「被爆80年」の8・6広島を歩く
広島は8月6日、「被爆80年」を迎えた。広島市では、この日を中心に、市当局や平和団体などによるさまざまな催しが行われたが、それらに共通していたのは、核戦争が始まるのではないかという深刻な危機感であった。そのためだろう。「今こそ、世界の為政者に向けた核兵器廃絶運動を強化しなくては」という声が各会場で聞かれた。

諸団体の催しに緊迫感
私は1960年代から、「広島原爆の日」の8月6日を中心とする諸団体の催しの取材を毎年続けてきた。今年で53回目。例年の暑さをしのぐ異常な酷暑の中での催しだったが、今年はどこも緊迫感が漂っていた。
式典参加者を突き動かしていたのは危機感か
6日午前8時から平和記念公園で始まった広島市主催の平和記念式典には、市民や内外の各地からやってきたきた5万5000人(広島市発表)が集まった。今年は警備態勢がことのほか厳しく、平和記念公園入り口で式典参加者一人ひとりを検問し、持ち物も検査するという警備だったから、式典参加者数は極めて正確だったと思われる。一昨年、昨年とも参加者数は5万人だったから、今年はそれを上回ったわけで、私は、「猛烈な暑さにもめげず集まってきた人たちを突き動かしていたのは、原爆死没者への慰霊の気持ちと共に核をめぐる世界的な状況への危機感だったのでは」と思った。

