(2020年6月15日)
政府・与党が10兆円もの予備費を抱いて6月17日に通常国会を閉じようとしている。国会審議での追及を恐れて、ボロ隠しの逃げに徹する姿勢。これを不当として、野党が「逃げるな内閣・自民党!」「国会閉じるな!」と攻勢的に会期延長の可否が論じられている。
そのさなかの6月10日、なんともタイミングよく那覇地裁で「憲法53条違憲国家賠償請求事件」判決言い渡しとなった。仮に、17日閉会となっても、野党議員による臨時国会招集要求の実効性に大きなヒントを与えるものとなっている。
もっとも、この判決は結果原告敗訴である。問題は、判決理由中の判示をどう評価すべきかだが、そう単純ではない。まず、毎日と朝日との見出しが対照的である。
(毎日) 「臨時国会召集せず不利益」賠償訴訟、国会議員ら敗訴 那覇地裁、請求権認めず
(朝日) 国会召集「内閣に法的義務」 憲法53条めぐり初判決
そして(時事)は、言い渡し直後に《臨時国会不召集、原告側敗訴 「内閣は損賠義務負わず」 那覇地裁》と配信したが、その日の内に原告・弁護団の解説を受けて《原告「一歩進んだ結論」 請求棄却も意義強調―憲法53条訴訟》と原告側の評価を伝えている。また毎日も、6月14日の社説では、「国会召集めぐる判決 憲法上の義務明言は重い」と、ニュアンスを変えている。敗訴判決ではあるが、評価すべき面も無視し得ないということなのだ。
この訴訟の原告は、衆議院議員の赤嶺政権・照屋寛徳、参議院議員の伊波洋一・糸数慶子(当時)の4名。国を被告としての国家賠償請求訴訟である。憲法53条後段に基づいて、臨時国会の召集を内閣に要求したのに、安倍内閣は憲法を無視して、この要求に応じなかった。明らかに違憲・違法な内閣の行為による損害(各1万円)の賠償を求めるという事件である。
まず、関係条文としての憲法53条の条文は以下のとおり。
(前段)内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。
(後段)いづれかの議院の総議員の4分の1以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。
この後段の条文に基づいて、各議院における臨時会召集要求と要求に対する安倍内閣の対応の経過は、判決によれば以下のとおり、安倍内閣の憲法無視の威勢をあからさまにするものであった。
【臨時会召集の経緯】
ア 原告赤嶺及び原告照屋は,平成29年6月22日,他の衆議院議員118名とともに連名で,憲法53条後段に基づき、安倍内閣に対して,衆議院議長経由で要求書を提出して,臨時会を召集するよう要求した。原告糸数及び原告伊波は,同日,他の参議院議員70名とともに連名で、憲法53条後段に基づき、安倍内閣に対して,参議院議長経由で要求書を提出して,臨時会を召集するよう要求した。
イ 本件衆議院召集要求を行った衆議院議員の総数は,衆議院議員475名中120名であり,本件参議院召集要求を行った参議院議員の総数は参議院議員242名中72名であり,いずれも憲法53条後段所定の(各)議院の総議員の4分の1以上による召集要求がされている。
本件召集要求の理由は,要旨,《平成29年開催の第193回通常国会において,いわゆる森友学園・加計学園問題について十分な審議が尽くされておらず,国民に広がる政治不信を解消するためには,国会が国民の負託に応え,疑惑の真相解明に取り組むことが不可欠であるという国民に広がる政治不信を解消するため》というものであった。
安倍内閣は,平成29年6月22日,本件召集要求の要求書を受領した。安倍内閣は同年9月22日,臨時会を同月28日に召集することを持ち回り閣議で決定し、同日に衆議院及び参議院を召集した。
しかし、安倍内閣は,本件召集に基づいて開催された臨時会の冒頭において衆議院を解散したため,参議院は同時に閉会となり(憲法54条2項),臨時会において原告らが求めるような実質的な審議は行われなかった。
安倍内閣の憲法無視の姿勢が如実に表れているではないか。以上の経過を前提に、判決が述べている【事案の概要】は、大略以下のとおり。
