再開された予算審議
2020 年 1 月 15 日、去年 2019 年 12 月 19 日に政府から国会に再提出された「国家一般予算案」の国 会審議が始まりました。タウル=マタン=ルアク首相が国家予算案を撤回し審議が止まったのは 12 月3 日ですので、クリスマス・年末年始休暇を挟んで1ヵ月以上もたってからのこととなりました。
年が明けて 2020 年、審議一日目、野党フレテリン(東チモール独立革命戦線)の女性議員は、再提 出された国家予算案をうけて政府を嘘つき呼ばわりすると、与党 PLP(大衆解放党)の議員が「嘘つき」 という言葉遣いは道徳的ではないと反論し、野党は政府が間違ったことをいえばわれわれ議員は黙って
いるわけにはいかないとさらに攻勢をしかけ、これにたいし与党側は国会議員には道徳観が求められる
とさらに反論、すると「嘘つき」という言葉遣いをしたフレテリンの女性議員は、こんな言葉遣いをす るには理由がある、タウル=マタン=ルアク氏は政府の代表としてここにいるのであって、抵抗運動指導 者としてでもなく、将軍としてでもない、とひるみません。
なんだか噛み合っていない反駁のような気がしないでもありませんが、野党が政府与党に噛み付くの
は自然のことで、さほど気にかけることはないと思います。問題は与党内から政府への批判発言が相次 ぐことです。
国会の予算審議をラジオ中継することを知らせる横断幕。 去年 11 月は議員急死により一週間延期となり横断幕が作り直され仕切り直しをしたと思いきや、12 月 2日に始まった審議は二日目でタウル首相が予算案を撤回したために中断、三度作り直された横断幕だ。
2020 年 1 月 16 日、国会前にて。 ⒸAoyama Morito.
予算審議が行われる間、国会前の道路は一般車両の規制が敷かれる。 2020 年 1 月 16 日、国会前にて。 ⒸAoyama Morito.
修復不可能の内輪揉め
去年、最大与党 CNRT(東チモール再建国民会議)の意見を無視して国家一般予算案を国会に提出し
て国会審議に臨んだタウル=マタン=ルアク首相は、予算審議二日目の 12 月3日、総スカンを喰らって しまい、予算案の撤回を余儀なくされたのは記憶に生々しいところです(東チモールだより第 405 号と 406 号)
予算総額を約 19 億ドルから 16 億 6800 万ドルへと削減して再提出された国家予算案のその削減内容 とは、国民生活に必要な部門が削減される一方で大規模開発部門は据え置きになっており、国民の要求
に対応していないとして市民団体は大統領の拒否権行使を求めると強く批判し、かつ与党内の調整がま
るでなされていない状態で再提出された国家予算案ですから、タウル首相が予算案撤回を強いられた状
況は基本的に何一つ改善されていません。政治指導者たちは一体何を想ってクリスマス・年末年始休暇 をすごしたのでしょうか?
