革命の組織論 歴史と宗教に学ぶ ④続・誰がユダヤ人か。ナチスの規定

誰がユダヤ人か。ユダヤ教の規定の次に歴史的な影響を与えたのはナチス(国民社会主義ドイツ労働者党)のユダヤ人規定だ。フランス革命でユダヤ人が解放されるまでのヨーロッパでは、ユダヤ教徒すなわちユダヤ人だった。だが、ユダヤ人にも啓蒙主義が広がり、ユダヤ教の戒律や共同体から離れたり、キリスト教徒に改宗するユダヤ人も増えて、ユダヤ教徒=ユダヤ人という認識の枠組みは崩れた。その結果、19世紀にフランスで登場したのが人種的反ユダヤ主義である。ユダヤ教徒ではなく、人種としてのユダヤ人を攻撃する。人種的反ユダヤ主義だから、ユダヤ人がキリスト教に改宗したり、無神論者でもあっても逃げ道がない。
ただ、人種的反ユダヤ主義もファラシャと呼ばれる黒人のエチオピア系ユダヤ人がいることを当時の欧州の人々が知っていれば、少しは認識が変わっただろう。ユダヤ人は一つの人種でも民族でもないが、ナチスは人種的反ユダヤ主義を継承し、極限まで進めた。あたかもユダヤ人が一つの人種、別の呼び方をするとセム人種であるかのようにとらえて、世界史における人種間の対立軸をアーリア人対非アーリア人(ユダヤ人)と設定する。アーリア人とはインド・イラン・ヨーロッパ語族の別名である。
当時は欧州列強の半植民地だったイランの支配者レザー・シャーは、自分たちアーリア人の歴史的地位の引き上げに驚き、ヒトラーに共鳴して、1935年に国名を「ペルシャ」から「イラン」に変える。イランとはアーリア人の国という意味である。
ヒトラーがなぜアーリア人を至高の人種にしたかは不明である。アーリア人とされた当時の仲間のイラン人、インド人は情けない状態にあったからだ。ドイツ人、ゲルマン人という立派な用語もあるではないか。しかも、ユーロッパのアーリア人ときたらセム系の文字(フェニキア文字に発するアルファベット)を使用し、ユダヤ人発祥の宗教(キリスト教)を信仰しているほど、「セム化」していたのに。
ナチスのユダヤ人迫害は段階的に進む。まずユダヤ人の公民権を奪う。次にドイツ人とユダヤ人との結婚、性的交渉を禁止する。アーリア人の血の純血を守るためである。その後強制収容所で奴隷労働をさせられ、最後は殺人工場で神経ガスを投入されて、組織的に絶滅された悲劇はよく知られている。ホロコースト、ヘブライ語でショアーと呼ばれる惨劇である。
ドイツ人の歴史家、セバスチャン・ハフナー氏の解釈によれば、ヒトラーの第1の目標は、東方におけるドイツ人生存圏の獲得で、これが1941年12月にモスクワにおけるソ連軍の反抗と、米国の参戦で失敗したことを直感したヒトラーが、第2の目標であるユーロッパでのユダヤ人絶滅を決意したのだという。
さて、ユダヤ人から公民権を奪い、最後は殺戮するのだから、ユダヤ人についての厳密な法律の規定が求められる。ナチスの規定は祖父母4人のうちユダヤ人(ユダヤ教徒)が3人以上を完全ユダヤ人とする。祖父母2人がユダヤ人の場合、第1級混血ユダヤ人、1人の場合第2級混血ユダヤ人とされた。筆者の知る範囲では、4分の1ユダヤ人に大きな迫害はなく、ドイツ国民とされた。ナチス親衛隊の指導者になったハイドリヒには4分の1ユダヤ人といううわさがつきまとったが、その地位をチェコで暗殺されるまで維持できた。
第2級混血ユダヤ人でユダヤ人と結婚しているもの、ユダヤ教共同体に加盟しているものなどは絶滅を含む迫害の対象にされたが、それ以外の第1級混血ユダヤ人はそこまでの迫害の対象にしなかった。
ここで注目されるのは、ユダヤ人を人種として把握して、キリスト教に改宗したユダヤ人も絶滅の対象にしたナチスだが、ユダヤ人の規定にあたっては、ユダヤ教を持ち出さざるを得なかった皮肉である。
ここで余興として、ドフトエフスキーの小説の中にある「大審問官」ばりに、イエス・キリストがナチス支配下に復活したとすれば、ナチスの官僚機構はどう対応しなければならないのか、考えてみよう。新約聖書ではイエスはユダヤ人マリアを母とすると書いてあるから、ユダヤ教の規定ではユダヤ人である。ところが、イエスの父は父なる神である。父なる神に父母はないから、イエスは4分の2ユダヤ人となる。ではイエスはユダヤ教徒か。新約聖書を読む限り、イエスはユダヤ教のラビの範疇にあり、ユダヤ教の戒律を守っているので、「ユダヤ教徒」になる。となるとイエスは4分の2ユダヤ人だが、迫害の対象になる。
ただ、当時のドイツでも信仰の篤いキリスト教信者は多く、イエス・キリストを強制収容所に入れたことがばれたら、国民に多大の動揺を与えるだろう。イエスは第1級混血ユダヤ人だが、VIPとして丁寧に扱ってお引き取り願うのが、官僚機構としては、初動段階での適切な対応のように考えられる。ちなみにヒトラーはカトリック教徒の生まれだが、イエスを歴史的事実を無視して、「アーリア人」と語っている。
さて、組織論に入るまでの途中の前置きが長くなって恐縮だが、3つ目の「誰がユダヤ人か」という規定は実存主義的な規定で、自分がユダヤ人と思うか、周囲が思うか、どちらか片一方が思うかという規定と考える。
たとえば、ロシアのドミトリー・メドベージェフ大統領の母はユダヤ人、といううわさがある。もしこれが本当なら、ユダヤ教、イスラエル帰還法の規定では、メドベージェフ大統領はユダヤ人ということになり、イスラエル市民にもなれるが、現在の国際情勢では何の意味も持っていない規定である。筆者の推測だが、うわさがもし本当だとしても大統領本人も周囲も彼をユダヤ人とは思っていないと思う。
イスラエルには旧ソ連からの帰還者が100万人もいる。彼らはソ連で長期間無神論を教えられ、家庭でもユダヤ教の教育、伝統から隔絶して生きてきたので、宗教的な人は少ない。生活に困って、イスラエルでもタブーのハムやソーセージを売る肉屋を開店して、ひんしゅくをかった旧ソ連系ユダヤ人もいる。
さて、ユダヤ人についての3つの規定に紙幅をとりすぎたが、次回からユダヤ教の組織論に入りたい。

(以下次号)

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