TPPとは米国の対中戦略に日本を抱き込むための仕掛け -そこのけそこのけアメリカ規格を通す-

TPP(環太平洋経済連携協定)というアメリカからの「化け物」が菅内閣から野田内閣時代の日本に取り付き、安倍内閣はとうとう折伏されたようである。これだけ話題に上ったTPPだが、これは調べれば調べるほどよく分からない代物だ。だからこそ「化け物」という以外にない。筆者なりにあれこれ調べてみて分かったことは、衰退しつつある超大国のアメリカが、次代の覇権を狙う中国と争うための仕掛けであること。とりわけ日本をTPPに巻き込むことが米国の対中覇権争いにとって死活的に重要であることだ。

なぜ「化け物」と言うか。それはTPPが秘密に包まれて正体不明だからだ。TPPは2013年中に交渉を終える目標だが、交渉が終わってTPP協定が締結されてからも、その内容は5年間秘匿することが義務付けられているのだ。秘密主義は協定締結後も貫かれるというのだから徹底している。TPPに参加するということは、何があるか分からない真っ暗な部屋に入るようなもので、一度入ったらもう出られない闇の世界だとさえ言われるほどだ。

TPPが議題になった3月11日の衆議院で、民主党の前原誠司議員が、秘密主義の一端を暴露した。前原議員が国家戦略担当相だった野田内閣時代、米国は『事前交渉』で様々な要求を突き付けてきていたというのだ。同議員によれば、日本がTPP交渉入りを表明する以前から米国は『事前交渉』で保険、自動車など個々の問題で日本側に全面降伏を迫り、降伏しなければ日本のTPP交渉入りの条件である米議会への通告をしないと脅していたという。『事前交渉』そのものも秘密だし、そこで決まった内容も秘密にしなければならないルールだという。だから交渉内容が国民に知らされないまま、TPPが決まってしまう恐れが多分にあるわけだ。

そもそもTPPは2006年、シンガポール、ニュージーランド(NZ)、チリ、ブルネイというお互いの産品が抵触しない4カ国の貿易自由化交渉として始まった。それが2010年米国、豪州、ペルー、ベトナム、マレーシアが加わって9か国となり、2011年カナダとメキシコが加わり、さらに今年日本が参加して12カ国となる。表向きは地域的貿易自由化交渉だが、世界一の経済大国、つまり超大国の米国が加わったことによりTPPの性格は変わってしまった。それはアメリカが経済的にも超大国の地位を維持するために、米国式ルールを貫こうとするからである。

2月末の日米首脳会談で、安倍首相はオバマ大統領から「聖域なき関税ゼロ」を目指すTPPだが、日本のコメ、米国の自動車など「敏感な問題が存在することを認識」、「最終的な結果は交渉の中で決まっていく」との共同声明を取りつけた。安倍自民党は昨年12月の総選挙で「聖域なき関税撤廃を前提とする限り交渉参加には反対」を公約して選挙に勝った。農村部を地盤とする自民党候補のほとんどは、これを足掛かりに「TPP反対」を叫んで当選した。日米首脳会談から帰国した安倍首相が、この共同声明を根拠に「聖域」がないわけではないとして自民党の反対論や懐疑論を押し切り、TPP交渉参加に踏み切った。

当時の菅直人首相が2010年10月、突然「国を開き、未来を拓く主体的な外交」を進める一環としてTPPへの参加を言い出してから、日本では反対論と賛成論が渦を巻いた。反対論者は言うまでもなく農協、農林水産省など農業関係者が主体であり、賛成は財界、産業界、経済通産省、外務省など。学界は賛否両論が二分した。

「豊葦原瑞穂の国」の国土と伝統と文化を守ってきた日本のコメつくりだが、「東京ラウンド」「ケネディ・ラウンド」「ウルグアイ・ラウンド」と包括的貿易自由化交渉が進む度に、日本農業の旗色は悪くなった。輸入するコメの関税率を788%とすることで、日本はウルグアイ・ラウンドを何とか乗り切った。だからこそ、日本の農業や国土や環境を壊滅することになるかもしれないTPPには、絶対に反対しなければという農業関係者は必死の覚悟である。

さてTPP賛成論は、世界で最も経済成長率の高いアジア太平洋圏で一切の貿易を自由化して通商を拡大することにより、リーマン・ショック以来の世界不況風を吹き飛ばし、20年来の日本のデフレを克服できるという触れ込みである。ところが、TPPにはアジアで最も成長率の高い中国や韓国、それにASEAN(東南アジア諸国連合)のうち、タイやインドネシアのような有力国が入っていないのである。日本にとって最大の貿易相手である中国を外した通商協約にどんな意味があるか。

これこそがアメリカがTPPに本腰を入れている最大のポイントである。オバマ政権のアメリカは2011年の秋、ホノルルでAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議を主催したのを契機に、経済・安全保障面でアジアを最重視する戦略に踏み切った。それは21世紀に入ってから2ケタ成長を続けて2010年、ついにGDP(国内総生産)で日本を追い抜いて世界第2位の経済大国となった中国と米国は、否応なしに覇権争いをせざるを得ない関係に入ったことを意味する。

