NHKの「クローズアップ現代+」に「香害」被害者たちが憤っています シリーズ「香害」 第3回

著者: 岡田幹治 おかだもとはる : ジャーナリスト
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10月25日に放送されたNHK「クローズアップ現代+(プラス)」の「気にしすぎ!? 相次ぐにおいトラブル」に対し、「香害」被害者たち(香りつき商品の成分で様々な健康被害を受けた人たち)から「ひどい内容だ。番組のせいで私たちはさらに肩身が狭くなり、健康被害を受けても我慢を強いられてしまう」など、憤りの声が上がっています。
なぜなのでしょうか。番組にはどんな問題があるのでしょうか。

◆体臭に過敏になった日本社会
25分間の番組は次のような内容でした。
まず、日本人が最近、体臭に過敏になっており、それを覆い隠すために消臭スプレーの噴霧などが日常的に行われている、異常とも思える実態を、いくつかのエピソードで伝えます。
そして、坂井信之・東北大学脳科学センター教授が、においを嗅いで心地よくなるか不快になるかは、におい発生源の見た目や人間関係などによって左右されることを明らかにします。体臭を気にして専門クリニックを訪れる人が増えているが、その7割は体臭がとくに強いわけではないとも指摘されます。
続いて番組は、ニオイ対策用の香りつき商品(消臭スプレーや柔軟剤)をめぐる様々なトラブルに焦点を移し、その一つとして、商品に含まれている化学物質がもたらす体調不良を取り上げます。
香りつき商品が原因で「化学物質過敏症(MCS)」になった女性が登場し、ここ数年で症状が悪化し、ニオイを嗅ぐとめまいがしてずっと寝ているようになって、今年6月に10年務めた仕事を辞めざるを得なかったと訴えます。
番組のまとめ部分では、坂井教授とともに、坂部貢・東海大学医学部教授(医師)が出演し、「MCS患者の約8割はニオイにも過敏に反応するが、空気中の化学物質は無数にあるので、なぜ症状が出るのかというメカニズムは分かっていないところが多い。環境省と厚生労働省が研究班などをつくって研究しているが、問題が複雑で、アウトカム(成果)まで達していない」と述べます。
どう対応したらよいか、というキャスターの問いに対し、坂部教授は「ニオイに対して感受性が高くて症状が出る方もいることにわれわれは配慮すること、そしてメーカーは消費者に注意を喚起することが必要」と述べ、坂井教授は「体臭に寛容になるためには、人間関係も寛容になる必要がある」と述べます。

◆まるで消臭スプレーのCMこの番組の第一の問題点は、消臭スプレーなどを販売する業界の立場に立っていることです。
たとえば、人々の意識や行動を探るためのアンケートです。番組は、化粧品会社マンダムが実施した「職場のニオイに関する意識調査2017②」を取り上げ、「職場で『嫌だ』と感じるニオイ」は1位が体臭、2位が口臭、3位がタバコのニオイだとしています(注1)。
しかし、別のアンケートもあります。シャボン玉石けんのアンケートでは、回答者の8割が「香りつき商品を日常的に使用」しており、79%が「他人のニオイ(香水・柔軟剤・シャンプーなど)で不快に感じたことがあり」、51%が「人工的な香りを嗅いで、頭痛・めまい・吐き気などの体調不良になったことがある」と回答しているのですが(注2)、こちらは取り上げられませんでした。
最近の体臭過敏の風潮には、テレビCMなどを通じた業界のあおりによってつくられた面がありますが、それは報じられません。
ニオイ対策にしても、体は入浴やシャワーで清潔にする、衣類は洗濯し、スーツ類は風に当てるといった、当たり前の方法は全く示されません。消臭スプレーや汗拭きシートの使用しか方法はないかのようです。
番組には消臭スプレーを体に噴霧する場面が何度も登場し、まるで「体臭を気にする人は消臭スプレーを使いましょう」というCMを見ているようです(注3)。残念なことに、スプレーが有害な成分を周りにまき散らし、周辺の空気質を悪化させていることは語られません。

