自民党西田昌司参院議員(京都選挙区)「ひめゆりの塔」発言の波紋、共産党は従来型の選挙活動で現有議席を維持できるだろうか(3)
5月8日の各紙朝刊は、西田発言をめぐってくっきりと立場が分かれた。地元の京都新聞は1面トップの特大記事で報道、社会面でも関係者の抗議の声を詳しく伝えた。全国紙(大阪本社版)では、朝日新聞がこれに匹敵する扱いで総合4面と社会面に特大記事を掲載し、毎日新聞は社会面で大きく伝えた。これに対して日経新聞と産経新聞は3段記事程度の小さな扱い、読売新聞に至っては(何回も読み直して確認したが)どこにも関係記事がなかった。インターネットでは読売新聞もそれなりのニュースを流しているが、肝心の紙面で黙殺したのはどうしてだろうか。そのうちに知り合いの記者に尋ねてみたい。
京都新聞の見出しを拾ってみると、「ひめゆりの塔『歴史書き換え』、自民・西田氏発言、撤回せず」「沖縄戦慰霊、資料館は反論」「『全体的な印象』西田氏」(以上1面)、「沖縄戦の惨禍 否定された―自民・西田氏 ひめゆりの塔『歴史書き換え』発言」「県内から批判の声『実相を知って』」「『学徒隊を侮辱し、軽率』京の関係者ら疑問や怒り」「体験者思いを踏みにじる、ひめゆり平和祈念資料館・普天間朝桂館長」「歴史的事実の認識を、沖縄国際大学・石原昌家教授」「歴史観と発言意図を説明、西田氏『違う形で切り取られた』」「西田氏発言要旨」(以上社会面)など、編集意図がよくわかる記事となっている。
京都新聞記事の特徴は、西田氏が5月7日の国会内記者会見で「大きな流れとして、沖縄で日本人を守るためにたくさんの犠牲が出て悼むと同時に、そういう戦争がなぜ起こったのかをもう一度考えないと沖縄の方々が救われないという趣旨の話をしたが、違う形で切り取られた」と主張したことに対して、5月3日に那覇市で行われた憲法シンポジウム記念講演での西田発言を記録した琉球新報の取材録音データに基づき、「西田氏発言要旨」(後述)を掲載していることである。この発言要旨は、いずれ「言った、言わない」の論争に決着をつける重要なデータになるだけに、ジャーナリズムの基本に基づいた編集方針を表すものと言える。
朝日新聞は「ひめゆりの塔・沖縄戦 西田議員『むちゃくちゃな教育』」「『歴史書き換え』反発拡大」「館長『血にじむ証言、踏みにじる』」「自民県連『抗議する』」「議論・対話経た成果 否定は乱暴、成田龍一日本女子大名誉教授」(社会面)、「ひめゆり発言 公明苦言」「西田撤回せず『参院選影響』懸念も」(総合4面)というもの。社会面の記事もさることながら、西田発言の参院選への影響を分析した総合面の記事が光っている。参院選(京都選挙区)で西田氏の推薦をすでに決定している公明党が、推薦を取り消すか取り消さないかで京都選挙区の情勢が大きく変わるからだ。以下はそのくだりである。
――西田氏の発言は、大きな波紋を呼んでいる。「公明党の沖縄県本部としては憤り、遺憾の意が表明されている」。5月7日の自公幹事長らの会談で、公明の西田実仁幹事長が苦言を呈した。会合後の記者会見でも「思いは(沖縄県本部と)同様だ」と強調。一方、公明が決定済みである参院選での西田氏への推薦を見直すかについては「まず発言の撤回ならびに謝罪、歴史の検証を本人に強く求めることが大事だ」と述べるにとどめた。
――立憲民主党の小川淳也幹事長は会見で「野党第1党の立場からも、極めて不適切であるということを申し上げる」と指摘。共産党の小池晃書記局長も「本当に許し難い言語道断の暴言、妄言だ」と厳しく批判した。参院自民は7日、西田氏から発言の趣旨などを聞き取り、沖縄の人々への配慮を求めたという。沖縄選出の国会議員の一人は「何を思うかは個人の自由としても、沖縄に来て言ってはダメだ」と憤った。参院ベテランは「参院選に影響が出る」と懸念を漏らした。
前回の拙ブログでは、現職の西田氏が「裏金疑惑」や「北陸新幹線京都ルート問題」で有権者の反発を買い、必ずしも安泰ではないことを述べた。また「自民べったり」の公明が性懲りもなく自民推薦を繰り返している点についても、自民支持者の間ではこれまでになく批判が高まっていることについても書いた。だが、今回の西田発言はそれどころの比ではない大きな衝撃となって京都選挙区を揺るがしている。
今日5月9日の各紙の論調や今後の成り行きを見てから最終的に判断しようと思うが、私は西田氏の3選は極めて厳しくなってきたと考えている。理由は幾つか考えられるが、主なものは以下の3点である。
(1)これまで「極め付きの右派」として知られてきた西田氏は、安倍派の中核議員として岩盤保守層の支持を受けてきたが、「裏金疑惑」で信用を無くした上に北陸新幹線京都ルートに固執し、地下水の枯渇や汚染を懸念する関係業界から大きな反発を受けるようになった。京都府知事も京都市長もこの情勢を見ていて慎重な姿勢を崩しておらず、行政の同意が得られるかどうかは目下「五里霧中」の状態にある。なかでも京都ルートを「千年の愚行」と指弾する京都仏教会の影響は大きく、京都の名刹を敵に回すような大工事を強行することはまず不可能と言ってよい。西田氏は参院選までは鳴りを潜め、3選後には路線決定に持ち込む算段をしていると言われるが、参院選の論戦では北陸新幹線京都ルート問題が俎上にあがることは間違いなく、議論が進めば進むほど西田氏は劣勢に追い込まれていくだろう。
