安倍首相談話の片言に関わる若干の感想ですが、全体的に思うのは、ただ言葉数のみが多くて、主語を避ける所為で、誠実さに欠け、慎重に責任を避ける官僚的話法の標本です。 恐らく、意を受けた役人が下書きを書き、本人が手を入れたものを再度、役人が見直して、本人の了解を得たものでしょう。 唐突に出てくる一文がそれを物語ります。
「日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。」 おやおや、司馬遼太郎だ~。 「坂の上の雲」か~。 明治維新以来、先輩の大英帝国を見倣い、植民地獲得に向け虎視眈々と狙い定めていた帝国見習いの時代を美化するのか~。 大正期には、一時的と言え、民主化の萌芽が観られたにも拘わらず、帝国憲法の「解釈変更」を通じて、神権化に傾斜し、軍国主義に凝り固まった政治過程を反省することもないのですか。 否、反省するどころか、憲法解釈を恣意的に行い、新安保体制再編を己の欲望実現に繋げるのは、この過程を見倣ったのかな。
「満州事変、そして国際連盟からの脱退。」 あくまで「侵略」の事実は認めないのだね。
「事変」か~。
「戦火を交えた国々でも」 戦火を交えることも出来ずに蹂躙・侵略された国々のことは無視か~。
「将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。」 何を言っている。 殺したのは誰なのか
「戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。」 何も言えませんわ~。 他人事みたいですな。
「今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。」 いや~。 ベラベラと言葉数だけ多いですよ~。 ただし、肝心要のことは出て来ませんな~。 慎重に避けておられます。
「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。」 唐突に出てくる物言いで、何が前提にあるのかが分からないが、字句どおりに読めば、現政権の姿勢が問題になる。 戦争責任の贖罪と反省の実質が問われる。 少なくとも隣国を敵視した対決姿勢を改めることが肝要でしょう。
第一、この言葉は、私が言いたいことだ。 政府責任で、戦前の罪滅ぼしを済ませて、何時までも戦争責任の追及が為されないように努めるのが政治家であろうに。 国民も国民だ。 自ら戦争責任追及が出来ない軟弱な国民だから、戦犯が跳梁跋扈したのだろう。 戦争を知らない私であっても、中国人の捕虜を銃剣で刺殺した人から話を聞いて、戦争の実態は知っていたのだから、戦前の国民が実態を知らなかったことは無いでしょうに。 奇骨の人であっても只の芸能人であった、「アラカン」こと嵐寛寿郎でさえ、中国で日本が何をしていたかは知っていたのだから( 『鞍馬天狗のおじさんは- 聞き書きアラカン一代』に依る。)。
「敵として熾烈に戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々」 この文脈は、現下の新安保法案成立で米国から期待される分担要素を視野にいれた国名の順番ですな~。 これからのアジアにあっては、豪州が米国の次に軍事同盟として安倍政権には意識されているのでしょう。 太平洋戦争の開戦時における大本営発表と比べると面白いです。 其処では、「米英」となっていましたから。 イギリス帝国主義も遥かになったのですね。 豪州か~。 米・豪・日の軍事同盟で中国と対するか~。 潜水艦を買ってくれるしね。
「大本営陸海軍部発表。 12月8日6時。 帝国陸海軍は、今八日未明、西太平洋において、米英軍と戦闘状態に入れり。」
「我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、『積極的平和主義』の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。」 この部分は、米国下令に依る新安保法案成立への意思表明ですね。 言うところの「積極的平和主義」とは、自衛隊を米国の先兵として米国の戦争に参加させることに他ならないのであり、平和主義とは縁も所縁も無いもの。 日本国憲法が固く禁じるところであり、新安保法案は制定の余地は無い。 憲法を曲げてまで米国に阿る現政権には、保守で有ればあるほどに三下り半しかないと信じます。 また、公明党支持者の大半を占める創価学会の信者の方々には、戦前にあって不屈の信心を貫いたがために獄死された初代創価学会会長牧口常三郎氏の矜持を忘れることのないように願います。
此処まで読んで明らかになったのは、何のことは無い、戦後70年の節目にあって、平和と憲法を守るべく立ち上がった国民への宣戦布告を行ったのと同等の文言を連ねている、と断じざるを得ないものと思われます。
談話全文は、以下に依ります。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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