◆香害被害者の悲鳴や怒り
番組の最大の問題点は、「ニオイの感じ方という快・不快の問題」と「香り商品に含まれる成分がもたらす健康被害の問題」が、きちんと区別されずに議論されていることです。
これらは「香り(ニオイ)に関する認知・心理的な問題」と「香りつき商品の成分がもたらす身体的生理的影響の問題」であり、両者は全く異なるものです。ところが、番組のまとめの場面では二人の識者がそれぞれ自説を述べるので、よほど注意深く聴かないと正確に理解できない。
なにより結びが問題です。坂井教授が「体臭に寛容になるためには、人間関係も寛容になる必要がある」と述べたのを受けて、キャスターが「なかなか難しい問題ですが、互いに配慮しあうことから始めるしかなさそうです」と締めくくるため、香害の被害者は「精神的に軟弱で、寛容度が低い人間」であるように受け取られてしまいます(注4)。
被害者たちから悲鳴や怒りが噴出するのは当然でしょう――。
「体調を崩しても、体臭予防の香りには寛容になれ、と周囲から言われかねない」、「人間関係が悪い人物と認識される可能性があるので、病名を打ち明けにくくなる」、「体調が悪化しても我慢を強いられ、社会復帰が遠ざかる」「香り商品の影響で喘息などが起きても『気のせいだ』と言われるのであれば、どう生きていけばいいのか」などなど。
「香害被害者たちは愚弄された」という声も聞かれました。

◆使用量の問題ではない!
番組では、以下のような日本石鹸洗剤工業会の見解が示されました。
「香りに関する問題について、因果関係は不明ですが、困っている人のいることを真摯にとらえ、対応をはかっています。実態調査の結果、2割の人が2倍の量の柔軟剤を使っていることがわかったので、目安通りの使用と周囲への配慮を呼びかけています」
この見解は番組での坂部教授の発言内容とほぼ同じです(注5)。坂部教授は環境省の「環境中の微量な化学物質による健康影響に関する調査研究」の総括研究者や、厚生労働省の「シックハウス問題に関する検討会」の中心的メンバーを長らく務めていますから、政府の考えでもあるのでしょう。
この見解は重大な問題を含んでいます。一つは、香り商品は目安通りに使用したからといって無害になるわけではないのに、目安通りに使用すれば健康に悪影響はないという誤解を与えることです。
もう一つの問題は、現段階で政府や業界が対策を取らないのは当然だという認識が広がることです。多数の被害者が出ている以上、メカニズムや因果関係が明確でなくとも、最新の知見に基づいて、被害を広げないように政府・業界は手を打つべきだと私は考えます。
水俣病をはじめとする過去の公害事件では、被害者が多数出て、その原因が絞られてくると、決まって「因果関係がはっきりしない」と国・業界・御用学者が言い出し、有効な対策が実行されませんでした。因果関係が明らかになって対策が取られるときには、被害の規模が途方もなく膨らんでいるのが常でした。
一種の「公害」になった「香害」についてもまた、同じ道を歩みつつあることが、工業会の見解や坂部教授の発言からうかがえます。
今回のクローズアップ現代+は、そうした動きを後押しする番組だったと思います。

注1 マンダムの意識調査は今年5月、東京・大阪の25~49歳の働く男女1028人を対象にインターネットで実施された。
注2 シャボン玉石けんのアンケートは今年7月、20~50歳代の男女598人を対象にインターネットで実施された。
注3 NHKでは10月18日放送のガッテン「なぜ出るホコリ! 原因はソコだった!?」でも、柔軟剤をしみ込ませた「除電ぞうきん」で床・壁・棚などを拭く方法を推奨している。
注4 番組には気になる場面が数多くあった。たとえば、埼玉県熊谷市が市役所の入り口にミントの香りを漂わせる機器を設置したところ、香りが苦手という意見が相次ぎ、撤去を余儀なくされたが、担当職員は「よかれと思ってやったのに、不快に思われた方がいたことは大変残念」と述べていた。なぜ香りはすべての人に心地よいと判断したのだろうか。
あるいは、体臭を気にして頻繁にスプレーする夫と止めてほしい妻の間でケンカが続く夫婦。夫が帰宅すると、妻が「舌がしびれる」ほど健康に影響が出ているのに、なぜ夫は使用を止めないのだろうか。
注5 坂部教授は番組で「メカニズムが明らかでない」ことを強調していた。このため一部の香害被害者からは「味方と思っていたMCSの専門医に、後ろから撃たれた思いだ」との声が出た。

◆岡田の11月の講演予定
▽香害~そのニオイが体をむしばむ?!
  11月21日(火)午後6時30分~8時30分
  札幌エルプラザ 大研修室4F(札幌市北区北8条西3丁目)
  問い合わせ:生活クラブ・多田(011-665-1717)
▽香害~そのニオイが体をむしばむ?!
  11月22日(水)午前10時~12時
  札幌市教育文化会館 講堂4F(札幌市中央区北1条西13丁目)
  問い合わせ:生活クラブ・多田(011-665-1717)
▽広がる香害~あなたは大丈夫?
  11月29日(水)午前10時30分~12時30分
  生活クラブ館(小田急線経堂駅 徒歩3分)
  問い合わせ:コミュニティスクール・まちデザイン(03-5426-5212)

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