戦場視察するドゥワラシラ国民統一政府・大統領代行 イラワジ
カヤ―州・カレニ―民族防衛軍(KNDF)の戦士たち イラワジ
地元独立系メディアのイラワジ紙9/7によると、ミャンマーの文民国家統一政府(NUG)のドゥワラシラ大統領代行は、昨年9月の人民防衛戦争の宣言から1年になるのを記念して演説を行なった。それによれば、人民防衛軍(PDF)ならびに同盟関係にある少数民族革命組織(ERO)は、軍事政権に対して1年間の人民防衛戦を展開した結果、国の半分以上を実効支配するにいたったとしている。同大統領代行によると、NUGは全国で300以上のPDF大隊を編成し、その他にも昨年1年間で全国330のうち250の郡区で郷土防衛隊が編成されたという。これはたんなる軍事的な勝利にかぎられない。NUGの行政・司法システムが、抵抗勢力が完全に支配している24の郡区で確立され、また教育、保健、行政・社会サービスもNUGによって行われているとした。ここでいう抵抗勢力とは、国民統一政府と少数民族武装組織、市民不服従運動(CDM)などで構成される連合勢力を指す。
もちろん民主派だからといって、すべての情報を検証なしで鵜吞みにはできない。しかしNUGの宣言を裏付けているのが、国連の元特別報告者らが創設した非政府組織(NGO)「ミャンマーのための特別諮問評議会(SAC―M)」が5日に発表した報告書である。それによれば、軍事政権が安定的に支配しているのは国土の17%に過ぎず、逆に「抵抗勢力」が国土の52%を支配しており、したがって国民統一政府(NUG)を正統な政府と認めるべきであるとしている。
SAC-Mのメンバーで、ミャンマーの人権に関する元国連特別報告者であるヤンキーリー(李亮喜)女史は、「世界は、新しいミャンマーがすでに形作られているという現実に目を覚ます必要があります」と、述べている。また、「NUGは影の政府や亡命政府ではありません。軍事政権に対する人民の革命と抵抗の代表であり、国の大部分を支配する複合的勢力なのです」と、断言している。
カレン州コーカレー郡区の国軍前哨基地を占拠、武器と弾薬を押収したカレン国民連合軍。 イラワジ
ちなみにNUGの大統領代行を務めるドゥワラシラ氏(72歳)、我々とおなじ世代に属する。氏はカチン族出身でキリスト教徒であるが、18年間検察官と法執行官として働いていたという。少数民族出身者には珍しくないのだが、氏は母国語のカチン語のほか、英語、中国語、ビルマ語、シャン語等の言語にも精通する。1990年代初頭から、シャン州やカチン州の紛争地域で、コミュニティ開発、教育、医療、救援、社会復興に取り組むさまざまな社会事業や市民団体で主導的な役割を担ってきたという。
NUGのトップに少数民族出身者が就いたということ自体が、この国の歴史においては画期的なことである。イギリス植民地主義者による分断政策で、植民地統治の手足として登用されたのがカレン族やカチン族であり、多数派ビルマ族の恨みを大いに買った過去がある。戦後もまた70年以上に及ぶ内戦で不倶戴天の敵同士である関係は続いた。2016年からのスーチー政権でも多数派ビルマ族と少数民族の間の不信感はぬぐわれず、政権の弱点ともなっていた。その歴史的限界線を一挙に取り払ったのが、2021年2月1日の軍事クーデタであった。諸都市において軍の血の弾圧を目の当たりにしたビルマ族系市民は、辺境地帯で国軍が少数民族に対し何をしてきたのかが身に染みてわかったのである。そして武装抵抗を通じて民主化を実現するしかないと決意したZ世代の多くの若者が、辺境の地へ赴いて少数民族武装組織から軍事訓練を受け、やがて両者は提携してゲリラ戦を戦うようになった。これは88世代(1988年反乱の主役)が想像できなかった、諸民族の和解と融和にいたる新しい民主革命の地平であった。もちろん百年以上にわたる分断と抗争の歴史が一朝一夕に解消されるわけではない。近代的な国民国家、つまり民主的な連邦制国家建設という理念のもとに、政治的軍事的な闘争過程を通じて、相互理解と相互協力がどの程度進むのかにそれはかかっているのである。
現下の最大の問題は、民主化勢力がウクライナと違って国際社会から―とくに国家による公的なー何の物的援助も受けておらず、人々の寄付だけに頼っているので、NUGは全国の抵抗勢力を完全に武装化するのに苦労しているということである。ドゥワラシラ代行は、「ファシスト独裁政権と戦うために命を捧げているミャンマーの人々のために、技術支援、武器・弾薬、資金提供を切にお願いしたい」と、国際社会に対して援助の緊急性を訴えている。
