民主党バイデン政権が20日発足した。勝った選挙を盗まれたという虚偽主張を続けるトランプ氏は議事堂の就任式に姿を見せず、終日、大統領の引き継ぎはなかった。トランプ支持派の議事堂襲撃事件を受けて新たなデモ厳戒態勢がとられ新大統領を祝う観衆もなし。異例の就任式となった。民主党は大統領、上院、下院の3大選挙を制したがいずれも大接戦。トランプ・共和党は強固な支持基盤を守ったが、長い選挙戦の締めくくりになった議事堂襲撃で世論の厳しい批判を浴びている。新政権には追い風だ。
虚偽発言と事実
4年前のトランプ大統領就任式に集まった観衆は、前任オバマ大統領の時の180万人の3分の1 (30〜40万人)だったと2枚の空中写真付きで報じられた。トランプ氏は激怒し150万人はいたと主張して絶対に譲らなかった。ホワイトハウスはこれを「もう一つの真実」と説明した。トランプ政権はこの虚偽発言で始まり、選挙に勝ったのは自分だとする史上最大ともいうべき虚偽発言が引き起こした混乱の中で任期を終えた。
「トランプの4年」で痛めつけられた民主主義の回復に取り掛かるバイデン民主党のテーマは「トランプの真実」に対して「普通の事実」を対置することになるだろう。しかし、米メディの報道によると、「トランプ党」と化していた共和党にとっても「トランプの事実」が重い荷物になってきた。上下両院合同会議でバイデン当選に反対した同党議員(上院7人、下院147人)に対して党内からの批判が高まり、一部の議員は出身州から謝罪や辞職を求められている。
ワシントン・ポスト紙電子版やニューヨーク・タイムズ紙、AP、ロイターなどの通信社報道によれば、経済界からはこれらの議員への政治献金を停止する有力企業が出ている。ワシントン・ポスト紙が30社に取材したところ、20 社がすでに停止、10社が検討中。この30社が2015 〜20 年に拠出した政治献金の合計は3700万ドル(約40億円)に上っていた。
民主党多数の下院は、議事堂襲撃事件を扇動した責任を追及するためトランプ弾劾訴追を決め、近く上院で審議が始まる。共和党からも10人が賛成した。トランプ氏は1 年前にウクライナ疑惑で弾劾訴追を受けていて、2回弾劾訴追を受ける大統領は史上初めてだ。
残り200人余りの中には、責任追及には賛成でもいろんな理由で弾劾に反対した議員もいる。上院での弾劾成立には3分の2 の賛成が必要。民主党50人全員が賛成として、同じ50人の共和党から17人が賛成しないと弾劾は成立しないので、これは難しいとの見方が一般的だ。
だが、共和党上院のトップ、マコネル院内総務は19日、公式スピーチの中で、トランプ氏が議事堂襲撃を扇動したと発言、同党議員の中には過去のトランプべったり発言の「真意説明」につとめる例も出ている。企業の献金停止は上院の弾劾審議にジワリと影響が及んでいるようだ。
トランプ氏の「バイデン不正投票」の証拠としてもっともらしく伝えられているのが、多くの州で導入された投票の自動集計システムの話。これを開発したドミニオン社というIT企業が反米左翼政権の続くベネズエラというのがミソで、トランプ票が自動的にバイデン票に振り替えられたとされる。ネタ元はトランプ陣営の数人の法律顧問で、いずれも名うての陰謀論者。
選挙実務に当たった州当局者や同システムを開発したIT企業は、はっきり否定してきた。最近、ドミニオン社は情報源とされる法律顧問の一人に1300万ドル(約 1365億円)の賠償金支払い求める訴訟を起こした。うわさを記事として事実のごとく報道してきたFOXニューなどのトランプ応援メデイアは慌てて訂正報道や謝罪を流している。
議事堂デモ、賛否分かれ目は暴力
ワシントン・ポスト紙電子版によると、白人人至上主義や極右の組織のメンバーではない普通の市民も多数、議事堂乱入に参加している。彼らはトランプ大統領がそうしろと言ったので議事堂デモに加わったとか、大統領に招待されたのできた、などと発言をしている。トランプ氏の「バイデン当選を阻止するために議事堂へ」という呼びかけが大きな影響力(扇動力)を持っていることが改めて分かる。彼らのこうした発言を含めて、トランプ氏が議事堂占拠を直接指示したのかどうか、の判断にはなお捜査が必要という。
世論調査は議事堂攻撃の暴力を80%が非難しているが、トランプ氏に責任ありとみる数は減って、全体では約60 %、トランプ氏支持者になると約30 %になる。この80 %、60%、30 %という数字の間に、トランプ支持勢力が今後どこへ行くのかをうかがうカギが潜んでいるのではないか。バイデン不正投票を信じて議事堂デモに参加しても、暴力による議事堂占拠には反対という人が少なからずいるはずだ。こういう人たちがFOXニュースのトランプ発言訂正ニュースを見れば大きな衝撃を受けるだろう。
