全国の自治体で制定された子どもの権利条例(子ども条 例なども含む)は、相模原市の「子どもの権利条例」の制定(2015 年)の後も増え続け、現在、72 自治体が制定しています(子どもの権利条約総合研究所のデータによる、2023 年 5 月現在)。このうち、条例名に「権利」が明記されているのが 45 件、入っていないのが 27 件です
保守派の圧力で, 「こどもの権利基本法」にはならなかったと言われる「こども基本法」のように、「権利」が外された例もあるようですが、内容には権利に関する規定もあり、同研究所は「権利条例」として数えているそうです。こども基本法も、法律名に権利はないものの、個人としての尊重や差別的扱いを受けないこと、意見の表明と社会活動に参画する機会の確保などが定められています。
条例名に権利が入っていない、たとえば東京・世田谷区の「子ども条例」では、前文で「子どもは、自分の考えで判断し、行動していくことができるよう、社会における役割や責任を自覚し、自ら学んでいく姿勢を持つことが大切で す」と、その能力を活かしたり学ぶ機会を確保するまちづくりを宣言。基本となる政策として子どもの参加を挙げ、「子どもが自主的に地域の社会に参加することができる仕組みを作るよう努めていきます」としています。しかし、子どもの権利条約が求める 4 つの原則と権利(詳しくは後述)には、 直接には触れていません。
相模原市の子どもの権利条例は、前文で「子どもの権利を保障することを目的として、日本国憲法や国連の児童の権利に関する条約の理念を踏まえ、この条例を制定します」と明示しています(「児童」は外務省訳の表記です)。ですから、4つの原則と権利もていねいに定めていると言えると思います。
この条例について、制定時の業務を担当した健康福祉局こども育成部こども青少年課は、施行とともに、よく考えた内容の『条文解説』(以下「解説」)を作成しています。その後、これが活用された形跡は全くありませんが、この「解説」の記述も踏まえ、引用したりもしながら、相模原市の子どもの権利条例を読んでいきたいと思います。
◆子どもの権利についての 〈四つの原則と権利〉
条例の第2章は「子どもの権利」で、3条から7条のわたり、子どもの権利の保障と尊重、安心して生きる権利、心身ともに豊かに育つ権利、自分を守り、守られる権利、地域及び社会に参加する権利を定め、第4章は「子どもの意見表明及び参加」で、13条、14条で、子どもの意見表明及び参加の機会の確保、子どもへの情報の発信等を定めています。
この2つの章は、権利条約の4つの原則と権利を踏まえている構成と言えます。つまり、命を守られ成長できること、子どもにとって最もよいこと、差別のないこと、意見を表明し参加できることの4原則と、生きる権利、育つ権利、守られる権利、参加する権利の4つの権利です。両方に「参加」があることには、注目しておきたいです。
「解説」には、「参考」として要所に補足意見が添えられています。できるだけ引用したいと思います。まず第3条に かかわってです。「子どもが、自らの権利を主張する前に、義務や責任を果たす必要があるのではないかという意見が出されることがありますが、子どもの役割や守るべきルールはあっても、子どもの権利は何らかの義務を果たすことを条件に付与されるものではなく、生まれながらに無条件に持っているものです。/子どもの権利に対応する義務は、大人による子どもの権利を保障する義務と考えます」 と、権利には義務が伴うと言いたがる大人たちにクギを刺しています。
第4条の前に第5条の「心身ともに豊かに育つ権利」に関して、自分らしさの保障について見ておきたいと思います。「解説」は「参考」で、こう述べています。「自分らしさを認められることで、子どものわがままを助長するのではないかという意見がありますが……家庭や地域社会において自分のありのままの姿や思いが受け入れられることで、… …安心して育っていけるよう保障するもの」。これは、家庭や地域とともに、学校でこそ求められることです。学校は、子どもにとって、極めて密接で比重の大きな社会ととらえるべきですから。
5条では、安心できる場所で学び、遊び、休息する権利も定めていますが、ここでも学校の状況が問われるといわねばなりません。「解説」は、「成長し、発達していくという子ども特有の過程において、保障されなければならない権利である学ぶ権利、遊ぶ権利及び休息する権利」と指摘しています。付け加えておきたいのは、「教わる・教育を受けとる」という受動的な権利ではないことも押さえておきたいものです。
◆「子どもだから」と差別されない
第4条に関しては、いかなる理由によっても差別されないことや、安全な環境において生活できることなどがありま す。「解説」は、「障害、国籍、性別、家族の状況等いかなる理由によっても…差別はあってはなりません」「子どもが 安心して生活するためには、平和と安全な環境であることが前提」と述べています。ここでも付け加えれば、子どもだから、子どものくせにという「子ども差別」こそ許されないと考えるべきでしょう。また、学校が子どもたちにとって平和な場になっているか?と問うてみる必要もあると思えます。
ちなみに世田谷区の教育大綱(2023 年 11 月に策定)は、子どもについての認識に関して、次のように述べています。小中学生7人が参加して活発に意見を述べた総合 教育会議での議論を経て、定められたものです。
