アメリカに「包容」を求める? 中国

       ―八ヶ岳山麓から(504)―

 アメリカ次期大統領トランプ氏の最新の記者会見での発言は、America Firstそのものであった。パナマ運河を取り戻す、カナダはアメリカの1州にする、グリーンランドをアメリカ領にする、メキシコ湾の名称をアメリカ湾に変えるという。まるでプーチンばりの主張だが、どうやら正気らしい。4年の任期中にいくつかものにするかもしれない。これからが見ものだ。

 だが、トランプ氏にとってMake America Great Againの最大の邪魔な存在は中国である。ニュースで知るトランプ人事は対中国シフトである。Xとテスラを支配するイ―ロン・マスク氏が最側近のようだし、次期副大統領のバンス氏は、かつては「反トランプ」だったが、いまはトランプ氏のどんな政策も熱烈に支持する。国務長官のルビオ氏は両親がキューバ人移民2世で、外交政策では、対中強硬派として知られ、台湾支援を強く主張する。さらに、商務長官のタトニック氏は製造業の国内回帰、つまりAmerica Firstを訴えるなど強硬姿勢は明らかだ。

 さあ、中国はどうするのか。
 中国人民日報傘下の環球時報は昨年12月26日付で、王帆 「米中関係の発展は 『競容』に向かうことができる」 を掲載した。王氏は外交官養成機関である外交学院院長である。以下の王氏の主張は、トランプ氏の中国シフトを睨んでものを言っていると考えたい。
  まず、王氏はトランプ1期目からバイデンに続く米中関係の現状を嘆いてこう言う。
「中国とアメリカの関係は『非敵非友』であり、『競争的相互依存関係』であった。以前は北朝鮮の核問題、テロ対策、気候変動など多分野で深い協力関係にあったのに、現在は、わずかに気候変動や麻薬関連犯罪対策ばかりである。軍事的な連絡や交流は、しばしばアメリカ側の要因によって影響を受けており、危機管理メカニズムはまだ存在しているが、その実効性は憂えるべきものとなっている」
 
 王氏は、米中関係が疎遠になった原因をアメリカの対中国貿易政策に求めて、アメリカに譲歩を呼びかける。同氏の論評の以下の部分は1月8日の本ブログ拙稿の繰り返しになるが、お許しいただきたい。
 「『競争』とは、ゼロサムではなく、その手段は温和・正当・合理的であって、排他的ではなく、両立可能なものである。『競争』を実現するためには、まずアメリカが融和的でなければならない。特にハイテク分野でアメリカを凌駕できる国は世界にはないのだから、アメリカが過度に心配する必要はない」
 そこで王氏は、「米中関係を『競合』という言葉で定義するだけでは不十分であり、『競容』という言葉も必要だと考えている」と主張する。王氏は「競容」を「競争と包容」ないしは「競争と寛容」と考えているらしい。偉大な中国がライバル国に「融和」や「包容」をもとめるとは!

 アメリカが中国原産製品に高関税をかければ、中国も対抗措置をとる。これはトランプ1期目の攻防でわかっている。だが、こんなことをやれば国民は、より高い中国の軽工業製品や電子製品、その他の製品を買わなければならない。それと同時に、中国の労働者の一部は職と収入を失う。さしあたって、中国の対抗措置は、レア・メタルの輸出停止と対抗関税だろう。そこで王氏はくりかえす。
 「アメリカは自国の競争力を刺激する競争相手を失い、(中国という)自尊心の高い『敵』を加えるならば、正しい競争の路線から逸脱することになる。したがって、中国とアメリカの『競容』は、どちらの国の妥協的譲歩ではなく、両国の発展に明らかに有利な、最も合理的で有益な選択であるはずだ」

 思えば2020年12月、イギリスのシンクタンクは、中国が当初予測よりも5年早い2028年までに、アメリカを抜いて世界最大の経済大国になるとの報告書を発表した。COVID-19への中国の「巧みな」管理能力が、今後数年間でアメリカや欧州と比較して相対的な成長を後押しするだろうとした、この予想は日米だけでなく西ヨーロッパ諸国にも強い衝撃をもたらした(BBC)。

 これに合わせるかのように、戦狼外交という言葉が広まったのはコロナ禍のさなかであった。それは習近平氏の「一帯一路」というスローガンと相まって、中国の威嚇を伴った外交姿勢として受け止められた。
 尖閣海域での中国海警船の活発な挑発行為、南シナ海での洋上軍事基地建設、それにともなうフィリピンとの対立、インド兵多数の死者を出した中印国境紛争、ブータンのドクラム高原への軍事進出、オーストラリアのCOVID-19の起源調査要請に対して発動した牛肉禁輸措置や、韓国のTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)配備への制裁として中国人の韓国観光旅行停止など。
 当時、 駐米大使からいきなり外交部長(外相)に昇進した秦剛や、駐パキスタン大使館員から外交部報道官に抜擢された趙立堅などの外交官は、当時、礼儀知らずの成り金のような口の利き方をした。ところが、これらの人々は、突然中国外交畑から消えた。
 つづいて中国の外交姿勢に軟化の兆しが見えた。のちにこれを裏付けたのが、環球時報(2024・09・05)に掲載された「アメリカ国会議員との交流を増進し、米中関係を安定したものにしよう」という論評だった。この筆者は王氏と同じ外交学院の国際関係研究所教授李海東氏。これは中共中央に米中関係改善の意志があることを示唆していた(八ヶ岳山麓から(487)参照)。
 
 中国外交軟化の理由らしいものとして、思いつくのは、周辺諸国からのマイナスの反応とともに、長引く経済不況である。2010年、中国のGDP成長率はピークに達し、日本を追い越した。そして、習近平氏が中国の最高指導者に就任するころから、中国は低成長期に入った。
 習近平主席は、独特の社会主義観によって国有(国営)資本を優遇し、不動産企業、アリババやテンセントなどの民間大企業を抑圧した。コロナ禍対策の厳重な都市封鎖による中小零細企業の大量倒産、それに伴う失業にも何の救済措置を取らなかった。そして、いま中国社会では、不動産の値崩れはないという固い観念がもろくも崩れ、人口減少から来る労働力の減少が追い打ちをかけ、デフレマインドが人々をつかんで離さない。
 2020年のアメリカのGDPは21兆ドル、中国は14兆ドルだった。その差7兆ドル。2023年のアメリカのGDPは27兆ドル、中国のそれは17兆ドル。その差は10兆ドルに開いた。
 
 もとへもどろう。このように経済不振が長続きし、生活が苦しい庶民の中共への信頼はなくなった。民衆による支配者選出制度のない中国では、一党支配の正統性は揺らいでいる。だから習近平氏は言論を弾圧し、庶民を締め上げざるをえない。
 だが不景気程度のことで、「中華民族の偉大な復興すなわちChina First 」を呼号してきた習近平政権がアメリカに膝を屈するだろうか。「融和」や「包容」をアメリカに求めなければならないほど弱気になれるものだろうか。――民衆が抵抗すれば、あの天安門事件のように機関銃の一斉射撃でことは済むのだから。
 むしろ、こうした一種の「媚態」は、トランプ政権のリアクションを見るための「くせ球」かもしれない。ならば、中国外交学院院長と外交学院教授の論評は政権の意図をそのまま代弁したものではない。しかし二人の論調からすると、少なくとも習近平政権の一部の声を代弁しているようにも思える。わたしはどこかで勘違いをしているかもしれない。間違っているならどうか教えていただきたい。     (2025・01・09)

初出:「リベラル21」2025.01.11より許可を得て転載

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