7月4日世界資本主義フォーラム報告・「グローバル・マネー」とは

1 「経済のグローバル化」が言われて久しいが、「グローバル化」とは何を意味するのだろうか?「世界の経済はつながっている」ということだけなら、「世界貿易と世界市場とは、16世紀に資本の近代的生活史を開く」(マルクス「資本論」)――資本主義はその初発からして「グローバル」なのだ。

「経済のグローバル化」に、世界資本主義の発展段階を質的に規定する特徴を求めようとするならば、国際貿易の量的拡大や国境を越えた製造業サプライ・チェインの形成や「多国籍企業」の台頭では、不十分だ。「金融のグローバル化」すなわち「グローバル・マネー」の登場こそ、「経済のグローバル化」の核心とみなければならない。

2  「グローバル・マネー」とは何か?それを初めて意識させたのは、1994年のメキシコ通貨危機である。当時のIMFカムドシュ専務理事は、メキシコ通貨危機が、急激な国際資本移動(証券投資の引き上げ)の引き起こした危機であるとして21世紀型の危機」と名づけた。続いて起きた1997年のアジア通貨危機も「21世紀型の危機」であった。2008年金融危機は、「グローバル・マネー」を、今日の経済の中心問題として、あらためて浮上させた。

*BIS(国際決済銀行)は、2011年、global liquidityについての緊急調査委員会を立ち上げ、2011年のG20に提出した。BISのglobal liquidity(国際流動性)は、ここでの「グローバル・マネー」に相当する。

3 「グローバル・マネー」を別の方面から意識させたのは、1971年ニクソン・ショック(ドル・金交換の停止)から始まるブレトンウッズ通貨体制の崩壊である。1973年、国際通貨は変動相場制に移行し、ドルは対円、対西独マルク等に対して切り下げをくりかえした。アメリカの貿易収支[経常収支]赤字は増え続け、このままでは、ドルの暴落・基軸通貨の地位の喪失に行き着くとみられた。にもかかわらず、実際には、ドルは各国の外貨準備構成においても、貿易取引通貨としても、ポンド、マルク(その後はユーロ)、円を押さえて、第一位の地位を守り続けている。アメリカが経常収支赤字であるにもかかわらず、アメリカが対外的に債務破綻せず、ドルが基軸通貨としての地位を守り続けられるのは、アメリカへの巨額の資本の流入とアメリカからの資本の流出、すなわち「グローバル・マネー」のなせる技である。

4  アメリカの大幅な経常収支赤字を「グローバル・マネー」が賄うメカニズムはどのようなものか。

アメリカの国際資本移動を見ると、「海外からの対米長期証券投資」(アメリカへの資本の流入)は1990年代後半から急増し、2006年にはGDPの6%にもなっている。これにたいして「アメリカの対外長期証券投資」(アメリカからの資本の流出)は、たかだかGDPの2%である。ただ、資本移動には、証券投資のほか、政府部門、債券投資、直接投資、金融デリヴァティブがあり、これらを合わせた「対外資産・対外負債」は、ほぼ同じテンポで増大している[2008年末、対外資産は138%GDP、対外負債は162%GDP]。

「アメリカへの海外からの投資」が「アメリカから海外への投資」を上回れば、投資のリターンがアメリカにとって赤字になる怖れがある。ところが実際にはアメリカの「所得収支」(純リターン)は、むしろ黒字になっている。それは、1989-2009年を通して、アメリカの対外資産の総合リターン[投資のリターンプラス評価益]は9.4%であるのにたいして、アメリカの対外負債の総合リターン(コスト)は 5.3%にすぎないからである。つまり、アメリカは対外資産・対外負債のリターン収支で、黒字になっている。[竹中正治『米国の対外不均衡の真実』(晃洋書房 2012.2)]

ここで、「評価益」とは、たとえば株を安く買って高く売るときの収益(キャピタル・ゲイン)であり、米の対外投資は、直接投資、株式投資が多く、価格変動が大きいので、リスクも大であるが「評価益」が大きくなる[米の対外負債は、反対に、確定利回りの債券投資(国債など)が多い。]

