国民は心配しなくてもいいと政府は太鼓判を押したが、実際はきわどかったようだ。

故・コニス=サンタナ司令官の思い出にひたる

8月14日昼のGMN局のテレビニュースで、「繁栄のための農作」(TOMAK=Toos ba Moris Di’ak)という団体がバウカウ地方とボボナロ地方の市場における環境調査の報告をしたというニュースが流れました。「繁栄のための耕作」とは、農作を通して地方における食糧事情を改善し、とくに女性の生活を豊かにし活性化することを目指すオーストラリアの支援団体です。ニュース映像を見ると(インターネットで見ることができる)多くの東チモール人女性がこの団体に関わっているようです。そしてこのニュースのなかで「専門家」と紹介された東チモール人女性・セシリア=フォンセカさんはマイクを向けられ、バウカウ地方とボボナロ地方の市場において衛生設備に問題があり、このことが女性とくに妊婦にとって市場での商業活動の障害となっているし、安全面にも改善の余地があることを指摘していました。

昼のこのニュースが流れているころ、偶然わたしはまさにセシリア=フォンセカさん本人とある喫茶店で会っていて(同局の昼のニュースは前日の夜のニュースと内容がほぼ同じ)、「繁栄のための農作」の活動についてうかがっていました。女性が土を耕そうとしても土地にたいする権利がないとして耕作が許されないという家族制度の問題や女性の地位の問題、農作物を育ててもそれをどうすれば収入にできるのかが理解されないなどの諸問題もセシリアさんは指摘してくれました。

なにもやることがない若者たちを見るたびに、家の敷地内の土地を耕すことで何かしらの足しにできるかもしれないのに何故そうしないのだろうか…?という疑問をわたしはいつも抱くのですが、必ずしもかれらが怠け者であるとはかぎらず、家族制度や土地の権利の問題などが複雑に絡んでいるのです。

ところで、セシリア=フォンセカさんは東チモール民族解放軍の英雄・故ニノ=コニス=サンタナ司令官の母方のいとこにあたる人です。コニス=サンタナ司令官の母親はフォンセカ家の出であり、父親はサンタナ家です。「一九八一年以降、わたしは両親とはいっさい接触をとっていない。父はすでに亡くなり、母は生きているが病弱だときいている。親を訪ねる機会はわたしにはない」(拙著『東チモール 山の妖精とゲリラ』、158ページより、社会評論社、1997年9月)とコニス=サンタナ司令官はわたしに直に語りました。かれの母親は去年2017年6月13日に永眠しました。5月に一度は息をひきとりましたが、その2時間後に蘇生したのでした。享年はわかりませんが、民族解放闘争の英雄である息子の分も長生きをしたといってよいほどの高齢であったことはたしかです。

セシリア=フォンセカさんはコニス=サンタナ司令官に直接会ったわたしに、当時の様子をあれやこれやときいてきます。彼女の質問に答えながら、わたしはコニス=サンタナ司令官の思い出にふけりました。セシリアさんはオーストラリアのメルボルンに留学していたので、流暢な英語を話します。わたしの抱くコニス=サンタナ司令官の山の妖精のようなイメージと、都会的なキャリアウーマンのセシリアさんのイメージはなかなか一致しないことが愉快であり、時の流れを感じました。

~次号に続く~

 

青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/
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