東チモール、11番目のASEAN加盟国へ
東チモールのASEAN(東南アジア諸国連合)加盟が10月26日からマレーシアで開催されるASEAN首脳会議において正式に認められる予定であることで、日本の新聞に滅多に載らない東チモールも国際ニュースとして取り上げられています。東チモール国内ではもちろんこの話題が賑やかに報じられています。
ASEAN加盟をひかえる雰囲気はわたし自身の生活空間でもなんとなく感じられます。他のアジアの国からやって来たとおもわれる人たちを首都でよく見かけます。向こうから「日本人ですか?」とわたしに気軽に話しかけてくるマレーシア人はASEAN加盟の関係で政府職員として働いているといい、わたしは政府とは何の関係もない人間ですがといっても日本人ということで親しみを覚えるらしく、名刺をくれました。このような雰囲気は明らかにこれまでにはないものです。しかしこうした変化はあくまでも首都の一角の空気であり、そのような空気はそれが漂う場所に行かなければ感じられません。ASEAN加盟という新しい環境による影響が東チモール全般に及ぶには時間がかかるでしょうし、どのような影響が及ぶのか、まったくわかりません。
東チモールの大半の人びとにとって日常の暮らしがASEAN加盟で突然良い方向に変わるとはおもえません。むしろ政府がASEAN加盟という一大イベントに気をとられて庶民の生活をないがしろにしてしまうのではないという懸念をわたしは抱きます。わたしが最も懸念するのは狂犬病です。
首都に迫りくる狂犬病の脅威
いま東チモールでは狂犬病による死者数がじわりと増えています。昔の東チモールには狂犬病の心配がないので犬に噛まれても破傷風だけを心配すればよかったのですが、ごく最近数年前からインドネシア領西チモールから東チモールに狂犬病が侵入する可能性が指摘されると、西チモールと国境を接する飛び地RAEOA(ラエオア、Região Especial de Oe-Cusse/Ambeno=オイクシ/アンベノ特別地域)、旧名オイクシ地方)、そしてボボナロ地方・コバリマ地方で狂犬病の犠牲者が出るようになりました。インドネシアから東チモールに密入国する人間を当局は取り締まることがきても、犬(狂犬病ウィルスをもつ哺乳動物)はそうはいかないようです。
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『インデペンデンテ』(2025年6月17日)より。
「狂犬病が東チモールを脅かし始める」
「犬に噛まれたらすぐに病院へ」。
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国境沿いの村で犬への接種をしている保健省職員の活躍がTV番組で流れるのですが、都市部でそのような活動をしている保健省職員の姿をわたしはまだ見たことがありません。政府は狂犬病対策の活動を国境沿いの農村部でしていますが、いまや国境に接しない地方でも狂犬病の被害が出るようになっています。
保健省よれば、今年になって狂犬病で亡くなったのは21名にのぼるといいます。その内訳は、コバリマ地方自治体で7人、RAEOAで4人、ボボナロで3人、エルメラで4人、マヌファヒ・リキサ・マナトゥトでそれぞれ1人です。先月だけでも5人(コバリマで3人、RAEOAで2人)も死亡しました(『タトリ』、2025年10月21日)。
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狂犬病の犠牲者が出た地方自治体名をカタカナで記した。
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リキサとマナトゥトに死者が出たとなると、ディリ地方が東西挟み撃ちになっているかたちとなり、いよいよ首都デリ(Dili,ディリ)に狂犬病が進入し犠牲者がでるのは時間の問題であろうという非常事態になっているのが現状です。人命にかかわる事態として政府がこの問題に最優先に取り組まなくてなりません。人口密度の高い都市部でもし狂犬病による犠牲者が出たならばその衝撃は農村部のそれよりも比較にならないほどの大きなものになることでしょう。
わたしはベコラ~クルフンの大通りをよく歩くのですが、飼い犬なのか野良犬なのか、ともかく多くの犬が自由に歩き・走りまわり、わたしは怖いおもいをしています。政府がまずもって犬の放し飼い規制に努めるべきです。政府は豚やヤギなどの家畜動物は厳しく規制しているのに犬にはなぜか寛大です。
政府は人命第一の姿勢で
犬に噛まれたら放置しないで病院・診療所へいってワクチン接種を受けましょうと政府は呼び掛けてはいます。ところが一方で人間用の狂犬病ワクチンの在庫が不足しているというニュースがときたま報じられます。人間が犬に噛まれたあとの対処にかんして政府は万全を期しているのか、不安になります(外国からこの国を訪れる人は予防接種をしておくべき)。そもそも一般庶民は狂犬病にたいする正しい知識をもっているのか…大いなる疑問です。犬の放し飼い天国となっている都市部の道を歩けば、啓発・広報活動を含めて政府の取り組みが十分であるとはとても思えません。
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『インデペンデンテ』(2025年6月30日)より。
「医療チーム、犬の肉を食べたオゲス村の家族のサンプルを採る」。
「コバリマ地方自治体の保健当局は、犬の肉を食べて狂犬病に感染した人の家族とその近所の人からサンプルを採った」。
この記事と他の報道機関の記事をまとめると、他の動物をよく噛む犬の肉を6月19日に食べて狂犬病にかかったのはコバリマ地方オゲス村の16歳の少年で、この少年はその後6月28日、首都の国立病院で亡くなった。この少年は、狂犬病に感染したであろう犬の肉を切り分けているときに犬の血液残留物が手に付着し、その手を良く洗わずに目や鼻をこすって感染したのであろうと国立病院の局長が指摘している。他の動物をよく噛む犬に狂犬病の疑いをもたず料理して食べるという農村の住民の行為が政府による狂犬病にたいする啓発活動が不十分であることを示している。東チモールでは犬の肉を食べる習慣がある。
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『チモールポスト』(2025年6月26日)の論説より。
「狂犬病ウィルスが熱を帯びてきた。政府は黙っている!」。
狂犬病で亡くなる人がいることを政府は知っているのか、と同紙は怒っている。
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『ディアリオ』(2025年8月12日)より。
「国会:政府は東チモールでの狂犬病との闘いにあまり熱心ではない」。
8月11日の国会で野党フレテリン(東チモール独立革命戦線)のエレーナ=マルチンス議員は、狂犬病がこの国に闊歩しはじめてから3年余りがたった。国会ではいつもこの問題が取り上げられているのに政府・保健省は狂犬病に緊急対策を講じていないと指摘した。
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発症すれば致死率ほぼ100%であるという恐ろしさを考慮すれば、東チモール政府は狂犬病にたいする啓発活動に全力を尽くし、万全な医療態勢で住民の命を守るべきです。ASEAN加盟の祝いムードに浸るのも結構ですが、人命にかかわることにぬかりがあってはなりません。死ななくてもいい人が死んでしまうとなれば政府の怠慢による人災であると非難されることでしょう。
第545号(2025年10月25日)
〈出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net//
[Opinion14510:251110]










