NHK・Eテレに、「バリバラ」というユニークな番組がある。これがいま、俄然注目の的。毎週木曜夜8時からの放送。今夜の視聴率は、さぞかし跳ね上がるものと思われる。
バリアフリーの「バリ」と、多様性のバラエティの「バラ」を組み合わせたタイトルのようだ。障害者・LGBT・在日など、センシティブなマイノリティの問題を、本音を隠すことなく、明るく問題提起する。下記の番組ホームページをご覧いただきたい。そのパワーに圧倒される。
http://www6.nhk.or.jp/baribara/about/
この番組は、趣向を凝らして視聴者に次のように呼びかけた。
【招待状】バリバラ「桜を見る会~バリアフリーと多様性の宴~」
開宴:今夜8時
場所:EテレおよびNHKプラス
招待客:2019年多様性の推進に功績のあった方々(伊藤詩織さん、崔江以子さんなど)
日々多様性推進に貢献頂いている視聴者の皆さまは、密を避けるためリモート出席をお願いします。
バリバラ「桜を見る会」のその1は、4月23日に放送となった。その2が、4月30日本日放送の予定。
私は一切テレビを見ないので、これまでこの番組の存在は知らなかった。その世界では著名な番組ではあろうが、社会全体としておそらくはマイナーな存在だろう。それが、俄然注目されるに至ったのは、またまた右翼諸君の活躍のお蔭である。
いつの頃からか、私のメールアドレスにメルマガ「週刊正論」が送信されるようになった。その4月29日号が、「問題の番組内容」をこう説明している。
【再放送中止となったNHK番組『バリバラ』の内容とは】
番組冒頭、額に虻(アブ)のおもちゃをつけた内閣総理大臣アブナイゾウが「公文書 散りゆく桜と ともに消え」と詠みます。「バリバラ」では、「桜を見る会」にバリアフリーと多様性に貢献した方として、伊藤詩織氏(ジャーナリスト・ドキュメンタリー作家)、崔江以子氏(チェ・カンイヂャ、在日コリアン3世)、小林寶二・喜美子夫妻(旧優性保護法国賠償訴訟原告)を招きました。「バリバラ国、滑稽中継」と題したコーナーでは、「某国の副総理」という「無愛想太郎」が答弁に立ちます。
質問者「外国ルーツの方は生きづらい社会なんです。こんなのが美しい国と言えますか。新型コロナウイルスで、アジア人差別が増えています。どうお考えになりますか」
無愛想太郎「質問っていうのは正確を期してほしいね。ウイルスっていうのは英語圏では言わないんだ。ヴァイルス。ヴァイルスっていうの、えー。BじゃなくてVの発音ね。下唇をしっかりかんで、ヴァイルス。爆発させてヴァイルス。飛ばすの、ヴァイルス」
続いて「アブ内閣総理大臣」が登場します。
質問者「『パラサイト』という韓国映画が、今回外国映画としては初のアカデミー賞作品賞を受賞しました。これ大きいことです」
アブナイゾウ「質問通告がごじゃいませんでしたので、いずれにいたしましても、トランプ大統領と私は同盟国のトップリーダーでごじゃいまして、意見が完全に100%一致したところでごじゃいます」
質問者「100%一致、何回言えば気が済むの。まったく質問に答えていません、この人は」
アブナイゾウ「そんなあんた、いつまでもデンデンいう事じゃない」
質問者「デンデンじゃないよ。ウンヌンというんだよ」
《字幕で云々×でんでん ◎うんぬん》
司会者「なんだか日本と似たような状況もありますよね」
「週刊正論」は、以上を公共放送として問題の内容というのだが、要は「アベ批判・麻生批判が怪しからん」というだけのこと。取るに足りない。
話題になってから、私もネットで動画を拝見した。全体として、たいへん真面目な構成の問題提起番組となっている。マイノリティにとって生きづらいこの社会のあり方をえぐり出して、対等者としてマイノリティを遇しようというその心意気に共感せざるを得ない。。NHKにも大した人たちがおり、大した番組を作っている。共感を通り越して、敬意を表すると言わねばならない。
この放送を快しとしない人びとがこれに噛みついた。NHKは敢然と現場を守る姿勢を取らず、予定されていた4月26日の再放送を別番組差し替えて中止してしまった。中止の決定は、放送予定の2時間半前だったという。
この番組に最初に噛みついたのは、石井孝明(Ishii Takaaki)という、その筋では良く知られた人物。下記の「訴訟・トラブル」欄を参考にされたい。
https://ja.wikipedia.org/wiki/石井孝明_(ジャーナリスト)
この人は、放送のあったその日の内に、こうツィートしている。
「NHKなめとんのか? 何これ? 反政府番組じゃないですか。健全な批判でなく。障害者の名を語って。これは抗議すべきでしょう。」
「NHKなめとんのか?」は、安倍・麻生になり代わっての不規則発言。「これは抗議すべきでしょう」は、安倍・麻生の立場からする不満。そして、「なめとんのか」は、安倍・麻生の知性や品性にマッチした、まことに適切でふさわしい表現。
これも要するに政府批判だから怪しからんというだけのもの。さすがに、政府批判自体を咎めることには気が引けたか、「健全な批判なら許せもするが、障害者の名を語っているから、抗議すべきだ」という文脈にした。もしかしたら、「障害者の名を語って」は、「障害者の名を騙って」のミスプリかも知れない。しかし、番組の安倍・麻生批判は、「障害者の名を語って」も、「障害者の名を騙って」もいない。
番組の安倍・麻生批判は、2点ある。一つは、「散りゆく桜とともに消えた」公文書管理の杜撰さである。そして、もう一つは「マイノリティ差別」に対するあまりに鈍感な政府の姿勢である。いずれも、故あっての正当な批判である。NHKにもジャーナリズムの魂がなくてはならない。この程度の権力者批判もできないのでは、NHKはジャーナリズム失格である。再び本営発表の伝声管に先祖返りしてしまうことを本気で恐れねばならない。
(2020年4月30日)
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2020.4.30より許可を得て転載
http://article9.jp/wordpress/?p=14781
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion9706:200501〕