その中国と対峙するには、世界第3位の経済大国である日本を取り込むことが是非とも必要である。TPP交渉に参加する12カ国のGDPを見ると、米国と日本のGDPの和は12カ国GDP総和の90%以上を占める。この数字を見ただけでも、日本抜きのTPPなどナンセンスであり、オバマ政権が何としてでも日本を取り込もうとしたであろうことは想像できる。「聖域なき関税撤廃」の文言を曖昧にするくらい安いものだ。

経済・軍事面で力を伸ばしている中国にどう対処するか。これがオバマ政権の最大の外交課題である。ブッシュ前政権はいわゆるG2戦略、つまり米中の2大国の談合で世界を裁こうではないか、というアイディアを中国に持ちかけた。米国とともに世界の運命を担うステーク・ホルダー(Stake Holder)の役割を、中国に担ってもらおうというわけだ。世界の「問題児」である北朝鮮の“金王朝”も中国におとなしくさせてもらおうという魂胆もあっただろう。しかしG2戦略はしょせん無理だった。共産党独裁の中国とデモクラシーのアメリカのステーク・ホルダー観はしょせん「水と油」だったからだ。

ブッシュ時代の米国は、東西冷戦崩壊後の唯一の超大国として世界に君臨できたのに、イスラム世界への余計な干渉をしたアフガン戦争、イラク戦争で国費を浪費したあげく、金融バブルの崩壊でリーマン・ショックまで引き起こしてしまった。ブッシュ政権の対中政策の失敗を引き継いだオバマ政権は、G2戦略をやめて「2プラス2対話」つまり両国の外相と国防相が年1回、ワシントンか北京で「戦略・経済対話」を行うという方式に切り替えた。「戦略・経済対話」と命名されているように、米中は戦略と経済の両面から対話を続け、軍事衝突を回避するために相手の意図や弱点を探りながら、経済面では共通の利益を確保しようという狙いだ。

そのようなオバマ戦略にとって、世界第3位の経済大国である日本をTPPに抱え込むことの重要性は計り知れない。地政学的に米中の中間に位置する日本の値打ちはそれだけ高いのだ。米国はまた、世界第2位の経済大国である中国との経済関係での実利も重視している。しかし米中関係をさばくルールができていないことが問題だ。そこでまず、日本、シンガポール、豪州など中国の大切な貿易相手をTPPに抱き込んで米国流のルールを定着させ、その後に中国が望むなら中国もTPPに入れてやろうという魂胆であろう。

中国は2001年12月にWTO(世界貿易機関)に加盟を許された。WTOの前身は、主として先進国の貿易自由化を促進するために1948年に設立されたGATT(関税貿易一般協定)という機関だった。それが1995年にWTOに改組され、世界の発展途上国を巻き込んだ自由貿易を促進するための幅広い国際機関に発展した。この2001年11月にWTOのドーハ・ラウンドが開始された。1994年に合意されたウルグアイ・ラウンドの後を受けて、中国など旧共産圏も含めた貿易自由化交渉のスタートだった。

しかしドーハ・ラウンドは2008年に決裂した。米国を先頭とする先進国とインドや中国などの途上国の間で行われた農産物に関する交渉がデッドロックに乗り上げ、収拾がつかなくなったためだ。この時点になると、中国を先頭にインド、ブラジル、インドネシア、南アフリカなど、急速成長を遂げつつある途上国の発言力が増していた。関税引き下げもさることながら、途上国と先進国の間で「非関税障壁」の問題を解決できなくなったからだ。非関税障壁の問題はつまるところ、それぞれの国の法意識、生活習慣、倫理観、環境問題とかかわってくる。これを統一的、普遍的な法制で割り切ることは至難の業である。

日米間のTPP交渉でも、非関税障壁の問題が最も難問だろう。健康保険や学資保険の問題が既に争点になっているが保険問題はとりわけややこしい。アメリカのように純粋に民間の保険会社が医療保険から生命保険、学資保険など全てを商売にしているシステムからすると、公的資金の補助を前提にした日本の健康保険制度はルール違反と見なされる。国が株主のかんぽ保険が学資保険を募集するのはおかしいとか、アメリカの規格に合わない日本式はすべてやり玉に上げられる。

医療や薬の問題も、日米間でルールが大きく異なる。アメリカの医療代は概して日本より非常に高い。病院や医院は患者の治療をして、医療保険に入っている患者の治療代は保険会社に請求する方式だ。医療保険に入っていない人は、日本と比較するととてつもなく高い治療費を請求されて泣く泣く家を売って治療費を払い、後はホームレスになるケースも珍しくないのだという。ともあれコメなど農産物の関税問題も難問だが、一切のビジネス面でアメリカ式の規格に合わない問題をすべて非関税障壁だとする米国との交渉は、日本にとって恐ろしく厳しいものになりそうだ。

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