<地上戦の敗北への報復攻撃>
カヤ―州などの辺境地帯やサガイン管区などの激戦地では、ミャンマー国軍は地上戦では民主派勢力にほとんど敗北している。戦死者や脱走兵の増加のために部隊編成に支障をきたす点でも、ウクライナのロシア軍に似ていなくもない。残忍な暴力と恐怖支配で不利を挽回しようとしている点でも、両者はよく似ている。国軍・治安機関は負け戦の報復として、抵抗する村落に対する空爆や砲撃、家屋の略奪や放火、村人への暴力行為などをエスカレートさせている。
「ラジオ・フリー・アジア」9/24によれば、ミャンマー戦略政策研究所(ISP-Myanmar)は、ミャンマーの人口5440万人の5%をわずかに超える293万201人の国内避難民(IDP)が、国内の暴力から逃れてきたと発表した。そのうちの48%にあたる141万3811人は、2021年2月1日のクーデタに続く紛争の中でミャンマーから逃れてきたという。クーデタ以降の暴力によって避難した533,833人はサガイン地方の出身で、過去19ヶ月間、軍がその支配に対する最も激しい抵抗に遭遇した地域である。避難民たちは食料や医薬品の入手に加え、ジャングルに避難している間に蛇に噛まれるなどの危険にもさらされているという。
直近では、9月16日にサガイン管区ディペイン郡区にある僧院学校に対し、軍のロシア製のMI-35戦闘ヘリ2機が空爆を行ない、子供7人と教師を含む13人が死亡するという惨劇が起こった。国連のグテーレス事務総長や国際NGO「セーブ・ザ・チルドレン」は、これを重大な国際法違反であり戦争犯罪であるとして非難している。
Radio Free Asia
惨劇のあとに。Myanmar Now
「ラジオ・フリー・アジア」等によれば、その後、輸送ヘリから降り立った約80人の兵士が僧院学校を包囲して攻撃を続けた結果、さらに児童2人が死亡したという―多くの遺体はバラバラの状態だった。さらに軍は翌日の午後、犠牲となった児童の遺体を全て火葬に付して病院敷地内の墓地に埋葬したという。子供が行方不明になった両親が攻撃された僧院学校を訪れたが、残されていたのは子供の衣服だけだったため、「もし死んだとしても葬儀も行えない」と悲しみに暮れていたという。地元紙イラワジは「火葬は軍による証拠隠滅の可能性が高く、多くの児童が犠牲になった攻撃は許されるものではない」と報じて、軍への反発を強めているという。
軍の報道官は、「市民防衛隊員が学校に逃げ込み、子供たちを人間の盾にしたので攻撃した」と弁明しているが、地元のPDFは「空爆当時、僧院学校にはPDFやKIAのメンバーは誰一人としていなかった。軍は嘘をついている」と反論している。
それにしても、ウクライナに供与されている「ジャベリン」や「スティンガー」ミサイルなどが少しでもあれば、軍の航空優勢はたちどころに崩壊、地上戦の敗北と相まって戦況は劇的に変化するであろうに。
<恐怖と暴力が共通する統治手段、ロシアとの関係深める軍事政権>
アセアンからさえも締め出され、孤立を深めているミャンマー軍事政権。同類相哀れむで、西側国際社会から強い制裁を科され、ウクライナ戦況も芳しくないロシア・プーチンに急速に接近し、なんとか経済的軍事的な援助を得て対外的対内的な劣勢を挽回しようとしている。
ミンアウンライン、念願かなってプーチンと。9月7日、「東方経済フォーラム」にて
この9月、長い間念願だったプーチン大統領との直接交渉を実現。増大する中国の影響力とバランスするためにもロシアとの関係強化は最優先事項であった。ミンアウンライン議長は、ロシアを世界の最強国の一つであると、またプーチンを「世界のリーダー」だと天まで持ち上げ、石油製品の確保・軍事援助・原発開発・経済関係の深化などいくつかの重要なアジェンダで成果を上げることに成功したように見える。
●原油の高騰のなか、国内の重篤な電力不足に対処するためにも、安定的かつ安価な石油確保が急がれていた。今日まで数カ月にわたって広範囲な停電が続いている※。最近では、燃料価格の高騰により、公共バスの間引き運転や運行時間短縮まで余儀なくされており、経済と市民生活の足を引っ張っている。
