安全保障理事会と総会ばかりが国連ではない。国連はいくつもの専門機関を擁して、多様な人権課題に精力的に取り組んでいる。労働分野では、ILO(国際労働機関)が世界標準の労働者の権利を確認し、その実現に大きな実績を上げてきた。また、おなじみのユネスコ(国際教育科学文化機関)が、教育分野で旺盛な活動を展開している。
その両機関の活動領域の交わるところ、労働問題でもあり教育問題でもある分野、あるいは各国の教育労働者(教職員)に固有の問題については、ILOとユネスコの合同委員会が作られて、その権利擁護をたんとうしている。この合同委員会が「セアート(CEART)」である。日本語に置き換えると「ILO・ユネスコ教職員勧告適用合同専門家委員会」というのだそうだ。
各国の教職員の労組が、それぞれに抱える問題をセアートに訴え、国連から各国にしかるべき勧告がなされるよう働きかけている。そのような試みのひとつとして、我が国のいくつかの教職員労組が、「日の丸・君が代」強制問題を取りあげるようセアートに申し立てた。この春、これが正式に取りあげられ、ILOとユネスコ両機関での正式決議が成立し、日本政府に対する勧告となった。このことがもつ意義は大きい。
申し立てを行って、勧告を得たのは、東京と大阪にある二つの独立系教職員組合。「アイム’89東京教育労働者組合」と「合同労組仲間ユニオン」の教職員支部である。小さな組合の大きな成果となった。
アイム’89が申し立てたのは2014年8月。その内容は、1966年のILO「教員の地位に関する勧告」を、日本政府が遵守していないことについての申立だが、その中で「日の丸・君が代」強制問題に言及してこれを是正するよう具体的な勧告を求めるというものである。
「1966年・教員の地位に関する勧告」は、にユネスコが全会一致で採択した教員にとっての「人権宣言」とも言うべきもので、全世界の教員の自由、専門職性を認め、その地位の保護と向上を各国政府に求めたもの。
日本で進行している、学校の卒業式・入学式における「日の丸に向かって起立し、君が代を斉唱する」ことの強制は、公権力が教育の場に愛国心強制を持ち込み、教員に対して愛国的な教育を強制するもので、教員の思想・良心の自由、その専門職性に支えられた教職員の教育の自由を侵害するものとなっているという主張。
とりわけ、東京都教育委員会は2003年「10・23通達」を発出し、これに基づいて、全校長が管轄する全教職員を対象に、「会場の指定された席で国旗に向かって起立し、国歌を斉唱する」よう職務命令を発し、これに従わない教職員に対する大量の懲戒処分を重ねてきた。既に、500に近い教職員が、戒告、減給、停職処分を受け、処分者には「再発防止研修」が懲罰的に課され、すべての処分者は定年退職後の再雇用希望も拒否されつづけている。
アイム’89によると、「日の丸・君が代」処分に関連する申立の根拠たる事由は、下記の3点だという。
1 教職員は,卒業式・入学式において「日の丸・君が代」への敬愛行為を強制され,思想良心の自由を侵害されています。
2 教員は,卒業式・入学式の実施内容に関して何ら決定権を持ちません。教員は教育の自由の権利を侵害されています。侵害は,年を追うごとに領域 が拡がり,深刻になっています。
3 教職員は,自らの思想良心,教育信念にもとづいて,卒業式・入学式において「日の丸君が代」起立斉唱命令に従わないと,懲戒処分を科され,経済的不利益,精神的苦痛を被ります。そればかりか,考え方を改めるように再発防止研修という名の思想転向を強要されます。また退職時には,再雇用職員への採用が拒否され,5年間の教育的関わりの機会が剥奪されます。
この申立をセアートは受理し調査を実施した。日本政府へ問い合わせもおこない、アイム’89と日本政府の双方にそれぞれ意見と反論を述べる機会を与えたうえで、2018年10月、ILOとユネスコに対する報告・勧告を採択した。この勧告に基づいて、2019年3月ILO理事会が4月にはユネスコ執行委員会が、正式に採択して公表した。
ILOとユネスコの日本政府に対する勧告は、以下の6点である。申立を認めて、「日の丸・君が代」強制を是正するよう求めるものとなっている。
(a)愛国的な式典に関する規則に関して教員団体と対話する機会を設ける。その目的はそのような式典に関する教員の義務について合意することであり、規則は国旗掲揚や国歌斉唱に参加したくない教員にも対応できるものとする。
(b)消極的で混乱をもたらさない不服従の行為に対する懲罰を避ける目的で、懲戒のしくみについて教員団体と対話する機会を設ける。
(c)懲戒審査機関に教員の立場にある者をかかわらせることを検討する。
(d)現職教員研修は、教員の専門的発達を目的とし、懲戒や懲罰の道具として利用しないよう、方針や実践を見直し改める。
(e)障がいを持った子どもや教員、および障がいを持った子どもと関わる者のニーズに照らし、愛国的式典に関する要件を見直す。
(f)上記勧告に関する諸努力についてそのつどセアートに通知すること
ILOユネスコ勧告が、「日の丸・君が代」強制の入学式・卒業式を「愛国的な式典」と呼んでいることが興味深い。「愛国的な式典」に関する教員の義務については、都教委が一方的に命令するのではなく、教職員組合との合意で規則を制定せよという。そして、その規則は「国旗掲揚や国歌斉唱に参加したくない教員にも対応できる内容とする」というのだ。これを、世界標準と考えるべきなのだ。
この勧告を受けて、アイム’89は、次のような声明を挙げている。
・日本政府および文部科学省は、「日の丸・君が代」が強制されるべきものではないことを明確に示し、各地方自治体教育委員会に通達すること。
・各地方自治体および各地方自治体教育委員会は、直ちに「日の丸・君が代」を強制する条例や通達等を廃止・撤回すること。
・各地方自治体教育委員会は、「日の丸・君が代」強制による処分のすべてを取り消すこと。
・日本政府および文部科学省、各地方自治体教育委員会は、学校における卒業式・入学式等の実施内容・方法について、教職員団体と話し合いをする機会を設定すること。
・日本政府および文部科学省、各地方自治体教育委員会は、学校における卒業式・入学式等の実施内容・方法について、すべての教職員および子どもの自由と尊厳が尊重され、ニーズが満たされるものとなるように設定すること。
・文部科学省および各地方自治体教育委員会が設定する教員研修については、 教員の専門的発達を目的とする以外のものとしないこと。
・最高裁判所および下級裁判所は、「教員の地位に関する勧告」および「セアート勧告」に照らし、「日の丸・君が代」強制により損害・不利益を被った者の訴えに対し、正当な補償・救済をすること。
まことにもっともではないか。次に予定されている「東京・君が代裁判」においては、十分にこれを活用したいものと思う。また、大いにこれの宣伝に務め、「日の丸・君が代」強制反対の世論を喚起したい。
(2019年8月29日)
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2019.8.29より許可を得て転載
http://article9.jp/wordpress/?p=13082
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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