青山森人の東チモールだより…マックス=スタールを追悼する

「サンタクルスの虐殺」の撮影者が永眠

今年の11月12日は「サンタクルスの虐殺」から30年周年を迎える日になります。コロナ禍による非常事態宣言下にあるとはいえ、30年周年という節目のなかで、何かしら特別な企画が考えられているかもしれません。

侵略軍による民衆への無差別発砲をビデオに収め、「サンタクルスの虐殺」を世界に知らしめたイギリス人のビデオジャーナリスト、マックス=スタールが、10月28日の未明、オーストラリアはブリスベンの病院で亡くなりました。喉頭(あるいは咽頭か)の癌を患い、長い闘病生活の末、ついに逝ってしまいました。

外国人ながら英雄

山岳部のゲリラ部隊を先駆的にビデオに収め、「サンタクルスの虐殺」を撮影したことにより、「沈黙の壁」のなかにある東チモールの惨状を白日の下にさらし、東チモール問題への世界的な関心を呼び寄せることに成功したマックス=スタールは、自由を求める東チモール人に勇気と希望を与えました。

この貢献に応えるように東チモールはマックス=スタールを英雄と呼び、勲章も与えています。そのマックス=スタールの訃報が東チモールに入ると、ルオロ大統領、タウル=マタン=ルアク首相、レレ=アナン=チムール将軍、ラモス=ホルタ元大統領、そしてシャナナ=グズマンCNRT(東チモール再建国民会議)党首など、歴史的そして国民的指導者たちが、東チモールは英雄を失った、大きなものを失った、と次々と哀悼の意を表明しました。

マックス=スタールは、最初の妻(イギリス人)とのあいだに二人の息子、オーストラリアのダーウィンに住むいまの妻とのあいだに息子と娘が一人ずつ、合計4人の子どもを遺しました。東チモール抵抗博物館との向かいに自らが主宰するビデオ資料室を立ち上げ、東チモールを記録したビデオ資料の編集・編纂をしてきました。二年前までは、治療のためにイギリスに帰国していましたが、最近の一年間はオーストラリアの病院に入院し、症状が悪化してシドニーからブリスベンに移ったときは手の施しようがない状態になっていたようです。1954年12月6日生まれ、享年66歳です。

タウル=マタン=ルアク首相は記者会見で、遺族の同意があればマックス=スタールの遺体あるいは遺灰を東チモールに移送することを考えていることを明かしました。

マックス=スタールとの想い出

「サンタクルスの虐殺」の撮影によって時の人となったマックス=スタールは、東チモールに連帯する市民団体に招かれて1994年5月に来日し、「サンタクルスの虐殺」の背景や現地の様子を全国数か所の集会で報告しました。来日にさいしてマックス=スタールの撮った映像とマックス=スタールへのインタビューを組み合わせた番組がNHKで放映されました。その番組の制作者からわたしに電話がかかり、デリ市内の距離感がわかる地図があったらFAXで送ってほしいと頼まれました。この時点でわたしはすでに東チモール入りを体験し解放軍のゲリラ兵士たちとの接触を模索しているときでした。そんなわたしにとってマックス=スタールは大先輩でした。

1994年5月19日、マックス=スタールはオーストラリア大使館に用事があるというのでわたしがそこへ案内しました。その前にちょっと時間があったのでわたしはかれを東京タワーに連れていった想い出がいま鮮明に蘇ります。

マックス=スタールとわたしが東京タワーの展望所にいくと、そこには修学旅行の小学生たちが大勢いました。この子どもたちは外国人を見て珍しいといわんばかりにマックス=スタールの隣に勝手に立ち友達に写真を撮ってもらっては、ワーワーキャーキャー、はしゃぐのでした。写真撮影の許可をとることなく、一方的に自分の周りではしゃぐ子どもたちをマックス=スタールは喜んで受け入れていました。そのときわたしが手にもっていたその日の新聞(朝日新聞か毎日新聞だったか?)にはかれの記事が顔写真付きで掲載されていたので、かれの周りではしゃぐ子どもたちに、このひとはホレ……と新聞に載っているかれの顔写真をみせて、有名な人なんだよと声をかけても修学旅行で浮かれる子どもたちは遊ぶのに忙しく意に介さない様子でした。マックス=スタールがテレビや新聞に出ている人物だから寄って来たのではなく、ただ外国人だから子どもたちは寄って来たようで、やれやれ……でした。

わたしがマックス=スタールと最後に会ったのは、2019年9月24日、首都デリ(Dili,ディリ)でおこなわれた気候変動の危機を訴えるデモ行進のなかでした(東チモールだより 第400号)。

「サンタクルスの虐殺」30年周年を迎えることができなかったマックス=スタールは自らが「サンタクルスの虐殺」30年周年に迎えられる身になってしまいました。

 

青山森人の東チモールだより  第444号(2021年10月31日)より

青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.co

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/
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