大統領は訴訟に対する免責を含めて大きな特権に守られている。トランプ大統領はこの特権を有効に使い、敵を作り出しては激しい攻撃を加え、一方で自分の成果を誇大に宣伝する虚偽発言を駆使して支持固めをしてきた。選挙戦ではSNS を通したその種の発言がフェイスブック、ツイッターなどプラットフォーム側から、誤解を広める、混乱を助長するなどの警告を受けたり、削除されたりの厳しい規制を受けるようになった。
SNS 規制がどう展開していくかはこれからの大きな問題だが、大統領特権を失ったトランプ氏の「虚偽発言」パワーがこれによって大きく制約を受けることは間違いない。
支持伸ばす民、停滞のトランプ
トランプ氏は大統領選挙でバイデン候補に敗れたとはいえ、一般得票で4年前を大きく超える7400万票を獲得、依然として強固な支持基盤に支えられていることを実証した。バイデン当選は認めないという異常なキャンペーンを最後まで貫いたのは、この政治基盤に自信を持ち、それを維持して4 年後の大統領選挙に再挑戦するためとの見方が有力だ。十分にあり得るシナリオではある。しかし、こうした見方には「トランプ・トラウマ」からくるトランプ過剰評価が潜んでいるように思える。
2016年にはトランプ当選を予想できた人はほとんどいなかった。大統領になってからも世論調査の支持率が5割を超えたことはなかった。だが、同時にその大統領としての特異な言動にもかかわらず、支持率はじわじわと上がって3 割ラインを超え、概ね4割半ばを上下した。大統領選では勝敗を決定付けた中西部と南部の6ないし7 州のバイデン、トランプ両候補の競り合いはきわどい戦いだった。しかし、その数字を多角的に読むと、民主党クリントン=バイデン対トランプの実質的な得票および支持率の差は2016 年と比べると、じわじわと広がってきたことがわかる。それを示す数字を拾ってみる。
今回選挙の特徴は、両候補の争いが極度に先鋭化したことに加えて、コロナ禍の下の投票となり、感染防止のために郵便投票の比率が高まった。これによって総投票数および投票率が飛躍的に高まった。投票率は2016 年の59.2 %から2020年66.7%に。66.7%は近代に入っての最高記録。これに人口の自然増も加わり、トランンプ候補以上にバイデン候補の得票数もこれまでの大統領選挙の最多記録である。
▽2016年
得票数 クリントン65,844,610 トランプ62,979,636 票差 2,864,974
得票率(%) 48.1% 46.0% 得票率差 2.1ポイント
▽2020年
得票数 バイデン81,283,098 トランプ74,222,958 票差 7,060,140
得票率 51.3% 46.8% 得票率差 4.5ポイント
▽2016年比増加票数 15,438,464 11,243,323
▽共和党は少数党
21世紀に入って以来6回の米大統領選挙の両党候補の得票率とその差
民主党 共和党
2000年 ●ゴア 48.4 ◯ブッシュ 47.9 -0.5 (ポイント)
04年 ●ケリー 48.3 ◯ブッシュ 50.7 2.4
08年 ◯オバマ 52.9 ●マケイン 45.7 7.2
12年 ◯ オバマ 51.1 ●ロムニー 47.2 3.9
16年 ●クリントン 48.1 ◯トランプ 46.0 -2.1
20年 ◯バイデン 51.3 ●トランプ 46.8 4.5
▽注目点
➀ 得票率の差が2016年(民主党はクリントン)の2.1から4.5に広がった。
➁ 総得票数も287万から700万へと、バイデン候補が差を広げている。
➂ 投票率の高まりと2016-2020年の人口増(推定で1,000万人)により、両候補を合わせて2,700万票近く得票を伸ばしたが,ここでもバイデン候補の伸び率がやや高い。
④ トランプ氏と民主党候補(クリントンとバイデン)との差、つまり米国民の支持は民主党の方が着実に増やしている。
➄ 21世紀に入ってからの6回の大統領選挙の勝敗は3-3とタイ。しかし、共和党の3回の勝利のうち2回は一般投票で敗れている。大統領選挙人による投票で最終決定するという民主主義時代に沿わない時代遅れの制度のいたずらによる。特に2016年のトランプ勝利はその感が強い。
➅ オバマ氏の高い人気が目立つ。
➆ バイデンの勝利はオバマに次ぐ圧勝だった。
トランプの政治生命
今回まで6回の大統領選挙の結果は,民主、共和両党はともに46%前後の固定的な支持層を持っていて、残る10 %足らずの中間層の奪い合いの結果で勝敗が決まることを示している。
こうした政治構造から判断すると、トランプ氏が4年後に強力な大統領候補としてカムバックする可能性は否定できない。だが、バイデン当選をあくまで拒絶し、議事堂襲撃・占拠への非難を浴びながらの退場、そして年齢-米国民主主義が米国の運命のかかる強大な権力をトランプ氏に再び託すことがあるとは思えない。 (1月20日記)
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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