「破滅博士(Dr.Doom)」は健在であった。
Dr.Doomの本名は、ヌーリエル・ルービニ Nouriel Roubini(1958~)という。アメリカの経済学者である。ニューヨーク大教授であり、経済調査のシンクタンクの経営者でもある。メディアへの露出も多い。doomは、辞書に「運命、破滅、最後の審判」と書いてある。業界では悲観論者の別名である。
今世紀始めに、リーマン恐慌を予言して金融業界の寵児となった。これより先、ビル・クリントン政権で経済アドバイザーを務めたほか、米国内外の公的経済機関で多くの仕事をしている。このブログでも、10数年前のリーマンショック時に、「博士」の考察を取り上げたことがある。
《10年続くという新大恐慌論》
本稿は、ルービニが最近書いた時論の紹介である。
そのタイトルを The Coming Greater Depression of the 2020sという。Information Clearing Houseという情報祇(4月29日)に掲載された。仮に「2020年代の『新大恐慌』が接近」と訳しておく。
このエコノミストは、リーマンショック以後、世界はその経済金融の構造的問題を解決できずに時間を無駄に費やしたと考えている。その時に「コロナ不況」が襲来したと判断するのである。
今回の「コロナ不況」the Greater Recessionが、年内にU字型の冴えない回復を見せたあと、10年ほどの長期にわたり、L型の「新大恐慌the Greater Depression」が続くとみる。
その要因として、ルービニは、我々が直面している既存の10項目の課題を挙げる。
そして各課題のもつ意味を逐一説明していいく。「コロナ不況」は一契機に過ぎない。
これが引き金となって、現存10項目の懸念事項が因となり果となって「新大恐慌 the Greater Depression」の大河を形成する。これが大雑把な理屈の組み立てである。
以下に10項目を列挙してルービニの説明を加える。「新大恐慌」の舞台は全世界であり、経済・金融が主となり政治・外交・軍事の領域にも及ぶ。
《10項目の課題は広範に及ぶ》
1.公私の巨額債務残高があり不履行危機大 コロナ回復にGDP比10%の資金投入が要るとみる
2.先進諸国の高齢化による社会保障費の増加 その財源にまた借金をする
3.増大するデフレ不況 物価低落・失業率増大による債務デフレが発生する
4.貨幣価値の切り下げ 始めは中銀による非伝統的な緩和政策 次にグローバリゼーション脱出のために緊縮と保護政策 スタグフレーションの発生は不可避である
5.デジタル経済の加速により広範囲に国内格差が拡大 サプライチェーン海外集中の是正のために国内生産へ転換 しかしハイテク活用で賃金上昇は抑制される ポピュリズム・ナショナリズムの浸透 政権は外国恐怖論の宣伝に走る
6.脱グローバリゼーション政策 米中は相互依存から離脱 ポスト・パンデミック時代は経済活動を構成する要素(ヒト・モノ・カネ・技術・データ)の移動が制限される
7.デモクラシーの逆流 ポピュリスト政治家は不況対策として「外国人」を生贄にする
8.米中対立の激化 トランプの対中非難は暴走の可能性 中国も強硬
9.米ソ対立から「新冷戦」体制へ サイバー戦争激化 米は対中戦のカギは戦力とみて私 企業の軍事への統合化 national security-industrial complex体制強化へ
10環境問題の看過は不可 多くのパンデミックは人災 貧困な健康衛生基準・自然環境の濫用・グローバル化による連絡濃密化・気候変動で今後、頻度・程度・コストが増大
《結論は前途多難を指摘している》
以上がルービニ10項目の早足な説明である。彼はこう結ぶ。
新コロナ襲来前に現存する10項目のリスクは、世界経済を絶望の渦に導く脅威である。2030年までに、技術進歩と有能な政治指導が実現して緊張は和らぎ、協調的な国際秩序が形成されるかも知れない。だが、そんなハッピーエンドは、我々が来るべきthe Greater Depression を克服することが前提だ。
コロナ暴落を大不況の予兆と見るのは大方のコンセンサス化しつつある。ただ震度と期間の認識にはまだ相当のギャップがある。教科書風にいえば、1929年に始った大恐慌はthe Great Depression と書く。07~09年の「リーマン不況」は、「100年に一度の津波」という論者もいたが、結局「金融不況」great financial crisis に落ち着いたようである。時に the great recession ともいう。これを前提にルービニの表現を見る。
彼は、the Greater Recession、the Greater Depression と書いている。「大金融不況」、「新大恐慌」と訳しておく。ルービニは比較級形容詞をつけている。従って、現在発生している前者は「リーマン不況」を上回り、後者は「大恐慌」を上回る。そうみていると解釈したい。「リーマン不況」は金融恐慌的性格が強かった。米国のシンボルGMが倒産したのだから「金融」で片付けるのは正確でないが、GMは自動車産業の国際競争力を失っていた。
Wall St.かMain st.かという比較が、言われたものである。
《人類を意識させる恐慌論の時空》
ルービニの「新大恐慌」論が興味深いのは、その規模を史上最大級と考えているらしいことである。実体経済―金融端末の一打鍵では完結しない経済活動―を全体性をもつ概念で考えている。彼の10項目を見れば、国際的で全人類的な人間の営みを前提にして論じている。批判もあろう。10項目を大恐慌の要素として並べただけである、要素間の論理的な結合に及んでいないとの批判は可能だろう。しかし私は、「コロナ」と「不況」を市場メカニズムの瑕疵に収斂する「経済学」への批判と読みたい。「政治経済学」復権の必要を読者に意識させる論説と読みたい。
「コロナ暴落」は、20世紀後半に暴走を始めた「グローバリゼーション」とその背後霊たる新自由主義が、「人類」に如何に深く関わるかを示している。「人類」は大袈裟ではないか。いや、私は大袈裟とは思わない。我々は、いま人類共同体とその子々孫々に思いを致さねばならぬ時代にいる。「コロナ」と「大恐慌」は、今後10年にわたり、「類としての人間」を試そうとしているのである。(2020/05/05・こどもの日)
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