(2020年9月7日)
独善性の強い国と言えば、長くアメリカがトップの地位を保ってきた。大戦後の歴史を通じて世界の警察官を任じてきたが、「割に合わない」として今その役割から降りようとしている。替わって、その座を占めつつあるのが理念なき中国である。経済力があっても、近代の常識が通じない大国だから、まことに厄介である。
その中国の香港支配の現状は、これまでの国際公約を反故にするというだけではなく、誰が見ても、法の支配と民主主義の原則に反し、人権を弾圧するものと指摘せざるをえない。人類が築き上げた文明の共通ルールをないがしろにするものなのだ。
ある政権の国内人権抑圧に対しては、これを批判する国際世論を集約することが対応の基本手段である。この批判に対して、当該国は「内政干渉」と反発するのが定番だが、批判は決して無力ではない。当該国の反発は、その効果の証左にほかならない。
中国の「香港国家安全維持法」(国安法)施行にもとづく香港市民の民主化運動弾圧は、既に大きな国際世論の批判の的になっており、国連マターにもなっている。同法は20年6月30日全国人民代表大会常務委員会において全会一致(162票)で可決され、即日公布・施行となった。その同じ日に、スイス・ジュネーブで第44回国連人権理事会が開催され、国家安全維持法に関する審議が行われている。
この日、英国、フランス、ドイツなど日本を含む27か国が、国連人権理事会の会合で「強い懸念」を示す共同声明を発表した。一方、同じ会合でキューバ政府が53か国を代表して中国への支持を表明。中国の香港政策を巡り国際社会が分裂した形となった。
27か国の対中国批判声明は、国連にも登録されている中英共同宣言(1984年)が香港の高度な自治を規定していると指摘し、香港市民の頭越しに行われた同法制定は「1国2制度」を損なうと批判するもので、併せて中国の新疆ウイグル自治区における人権侵害についても言及したものという。
一方、中国に賛意を示した53か国の声明は、27か国批判声明を「内政干渉だ」と非難した上で、同法が「香港の繁栄と安定に資する」と中国政府の見解をなぞったもの、と報じられている。
念のため、国家安全維持法を批判した27か国を挙げておこう。
英国、フランス、ドイツ、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、オーストリア、スロベニア、スロバキア、アイルランド、スウェーデン、デンマーク、フィンランド、アイスランド、ラトビア、エストニア、リトアニア、ノルウェー、スイス、リヒテンシュタイン、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、パラオ、マーシャル諸島、ベリーズ、日本。(米国はトランプ政権になってから、同理事会を脱退)
中国支持にまわった53か国は、以下のとおりである。
中国、キューバ、ドミニカ、アンティグア・バーブーダ、ニカラグア、ベネズエラ、スリナム、カンボジア、ミャンマー、ラオス、スリランカ、ネパール、パキスタン、タジキスタン、イラン、イラク、クウェート、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、バーレーン、オマーン、イエメン、シリア、レバノン、パレスチナ、エジプト、モロッコ、スーダン、南スーダン、エリトリア、ジブチ、ソマリア、ニジェール、ガンビア、シエラレオネ、トーゴ、ギニア、ギニアビサウ、赤道ギニア、ガボン、カメルーン、ブルンジ、中央アフリカ、レソト、コンゴ共和国、モーリタニア、レソト、トーゴ、ザンビア、ジンバブエ、モザンビーク、パプアニューギニア、コモロ、ベラルーシ、北朝鮮。
この53か国は、自身が独裁ないし権威主義政治体制であるか、中国からの経済援助の恩恵に預かっているかである。53国の内実はどうであれ、恐るべき「一帯一路」パワーの実力を見せつけられた思いが強い。
中国の経済力にもとづく国際影響力の前に国連の知性も無力かと思うと、実はさに非ず。「香港国安法は人権侵害」「国連特別報告者らが書簡」「国連の人権専門家ら中国に公開書簡」「中国政府に見直し要求」などの報道が飛び込んできた。
[ジュネーブ 4日 ロイター]の次の記事を紹介したい。
国連の人権問題特別報告者ら専門家7人が連名で、中国に異例の書簡を送付し、中国が新たに施行した「香港国家安全維持法」が「特定の基本的人権を侵害」しているとの見解を示した。香港の政治活動の弾圧に利用される可能性があるとしている。
専門家らは、中国政府に書簡を送付して48時間経過後、その内容を公開した。14ページに及ぶ書簡には、「香港国家安全維持法」について法的側面からみた詳細な分析を反映させ、同法が香港司法の独立性を脅かす可能性もあるとしたほか、「国際法における中国の法的義務に従っておらず、『重要部分の精度に欠け』、特定の基本的人権を侵害している」などと指摘した。
また発言や表現の自由、および平和的集会を行う権利を含む基本的自由の抑制や制限に同法が使用されるべきではないとし、香港で多くの合法的な人権保護活動が違法とされたことに懸念を表明。
さらに、中国は「香港国家安全維持法」が国際的な人権保護義務に適合しているかを検証する「完全に独立したレビュアー」を任命すべきとしている。
人権の促進と保護に関する特別報告者のフィオヌアラ・ニ・アオレイン氏は、ロイターに対し「国安法に関する国連による初の包括的な評価であり、中国が国際的な人権義務を順守しているかどうかを法的に分析した。そして(われわれの)見解では、中国は順守していない」と語った。
さらに、香港での表現、集会、公正な裁判などの権利に関して、中国には一段と高度な義務が課せられるとした。アオレイン氏によると、中国当局は書簡の受領を認めているという。
この人権専門家7人連名の書簡に対して、中国当局は何と答えるだろうか。おそらくは、「内政干渉」「誹謗・中傷」「国際陰謀」と反発することだろう。
実は、日本政府もよく似ているのだ。いま市民運動は、国連の勧告に謙虚に対応しようとしない日本政府の傲慢な姿勢を正そうと活動している。「国旗・国歌(日の丸・君が代)強制に関するセアート(ILO/ユネスコ合同勧告委員会)の勧告」についてのことである。
ILO/ユネスコ勧告実施市民会議、文科省交渉の場で
http://article9.jp/wordpress/?p=15275
セアート勧告は、日本政府に対して、「国旗掲揚と国歌斉唱に参加したくない教員への配慮ができるように、愛国的な式典に関する規則について教員団体と対話する場を設定すること。」「不服従という無抵抗で混乱を招かない行為に対する懲罰を回避する目的で、懲戒処分のメカニズムについて教員組合と協議すること」を求めている。
国(文科省)は、この勧告について「我が国の実情や法制を十分斟酌しないままに記述されている」と繰り返して、わが国が尊重するに値するものではないとの意見。しかし、世界の良識は、その傲慢な態度を批判しているのだと知らねばならない。
中国についても同様である。世界の良識の言に謙虚に耳を傾けていただきたい。大国にふさわしい風格を見せていただきたい。いつまでも人権後進国・没道義国家との非難を甘受してはおられまい。国連加盟国として、人権規約締結国として、国連人権理事会の言には、真摯に対応していただきたい。
本日も、香港では市民のデモに対する野蛮な弾圧が報じられている。嗚呼。
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2020.9.7より許可を得て転載
http://article9.jp/wordpress/?p=15613
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion10092:200908〕