ロシアにとっても西側への売り先を失いつつあるなかでは、ミャンマーの要請は渡りに船であった。まもなく石油タンカー第一号がミャンマーに到着するという。ただミャンマーには石油精製能力がないので、硫黄分の多いウラル産の原油をそのまま輸入はできないはずである。またロシア産石油を運ぶタンカーには保険契約禁止というEU制裁がかけられているので、それをかいくぐるにはコストの面でも輸入規模の面でも制約が大きいと思われる。
※日本にいると信じられないであろうが、いわゆる計画停電は平等に行われるわけではない。富裕層や権力層の住むエリアは停電ゼロ、他方貧困層や非ビルマ族エリアでは、停電は長時間多発する。
●石油や兵器等の輸入に関して、ロシアの電子決済システム「MIRミール」を11月にも導入し、ミャンマーの国内通貨であるチャットとルーブルが直接両替できるようにするとしている。しかし決済するためには原資が必要である。外貨準備高不足で支払い能力の危ぶまれる国に、ロシアはどこまでつき合うであろうか。
●数年内にロシアの協力で原子力発電所(小型モジュール原子炉)を建設する計画を明らかにした。原子力の表向きの平和利用の裏には、北朝鮮に倣って核保有国になりたいという願望が透けて見える。しかし核開発に必要な資金とファンダメンタルズ―基礎技術、技術者、電力などのインフラ―に欠ける国に、どこまで遂行能力があるのか疑わしい。ロシアの完全な従属国になるしかないのでは。
●軍事協力関係の強化。地上戦の劣勢を挽回すべく、軍は攻撃ヘリやジェット戦闘機による空爆を強化している。イラワジ9/20によれば、ロシアからまもなく新型のスホーイSU-30SMジェット戦闘機が国軍に引き渡されるという。最新鋭の戦闘機が、一般の住民を標的にして攻撃すれば、どれほどの死者が出るのか。ロシアは、2018年に締結した約2億400万米ドルの契約に基づき、ミャンマー向けに6機の戦闘機を組み立てているという。ロシアだけではない、中国は戦闘機や輸送機を、その他、セルビアなどがロケット弾や砲弾を、インドが遠隔地防空基地を提供していると、国連人権事務所は報告している。
ミャンマー軍用のSU-30M戦闘機を組み立てているイルクーツク航空工場をミンアウンライン自ら視察。イラワジ
<マレーシア外相、NUG政府との対話呼びかけ>
先にマレーシアのサイフディン・アブドラ外相は、ミャンマーにおける暴力の停止と平和回復のため、国民統一政府NUGと直接対話するよう呼びかけていた。同外相はみずから実践すべく、9月初旬ミャンマーの6つの市民団体と会談し、現地の状況や人道支援などについて協議したと、独立系メディアのミッジマが9月11日に伝えている。さらに11月にアセアン首脳会議が予定されているが、アブドラ外相は、もし「5項目合意」が有効でないとすれば、それに代わるものを11月には協議する必要があるとした。
またカンボジア王立アカデミー国際関係研究所のキン・ペア事務局長は、アセアンはミャンマー軍政との対話の努力に見切りをつけ、同国の加盟資格停止や除名に向け、アセアン憲章の改正を検討すべきだという趣旨の主張をしたという(NNA 9/9)。総じてアセアン各国は、7月に内外の反対を押し切ってミャンマー軍事政権が民主活動家の政治犯4人に対する死刑を執行したことで心証を害し、強硬姿勢に転じているといえるだろう。
微々たるものであるが、日本でも同様の動きがあった。日本の防衛省は9月20日、ミャンマー国軍から同省・自衛隊の教育機関への留学生について、2023年度から新規の受け入れを停止する方針を公表した。以前より在日ミャンマー人社会や日本人から強く求められていた国軍との悪しき関係をようやく一部断つことになった。日本からの留学帰りの国軍幹部が、民間人村への空爆を指揮していたという疑惑が持ち上がってから、防衛省はこの事業の継続理由を世論に説得できなくなっていた。
最後に報告:ミャンマーの「政治犯支援協会(AAPP)」によると2021年2月1日のクーデタ以降、9月19日までの軍による民間人の殺害は2299人にのぼり、逮捕者は1万5571人に達しているという。ただし死者数には、軍の空爆や砲撃、掃討作戦などの軍事作戦による民間人の死者数は含まれていないと思われる。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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