伊勢志摩サミットに出席したオバマ米大統領が5月27日夕、短時間広島を訪問し原爆死没者慰霊碑に献花し「私たちは恐怖の論理から逃れ、核兵器のない世界を追求する勇気をもたなければならない」と演説した。大統領はこの後高齢の被爆者2人と言葉を交わし、彼らと握手や抱擁を交わす姿がテレビで克明に映し出された。
日本や米国のメディアは総じてこのイベントを好意的に報道した。1945年8月広島、長崎に原爆を投下、合わせて20万人もの罪なき人々を業火で虐殺したアメリカ。その国の現職大統領が71年後に初めて広島を訪れ、犠牲者を追悼するとともに核兵器廃絶を訴える姿が全世界に放映された。確かにこれは画期的なことであり、世界中のメディアが好意的に伝えたのはあながち間違っていないだろう。
しかし元広島市長の平岡敬氏は、オバマ氏が「核兵器のない世界」に言及したからと言って、手放しで喜んではいられないと厳しくコメントした。「米国が『原爆投下は正しかった』という姿勢を崩していないからだ。原爆投下を正当化する限り、『核兵器をまた使ってもいい』となりかねない。私たちは広島の原爆慰霊碑の前で『過ちは繰り返しませぬ』と誓ってきた。原爆を使った過ちを認めないなら、何をしに広島に来たのかと言いたい」と。
広島原爆から71年、この間にアメリカ大統領はトルーマン(民主)、アイゼンハワー(共和)、ケネディ(民)、ジョンソン(民)、ニクソン(共)、フォード(共)、カーター(民)、レーガン(共)、ブッシュ<父>(共)、クリントン(民)、ブッシュ<息子>(共)、オバマ(民)と12人が入れ替わった。オバマ氏以前の11人が広島に来る可能性はゼロだった。そのことを考えれば、コロンビア大学の学生時代から核軍縮に関心を寄せていたオバマ氏が、ずっと以前から広島訪問を望んでいたことは評価すべきだろう。
しかし問題はオバマ広島演説の中身である。当初伝えられたところでは、オバマ大統領は広島で短い所感を述べるという話だった。ところが慰霊碑献花の後、しつらえたマイクの前で用意された原稿を繰りながら17分間にわたって述べた内容は、所感というよりむしろ堂々たるスピーチだった。アメリカ大統領の演説である以上、腹心のスピーチ・ライターが書いた原稿が用意されていたことは間違いない。入念に準備されたスピーチだったということだ。
オバマ大統領は就任後間もない2009年4月に欧州を訪問、チェコの首都プラハで「核兵器のない世界を目指すべきだ」とするスピーチを行い、全世界の注目を集めた。この演説のおかげでオバマ氏は、同年11月ノーベル平和賞を与えられた。これを機運にアメリカとロシアは急ピッチで新たな戦略兵器削減条約(新START)の交渉を進め、2010年4月に同条約に調印した。
この結果、米露両国は2018年までにICBM(大陸間弾道ミサイル)とSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)及び重爆撃機搭載用の戦略核弾頭数をそれぞれ1550個に減らすことになった。またICBM、SLBMの発射装置、重爆撃機の核運搬手段総数も700基に制限された。しかしその後は2014年のウクライナ危機で米露間に“新冷戦”が発生、核軍縮の動きは止まってしまった。
現時点での世界の核兵器総数は、推定でロシアの7500基、アメリカの7000基をはじめイギリス、フランス、中国、インド、パキスタン、イスラエルを合わせて1万5000基余とされる。さらに最近では北朝鮮が核兵器所有国に名乗りを上げている。いずれの核保有国も「核の傘」と称する抑止力効果を主張して、自国の核を放棄するつもりはない。
オバマ大統領はプラハ演説でも広島演説でも「自分の生きている間に核兵器のない世界は実現しないかもしれない」と述べている。正直と言えば正直だがあまりにも弱気で、世界に核廃絶を訴えるスピーチとしては迫力を欠いてしまう。たしかに世界の現状はテロリズムにおびえている。伊勢志摩サミットに先立つ1週間、空港をはじめ東京、名古屋、伊勢などの警備の物々しさは「異常」と言う以外になかった。
だからこそ膨大な核兵器を抱えているアメリカが先頭に立って、核廃絶へのステップを進めて安全安心な地球に向かって一歩を進めて欲しいのだ。ところがそのアメリカのオバマ政権は最近、老朽化しつつある膨大な核兵器の性能を維持するための費用として今後30年間に1兆ドル(約110兆円)もの巨額予算を組んだ。核廃絶を叫ぶオバマ氏はこの予算を了承しているのだ。
この実情を知れば「核なき世界のために共にがんばろう」と言われても、白けてしまうというものだ。7年半前「チェンジ(変革)」を掲げて、米国史上初の有色人種の大統領が選出された時のことを思い出してみよう。これで軍産複合体(Militaro-Industrial Complex)とイスラエル・ロビーがワシントンの政治を牛耳っているアメリカも変わるかもしれない、という期待を抱かせたのだった。
膨大な核兵器を始めとする世界最大の軍事力を持つ、陸海空海兵隊4軍の総司令官であるアメリカ大統領の権力は世界最高である。核兵器をなくすことはその権力の一部を減らすことを意味するから、自己撞着の側面は確かにある。しかし冷静に考えてみると、地球を何十回も破壊する威力をもつ核兵器が世界中に充満しているのが現状だ。できるだけ威力のある兵器を持ちたい軍人といえども、これだけ膨大な核兵器が地球上に存在することには危機感を抱くだろう。
オバマ政権も残り8カ月となった。広島を体験したオバマ大統領が、この8カ月の間に核廃絶のためにどれだけのことをしてくれるか、あるいは元大統領という自由の身になってからの努力に期待をかけるとしよう。(了)
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