この他に、竹中・前掲書によれば、アメリカには投資収益に加えて、「為替収益」がある。どういうことかというと、1971年以降、ドルの為替相場は円、マルク(ユーロ)に対してずっと低落している。アメリカの保有する対外資産の5割は外貨建て、対外負債の9割はドル建てである。そのため、ドル安になるとアメリカの対外負債は、実質的に減る。アメリカは対外資産より対外負債の方が大きいから、ドル安で得をする。

5 このように、アメリカの経常収支赤字は、「グローバル・マネー」の流入によってファイナンスされているのであるが、論議は、ここで終わらない。アメリカの経常収支赤字と「グローバル・マネー」を一体的にとらえる視点は何か、という問題がある。この問題は、直接的には「アメリカの経常収支が年々増大するのに合わせて、グローバル・マネーが年々増大するのはどうしてか」という問題としてあらわれる。

前出竹中は、これに対して、「ドルが基軸通貨であるために、アメリカはドル建ての資産・負債を両建てで拡大できる」とする。いいかえれば、アメリカの中央銀行Fed(連邦準備制度)が、世界の中央銀行として機能している、ということである。

6 かつて1960年代の「ドル危機」に対して、トリフィン(のちのECB総裁)は、「アメリカの経常収支赤字が世界に流動性を供給している」という観点から、「アメリカの赤字が増えると国際通貨システムは不安定になる、しかしアメリカの赤字がなくなれば世界は流動性不足になる」という「矛盾」を指摘した。固定相場制で資本移動が制約されていたブレトンウッズ通貨体制の下では、トリフィンの指摘は当たっていた。だが、ブレトンウッズ通貨体制が崩壊し、「グローバル・マネー」が世界中を激しく往来する今日にあっては、トリフィン・ジレンマは成り立たない。アメリカの赤字の増大は、アメリカへの資本投資(負債)とアメリカの対外投資(資産)を同時に膨らませることによって、ファイナンスされる。ブレトンウッズ通貨体制の要としてのIMF(国際通貨基金)は、銀行としての信用創造機能を持っておらず、したがって世界への流動性の供給は米の経常収支赤字というかたちでしかなされなかった。いまはちがう。「基軸通貨ドルは(基軸通貨である前に)米中央銀行(Fed)の銀行券である」というドルの信用通貨としての本来の姿が、ブレトンウッズ通貨体制の崩壊によって現れたと言えよう。

 7  ただし、こうした米Fedによる「基軸通貨ドル」の「資産・負債の両建ての拡大」が成り立つのは、海外からの対米投資がこれまで通りに続くあいだである。そして海外からの対米投資が続くのは、ドルが世界の貿易取引、外貨準備、決済資金の主要通貨の地位にあるかぎりである。2008危機を機に、新興諸国は、台頭著しい中国(人民元)を核として「ドル基軸」に対抗する別個の通貨・経済連合の形成に向けて動き出した。この動きが大きくなれば、これまでのような対米投資は実現しなくなる。そのときアメリカの「基軸通貨特権」としての「資産・負債の両建てのドル信用拡大」は困難とならざるをえない。

74日世界資本主義フォーラムのご案内

<矢沢国光>

●日時 201574日(土) 午後2時~5時

●立正大学大崎キャンパス 五号館2階 524教室

最寄り駅からの地図は http://www.ris.ac.jp/access/shinagawa/index.html

  キャンパス地図は   http://www.ris.ac.jp/introduction/outline_of_university/introduction/shinagawa_campus.html

 

●報告1 五味久壽 中国「新常態」の転換点の意味と新たな課題

      *「情況」20156月号 掲載

●報告2 矢沢国光 機能不全に陥った先進国資本主義世界

       出口なきQE(量的緩和)の「出口」はどこにあるか?

      *『情況』20157月号(発売中)

●参加費無料。どなたでも参加できます。

● 問合せ・連絡先
矢沢 yazawa@msg.biglobe.ne.jp  携帯090-6035-4686

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/

〔study646:150702]