本件は,国会議員である原告らが,その他の国会議員とともに,平成29年6月22日,内閣に対し,憲法53条後段に基づき,衆議院及び参議院の臨時会の召集を要求したところ,それから98日か経過した同年9月28日まで臨時会が召集されなかったことにつき、内閣は合理的な期間内に臨時会を召集するべき義務があるのにこれを怠ったものであり、その結果,原告らは臨時会において国会議員としての権能を行蜃する機会を奪われたなどと主張して,国家賠償法1条1項に基づき,被告に対し,原告らそれぞれにつき損害金である100万円の一部請求として1万円及びこれに対する臨時会の召集期限といえる同年7月12日の翌日である同月13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
判決は、次のとおりに、【争点を整理】した。
争点(1) 内閣による臨時会の召集の決定が憲法53条後段に違反するかの法的判断について,裁判所の司法審査権が及ぶか(本案前の争点)
争点(2) 本件召集要求に基づく内閣の召集決定が,本件召集要求をした個々の国会議員との関係において、国賠法1条1項の適用上,違法と評価されるか。
争点(3) 本件召集が実質的には本件招集要求に基づく臨時会の召集とはいえず,または,本件召集が合理的期間内に行われたものとはいえないとして,憲法53条後段に違反するものといえるか
争点(4) 原告らの損害の有無及びその額
裁判所によって設定された以上の各争点を判決はどう判断したか。
争点(1)の判断においては、被告国の言い分を斥けて、裁判所の司法審査の権限は憲法53条後段違反の有無について及ぶと判断した。被告国は、「そもそもこの件に裁判所の出番はない」「三権分立の在り方から、本件を裁判所が裁くことはできない」と主張したのだが、裁判所の採用するところとはならなかった。
各紙が報道しているとおり、53条後段にもとづく内閣の臨時会招集義務は、「単なる政治的義務にとどまるものではなく、法的義務であると解され、(召集しなければ)違憲と評価される余地はあるといえる」と判決は言う。これは、今後に生かすべき本判決の積極面。
ところが判決は、争点(2)では被告国の言い分を容れた。憲法53条後段は、議員の臨時会召集要求があれば、内閣には招集決定の法的義務が課せられるものではあるが、その義務は召集要求をした個々の国会議員との関係における義務ではない。従って、その義務の不履行が国賠法1条1項の適用上,違法と評価されることにはならない、というのだ。その結果、争点(3)も(4)も、判断の必要がないとされてしまっている。これでよいのだろうか。
結局、この判決は、こう言ったことになる。
内閣の53条後段違反の有無は裁判所の違憲判断の対象とはなる。しかし、仮に内閣の招集遅滞が違憲と判断されたにせよ、それは議員個人の国家賠償の根拠とはならない。だから、憲法違反の有無の判断をするまでもなく、請求を棄却せざるを得ない。それゆえ、「安倍内閣の本件召集が実質的には本件招集要求に基づく臨時会の召集とはいえない」という原告の主張についても、また「本件召集が合理的期間内に行われたものとはいえない」ということも、判断の必要はない。
せっかく、53条後段に違反する内閣の行為(臨時国会招集の不履行)については、司法審査が及ぶとしながら、司法判断を拒否したのだ。理由は、国家賠償の要件としての違法性は認められないから、というものだった。では、いったいどのような訴訟類型を選択すれば、司法判断に到達することになるのか。それが問われることになっている。
もちろん、飽くまで国家賠償の追及は重要である。内閣に違憲違法の作為・不作為がある以上、その違法な不作為との因果関係のある損害は賠償すべきだとする主張である。
もう一つは、国家賠償請求以外の方策の追及である。この訴訟の原告が、抗告訴訟(不作為の違法確認や義務付け等)ではなく国家賠償請求を選択したのは、「処分性」論争を避けた結果であると考えられる。抗告訴訟でもなく、国家賠償でもないとすれば、「実質的当事者訴訟」が考えられる。国を被告としての「違法確認訴訟」ができなければ、せっかくの争点(1)の判断は画餅に帰すことになる。
同種訴訟が、岡山と東京に係属しているという。関係者の衆知を集約すべきであろう。
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2020.6.15より許可を得て転載
http://article9.jp/wordpress/?p=15092
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion9843:200616〕