《人はひとりひとり違う。性別も、年齢も、育ち暮らす環境も、資質もそれぞれだ。学びの場での気づきや、学びを深める速度やリズムも、それぞれ異なる。それならば、学びのあり方も多様となる。/学びの場は、学校だけではなく、家庭であり、地域であり、地球全体だ。また、学ぶ人は、赤ちゃんから、子どもであり、大人である。子どもは、『未熟な大人』として、くくれない。大人が忘れかけた理想や希望により近い。個性を持った『独立した人格』だ。》
A4 用紙 1 枚に収まる長さの教育大綱の中ほどの 2 段落。 全文が総ルビ付きです。総合教育会議に参加した小中学生からは、この項目に「うれしい」との言葉がありました。
(全文は、世田谷区役所の HP にアップされています)
◆社会への参加と意見表明権
第 6 条の規定は、「自分を守り、守られる権利」。いじめ や体罰、虐待等を受けないこと、自分の考えを尊重され、不当な扱いを受けないこと、プライバシーを守られ、名誉及び信用が傷つけられないこと、などの保障です。
そして第 7 条が、「地域及び社会に参加する権利」。自分の意見の表明、意見の尊重、意見表明のための情報を得ることへの支援、仲間を作り集い活動する権利などの規定ですが、これにかかわって第4章の「子どもの意見表明及び参加」で、市などが子ども関連の施策や取り組みで、参加や意見表明の機会の確保や、子どもに分かりやすい情報発信等に努める責任を定めています。
必要な情報へのアクセスや入手は、考え議論し意見をまとめるのに不可欠でありに、すぐにできることが多くあると言えます。学校では、図書室の充実、権利や憲法、権利条約や条例の解説書などをそろえるといった、身近な環境整備も行う責任があります。「解説」では、「更なる子 どもの意見表明の機会の確保として、子どもが主体的な立場で『こども会議』を開催するなどの取組を充実させる必要があります」とも指摘しています。
子どもにとって、学校こそが主要な社会だと、すでに述べました。この学校という社会での意見表明と参加(こども基本法では参画)は、実現を急ぐことが求められると思います。
教育大綱で「フルインクルーシブ(包摂)教育」を目指すと明記し取り組んでいる東京・国立市の市長は、次のように語っています。「学校は社会の縮図。みんなで助け合いながらともに学んでいく学校が、ひいては街の空間も作っていくことになります」(毎日新聞 2023 ・ 11 ・ 27、ともに学ぶ)。 地域だけでなく、〈学校という社会〉という認識を広げ、意見の表明、参加の機会を拡充していくことが、学校という社会の在り方、体質を変えていくことにもつながると思われます。そういう学校では子どもたちは、〈教えて⇒学ばせる〉という教育の客体ではなく、「個性を持った、独立した人格」として育つに違いありません。
◆充分に活用されていない権利救済制度
第 6 章は、「子どもの権利の侵害に関する相談及び救済」で、17 条から 30 条までにわたり、子どもの権利救済委員の設置、職務、権限、責務などを定めています。全 33 か条の条例のうちの 14 か条を占めています。
特に第 20 条では救済委員の職務について、侵害に関する相談と助言、支援とともに、「自己の発意に基づき、調査、調整、是正の措置を講ずる旨の要請及び勧告を行う」と定めています。「解説」によると、この「自己の判断」とは、「マスコミの情報や相談を受ける過程での情報などを基に」救済委員が行う判断です。
「解説」は「参考」として、救済委員の位置づけと性格に関して、「①子どものエンパワメント(自分自身で問題を解決する力、自立する力)を促進するもの、②第三者性を有するもの、③一定の権限を有するもの、④条例を根拠とする救済制度」を挙げ、権限を有することにつき、「職務の遂行に当たっては、迅速性、専門性等を発揮するため、独任制(原則として、一人の救済委員により最終的に物事が決 定される方式)により問題解決に当たります」と記しています。また、救済委員の職務を補佐するために、子どもの権利相談員が置かれます。
さがみはら子ども権利相談室が青少年学習センター内に置かれ、子どもも含む市民からの相談に対応しています。しかし、権利救済委員の「自己の発意」に基づく調査などは、これまで 1 件も行われていません。発動すべきかどうかが話し合われたこともないらしく、条文はまるで活かされてれてはいないようです。たとえば、重大事態と認定され 第三者委員会に諮問されたいじめ転校事件があります。
子どもと保護者に対する学校や市教委の対応が、人権・人格への敬意にかけていたのではないか、という疑いもあります。大野南中で生徒に不当なラベリングをし、新聞取材に人権問題だと認めた事例などもあります。
20条に限らず、条例自体の存在感が薄いと言わざるを得ません。ここで紹介した「条文解説」を補強して冊子として発行し、学校図書室に配布するなど、活用したいものです。
初出:「季刊 相模原市民がつくる総合雑誌 アゴラ」107号(2023冬号)より許可を得て転載
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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