1 1997年の通貨危機・IMF体制を契機に
1997年に韓国を襲った通貨危機、その後のIMF体制下で大量の失業者が生み出された。いみじくもこの時期、98年にキム・デジュン政権が誕生した。キム・デジュン政権の初期は国の債務が膨大に膨らみ、極度の失業状態に陥った。これらの難題を解決するために、社会保障の面から、貧困の高齢者や障害者を対象にしていた生活保護法を大改正し、「国民基礎生活保障法」を制定した。これはすべての国民を国家が保護すべき対象と認め、また、福祉的就労の側面からは98年以降「自活政策」が施行されるようになった。
「自活政策」の目的は、公共勤労事業(公益事業)を介して労働参加の機会を与え、自立基盤づくりを促すというものであった。
2 ノ・ムヒョン政権下の政策
ノ・ムヒョン政権は、従来の伝統的で一般的な経済、福祉、労働、産業政策では雇用創出に限界があるとして、政府の積極的な取り組みによる新しい雇用対策の道筋を示した。それが積極的労働市場政策であり、失業者の就労活動を援助することにより雇用創出の誘発を図り、そのため、政府が実施する各種のプログラムによる「社会的雇用事業」を2003年に始めて、以後、施行規模を持続的に拡大・強化していった。
その政策は、「社会的雇用推進委員会」が地方労働管轄部署と「雇用安定センター(ハローワーク)」に設置されて、非営利団体の公募を通じて、「社会的雇用事業」が施行された。
しかし、そこにも課題があって、「社会的雇用事業」は公共部門の政府予算に依存しており、低賃金、短期(3年)の公共勤労の限界を露呈した。それは安定的で持続可能な雇用とは異なって、一過性で消極政策という非難を受けた。
このような諸問題を解決するために、ノ・ムヒョン政権末期の2006年に、「社会的企業育成法」を立案し、「社会的雇用事業」の持続性を図る目的から、「社会的企業」が主体になってその事業を施行することで、政府の支援が中断した後にも雇用の持続が可能になるようにした。 (財政支援の終了後も「社会的企業」の存続率は89.1%、2015年雇用労働省国政監査資料より)
イ・ミョンパク政権初期の2007年7月1日から「社会的企業育成法」がこうして施行される運びとなった。そして、2012年7月1日から、「協同組合基本法」が制定・施行された。
「協同組合基本法」については、共同連と韓国障礙友問題研究所の共催で2011年11月にソウル市で開かれた「第3回日韓社会的企業セミナー」の分科会で、社会的企業のアイデンティティとはなにかということが議論になったことに驚いた。「今さら」とは思ったが、社会的企業の中には協同性の欠如、営利的、税制優遇措置をめあてにする動きがあるとのことであり、だから「協同組合基本法」が必要だという意見がだされていたのである。
3 韓国における社会的経済の動向
97年の通貨危機、IMF体制下の時代状況の中で、その後、「社会的企業育成法」や「協同組合基本法」などの制定にみられるように、韓国では社会的経済に対する関心が高まってきた。政府としても、そのための調査研究が進められた。それは韓国社会がもつ多くの難題と重なっているからである。
韓国社会では、経済成長の鈍化とともに、経済構造の変化や技術革新による労働市場の劣化、このように、雇用創出が韓国社会のもっとも重要な政策課題となっている。あわせて、急速な高齢化、家族構成の変化および家族の機能の低下、女性の経済進出への増加、こうして介護や家事、保育、福祉などの社会サービスのニーズが高まってきているにもかかわらず、供給の不足、とりわけ経済格差によって脆弱階層の社会統合への疎外要因が増している状況にあった。このような不均衡と格差が今や国家・社会の不安定要因にもなっている。韓国が特にヨーロッパに関心を持つのは当然であろう。
80年代のヨーロッパは経済不況に苦しんでいた。こうした状況下で、おもに教育、保育、医療などの社会サービス分野の担い手としての新しい社会組織、協同組合がそれである。イタリア、スペイン、ポルトガル、スウェーデン、デンマーク、また、イギリスやアメリカの社会的企業などである。
国家が提供してきた社会サービスを民営化し、その担い手が市場ではなく、協同組合や社会的企業が担うというものである。また、障害者や高齢者のような社会的に排除された人の雇用創出同時に、地域共同体に必要な社会的サービスの提供も行っている。それが社会的協同組合なのである。
社会的経済についてはソウル市には「社会的経済基本条例」がすでに制定されているが、国レベルでも「社会的経済基本法」の制定の動きもある。
2015年では社会的企業、自活企業、マウル(町)企業、協同組合などの社会的経済の分野の組織が存在している。それら組織を総合的に支援するための法律「社会的経済基本法」が与野党で協議・審議されている。2014年10月にソウル市社会的経済支援センターで開催された「第5回日韓社会的企業セミナー」で、初めてその動きを知ることができた。与野党の法案の内容の一部を比較紹介したい。
(新政治民主連合)
社会的経済とは、共同体構成員の相互の互恵協力と社会連帯的関係を土台にした社会経済組織は、社会的目的を追求するために事業体を通じて、財貨とサービスを生産することで、共同体利益と社会的価値を追求するすべての社会経済的活動をいう。
(セヌル党)
社会的経済とは、構成員相互間の協力と連携、積極的な自己革新と自発的な参加を土台に社会サービス拡充、福祉の増進、地域共同体の発展、その他共益に対する寄与など、社会的価値を創出するすべての経済的活動をいう。
セミナーでの講師イ・インジェハンシン大学校教授、チェ・ヒョクチン労働省社会的企業振興院企画管理本部長の講演内容などの詳細は、拙著『障害者が労働力商品を止揚したいわけ ―きらない わけない ともにはたらく―』(社会評論社) 第五論考社会連帯経済と地域創生 韓国「「社会的経済基本法」とソウル市「「社会的経済基本条例」に学ぶ を参照願いたい。
その後、法案を国会に提出するも、保守系の一部の与党議員と政府により反対されたまま、国会閉幕とともに廃案となり、まったく審議が進んでいない。ただし、さる4月13日の総選挙において「共に民主党」が院内第一党となったことから、次期国会で至急に審議されなければならない重要法案の一つとして「社会的経済基本法」があげられている。
参考資料
韓国の認証社会的企業の分野別現状
1 文化161ヶ所 2 環境160ヶ所 3 社会福祉103ヶ所
4 看病(介護)・家事71ヶ所 5 教育 67ヶ所
6 保育21ヶ所 7 保健11ヶ所 8 山林保護1ヶ所
9 その他417ヶ所
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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