核兵器廃絶への思いを市民社会の総意に
記念式典のハイライトは市長名で発表する「平和宣言」である。今年も松井一實市長が登壇して宣言を読み上げたが、その中で、こう述べた。
「米国とロシアが世界の核弾頭の約9割を保有し続け、またロシアによるウクライナ侵攻や混迷を極める中東情勢を背景に、世界中で軍備増強の動きが加速しています。各国の為政者の中では、こうした現状に強くとらわれ、『自国を守るためには、核兵器の保有もやむを得ない』という考え方が強まりつつあります。こうした事態は、国際社会が過去の悲惨な歴史から得た教訓を無にすると同時に、これまで築き上げてきた平和構築のための枠組みを大きく揺るがすものです」
「このような国家が中心となる世界情勢にあっても、私たち市民は決してあきらめることなく、真に平和な世界の実現に向けて、核兵器廃絶への思いを市民社会の総意にしていかなければなりません」
「決してあきらめてはならない」
「私たち市民は決してあきらめてはならない」「核兵器廃絶への思いを市民社会の総意にしなければならない」というのだ。私はこうした宣言に感銘を受けた。
松井市長は、現在、市長4期目である。この間、私は毎年、松井市長の平和宣言を聴いてきたが、「あきらめるな」「核兵器廃絶を市民の総意に」といった発言はこれまで聴いたことはなかった。だから、昨今の核をめぐる世界情勢が、松井市長をしてこうした発言をさせたのではないかと思わざるを得なかった。
核兵器廃絶という光にむけてはい進めよ
式典での湯崎英彦広島県知事のあいさつにも度肝をぬかれた。知事はこう言った。
「核抑止がますます重要だと声高に叫ぶ人たちがいます。しかし、本当にそうなのでしょうか。確かに、戦争をできるだけ防ぐために抑止の概念は必要かもしれません。一方で、歴史が証明するように……力の均衡は繰り返し破られてきました」
「自信過剰な指導者の出現、突出したエゴ、高揚した民衆の圧力。あるいは誤解や錯誤により抑止は破られてきました」
「もし核による抑止が、歴史が証明するようにいつか破られて核戦争になれば、人類も地球も再生不能な惨禍に見舞われます」
「はい出せず、あるいは苦痛の中で命を奪われた数多くの原爆犠牲者の無念を晴らすためにも、我々も決して諦めず、粘り強く、核兵器廃絶という光にむけてはい進み、人類の、地球の生と安全を勝ち取ろうではありませんか」
核兵器廃絶という光に向けてはってゆけ、というのだ。こんな呼びかけ、これまで聴いたことがなかった。平和宣言の「(核兵器廃絶まで)あきらめるな」という呼びかけと共に強く印象に残った。
核抑止論の放棄を
平和団体は大会でどんな方針を打ち出したのだろうか。
原水爆禁止日本協議会(原水協、共産党系)の原水爆禁止2025世界大会・国際会議は宣言「被爆80年―いまこそ決断と行動を」を採択したが、冒頭で「広島に集まった私たちは、核兵器がもたらした言語に絶する惨状をあらためて思い起こし、核兵器のない平和で公正な世界への道をひらくために世界の人々に訴える」として、以下のような提案をしている。
まず、「核使用を阻止し、核兵器廃絶へ前進するうえで、『核抑止』論の克服がいっそう重要となっている」と言明。そして、「『核抑止』は核攻撃による破滅的な結末、ヒロシマ・ナガサキの再現を前提にした政策であり、人道的、道義的に決して許されない。同時に、『核抑止』政策の『失敗』『誤作動』は、国境をこえた破滅的結末をもたらす」として、「核抑止」政策の放棄を、核保有国とその同盟国に強く求めている。
次いで、宣言が求めているのは、核兵器を違法化し、その活動を包括的に禁じた核兵器禁止条約への参加国を拡大することだ。すでに73カ国が批准し、94カ国が署名しているのに、日本の政府は条約に参加していない。宣言は「核兵器禁止条約への参加を求める世論と運動を各国で発展させよう」と呼びかけている。また、2026年に開かれる核不拡散条約(NPT)再検討会議にあたって国際共同行動を行うことを呼びかけている。
日本政府は核兵器禁止条約を批准せよ
原水爆禁止日本国民会議(原水禁、旧社会党・総評系)の被爆80周年原水爆禁止世界大会・広島大会はヒロシマ・アピールを採択したが、そこには、こう書かれている。
「日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)が2024年のノーベル平和賞を受賞されました。被爆者のみなさんが凄惨な体験を具体的な言葉で語ってこられたことが、『核のタブー』を確立させる大きな原動力となってきたことが評価されたものです。しかし、被爆者の平均年齢は86歳を超え、残された時間は決して多くはありません。核兵器廃絶はまさに待ったなしの課題です。……若者や、原水禁運動を支えてきた労働運動や市民運動がいっそう手を携え『核も戦争もない社会の実現』へと歩んでいかなければなりません」
「世界では、ロシアによるウクライナ侵攻、イスラエルによるパレスチナ自治区ガザへの『ジェノサイド』とも言われる攻撃により、多くの市民の命が奪われ続けています。核保有国の軍事行動は、核兵器使用の危機を高めています。さらには、イスラエルやアメリカ・トランプ政権により、イラン核施設等への攻撃が行われたことは、核拡散防止条約違反であり、許すことができません。2026年には、核拡散防止条約(NPT)と、核兵器禁止条約(TPNW)について、再検討会議が予定されており、具体的な前進が図られるのか、極めて重要な局面を迎えます。……日本政府には、早期に核兵器禁止条約を批准し、核兵器廃絶をめざす国との連携を図ることを求めます」
ヒロシマは何をなすべきか
市民が中心の「8・6ヒロシマ平和へのつどい2025」(実行委員会主催)は、「軍都廣島137年、東京を含む日本全国大空襲―沖縄戦―広島・長崎原爆ジェノサイドから80年重慶爆撃からガザ・ジェノサイドまでヒロシマは何をなすべきか」と題する市民宣言を採択したが、その最後尾は次の文章で結ばれていた。
「私たちは、非武装・非同盟・中立の日本、極東での対立構造の解消、朝鮮半島の平和的統一、ミャンマーの民主化、民衆のためのウクライナの平和、パレスチナの解放をめざして、対話し、行動・結集していくことを、被爆80年を迎えるヒロシマから訴える」
核兵器廃絶運動も世代交代へ
最後にとくに印象に残ったことを一つ。それは、平和記念式典でも、その他の催しでも、若い人たち、とりわけ高校生や中学生、小学生が目立ったことだ。全国各地からやってきた労働組合員にも若い人が多かった。被爆から80年。核兵器廃絶運動も明らかに世代交代が決定的になった。そんな思いを強くした。

原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑(碑には「太き骨は先生ならむそのそばに小さきあたまの骨あつまれり」(正田篠枝作)と刻まれており、石破首相があいさつの中で触れた
初出:「リベラル21」2025.08.09より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion14368:250809〕