当然の成り行きとして、再開された予算審議においても与党内から容赦のない批判にタウル首相はさ らされることになります。とくに最大与党 CNRT 議員からの批判は辛辣です—「政府は信頼を失って いる」。これでは野党から「政権は一貫性もなければまとまりもない」といわれても返す言葉がないと いうものです。
CNRT は、CNRT 出身議員9名がルオロ大統領が承認しないために閣僚になれない問題を1年以上た っても解決してくれないと恨み節のように国会でタウル首相に迫り、CNRT は自分たちが「犠牲者にな っている」と国会の場で被害届けをする始末です。政権内のもめ事は表面化されないように水面下で調 整されつつ政権運営がなされるのが本来のあるべき姿でしょうが、二年目の AMP(進歩改革連盟)政 権は国会の場を借りて内輪揉めを公開するまで内部対立の表面化に至ってしまいました。こうなっては もはや修復は不可能といってよいでしょう。
かくしてタウル首相、再び沈む
このように政権内部の緊迫した政局が漂うなかで、再提出された「国家一般予算案」はその内容が冷 静には吟味されませんでした。しかしながら日程表どおり三日間審議がされました。そして1月 17 日 (金)夜8時ごろ、この一般予算案の採否の決定をしたところ、賛成 13 票、反対 15 票、棄権 25 票、 かくして再提出された予算案は国会を通過することはできず、タウル首相、一度ならず二度までも国会 で拒否され、いよいよ窮地に追い込まれました。
AMP 政権の議席数は 34 議席です。その半分に満たない賛成票しか獲得できなかったことは(野党・ 民主党から賛成票を得ているにもかかわらず)、タウル首相は政権内から完全に三下り半を突きつけら
れたことになります。これは首相にたいする造反・侮辱行為です。タウル首相は怒りの辞表をたたきつ
けて辞任し、国民に信を問う政治行動をとるべきだとわたしは思うのですが、タウル首相に近い人物に よれば、そんなことをしても国民が理解してくれない、責任から逃げたと思われるとのことです。
野党フレテリンが反対票を投じるのは何の不思議もないとして、政権内の最大与党 CNRT が棄権票 を投じたのですから、この期に及んでは AMP 政権崩壊と表現しても差し支えないでしょう。
一般予算案の採決にたいする各政党の投票行動は以下のとおりです。なお、東チモール国会は一院制 で、定数 65 です。 賛成 13 票 = PLP:8票、民主党:1票、KHUNTO:4票 反対 15 票 = フレテリン:11 票、CNRT:2票、民主党:2票 棄権 25 票 = CNRT:19 票、PUDD:1票、FM:1票、UDT:1票、民主党:2票、KHUNTO:1 票 欠席 = 12 票
(*)CNRT と PLP そして KHUNTO(チモール国民統一強化)は AMP 政権を構成する与党。 PUDD(民主開発統一党)と FM(改革戦線)と UDT(チモール民主同盟)そしてもう一つの政党が、 連立 FDD(民主開発戦線)を組んで前回の選挙に臨み3議席を獲得した。選挙後、FDD は与党に加わ るか野党に加わるかで分裂し、PUDD・FM・UDT がそれぞれ1議席をもつ政党として与野党に別れた。
今後の展開は?
タウル=マタン=ルアク首相は予算案が国会を通過できなかったことをうけて、記者たちに囲まれなが ら、「 12 分算方式」が採用されることになるが、2017~2018 年にも起こったことで東チモールにとっ て異常なことではない、国民は冷静を保ち、国家機関を信頼してほしい、今後については大統領の判断
を待ちたい、「前倒し選挙」をするのか、政党を集めて話し合いをするのか、大統領の判断しだいだ、 と述べました。
ルオロ大統領は 60 日以内に、「前倒し選挙」に踏み切るか、それとも何らかの別の手段を講じるのか、 判断をすることになります。
それにしてもタウル首相の発言をきくと、自分の主張・立場・責任について一切言及しておらず、人
ごとのような言い方をしています。わたしは非常に違和感を覚え、また残念に思います。タウル首相の
評判が悪化した(去年後半あたり)からタウル首相にたするする表現としてよくわたしがきく表現は、
「聴く耳をもたない」、「孤立」、です。この二点は民衆に寄り添って侵略軍と闘うゲリラ司令官ならな
おさらですが、ある種の指導的立場にあるもの者ならばあってはならない態度と状況です。タウル元司 令官が首相に就任してからその身その身辺に何が起こったのでしょうか?
さて、個人的なことはさておき、2020 年度の国家予算が決まらないとなると東チモールはこの1月 から、どれくらいの期間になるのかわかりませんが、しばらくの間「12 分算方式」が採用されることに なります。 「12 分算方式」とは、毎月一ヵ月ごとに昨年度予算額の 12 分の1ずつが予算としてあてが われるという方式で、活気ある経済政策が採りにくいといわれています。それでなくても政治的袋小路 が経済に悪い影響を与えているといわれて久しいのに、これに「12 分算方式」が加味されるとなると更 なる悪影響が懸念されます。
そして政局ですが、すでに次の政権を担う連立工作が具体的に始まっているようです。
青山森人の東チモールだより 第408号(2020年01月20日)より
青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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