(2)西田氏の選挙基盤の一翼を支えてきたのは公明党だ。参院選京都選挙区における公明党の比例得票数は、2013年13万2466票(得票率12.5%)、2016年12万8802票(12.3%)、2019年11万8386票(12.4%)、2022年10万4233票(10.1%)と次第に減少してきているが、それでも得票数10万票、得票率10%は下らない。一方、西田氏の得票数は、2013年39万577票(得票率36.9%)、2019年42万1731票(44.2%)なので、得票数のほぼ4分の1を公明党から得ていることになり、それが断トツ当選の原動力になってきた。
(3)しかし今回は、公明党の推薦を確保できるかどうかわからなくなった。公明党が言う通り「発言の撤回ならびに謝罪」をしても、彼の根絡みの歴史修正主義的史観を変えることは不可能に近い。西田氏が歴史観を変えずに口先だけの撤回と謝罪をしても公明党支持者は納得しないだろうし、もし公明党幹部が推薦を見直さずに選挙戦に突入すれば、京都選挙区のみならず全国の選挙区で公明党は有権者の厳しい批判に曝され、得票数の低下に歯止めがかけられなくなる。おそらく公明党は西田氏への推薦を取り消さざるを得なくなるだろうが。それが遅れれば遅れるほど公明党の傷は深くなるから、早い段階で決断が下されると考えてよい。
参院選京都選挙区は、国民民主党の候補者擁立を待つまでもなく乱戦模様に入った。今後の選挙情勢の変化は京都選挙区にだけにとどまらない。京都選挙区は、自公与党の成否を占う「台風の目」になっている。その行方を注視したい――、ここまでの文面は5月9日に書いたものである。
しかし、9日午後、西田氏は国会内で記者会見し、沖縄戦で犠牲となった学生たちを慰霊する「ひめゆりの塔」発言に関し一転して「非常に不適切だった。沖縄県民におわびを申し上げ、訂正、謝罪する」と述べた。8日の記者会見では「撤回はもちろんないです。事実を言っていますから」と断言していたにもかかわらず、僅か1日で態度を豹変させたのだ。その理由は、事実関係を調査するなかで「ひめゆりの塔は沖縄県民にとって大きな苦しみの歴史、大きなトラウマとなっていると痛切に感じた」からだという。
5月10日の朝日・毎日両紙によれば、西田氏は「丁寧な説明なしにひめゆりの塔の名前を出して講演したことは不適切だった。関係者にお詫びし、発言は訂正削除する」と謝罪した。だがその一方、展示を巡る事実関係については「事実だという前提で今も話している」と強調し、「沖縄の場合は地上戦の解釈を含めて、かなりむちゃくちゃな教育のされ方をしている。自分たちが納得できる歴史をつくらないと、日本は独立できない」という発言についてはあくまでも撤回しなかった。
この「謝罪発言」は、講演で「ひめゆりの塔」を取り上げ、「丁寧な説明」をしなかったという〝話し方〟を訂正しているだけのことであって、日本軍によって多数の生徒が戦場に駆り出されて命を落とした事実、沖縄住民を巻き込んだ激しい地上戦で多数の住民が犠牲になった事実については、「地上戦の解釈」という言葉であいまいにしている。そこには、沖縄戦の歴史的事実をあくまでも認めようとしない〝歴史修正主義〟(第二次世界大戦や太平洋戦争に関わる戦争犯罪・戦争責任を否定または相対化する立場)の見解が表明されている。そのことは、沖縄の戦後平和教育を「むちゃくちゃな教育」と罵倒している点においても確認される。
沖縄の地元紙・琉球新報は、2025年5月6日の社説で西田発言を厳しく批判している。
――自民党参院議員の西田昌司氏が憲法記念日の3日、那覇市内で開かれた「憲法シンポジウム」で、ひめゆりの塔の説明板に関して「歴史の書き換えだ」などと発言した。西田氏は、何十年か前に訪れたというひめゆりの塔について「要するに日本軍がどんどん入ってきて、ひめゆりの隊が死ぬことになった。アメリカが入ってきて沖縄は解放されたという文脈で書いている」と述べた。
――基本的な事実関係を指摘しておく。少なくとも、ひめゆりの塔の前にある1975年建立の石碑に刻まれている「ひめゆりの塔の記」には西田氏が言うような「文脈」はない。「歴史の書き換え」と断ずるような文章をいつ、どこで目にしたのか。あいまいな記憶で沖縄戦の事実をゆがめるような発言をしてはならない。西田氏は「まるで亡くなった方々が報われない。歴史を書き換えられると、こういうことになっちゃう」とも述べた。さらに、自身の選挙区の京都府を引き合いに「ここまで間違った歴史教育は京都でもしていない。かなりむちゃくちゃな教育をされている」とまで言い切った。それこそ、沖縄戦の史実をゆがめ、体験者証言や沖縄戦研究を愚弄するものだ。
――ひめゆりをはじめ、旧制中学校や師範学校の生徒が1945年3月、学徒隊や鉄血勤皇隊、通信隊などとして組織化され、戦場に駆り出されたのは、まさしく日本軍の方針に基づくものだった。県も名簿提出のかたちで鉄血勤皇隊の動員に関わった。1945年5月末、時間稼ぎのための戦略持久戦を続けるために本島南部に撤退した日本軍と共に生徒たちも移動し、激しい地上戦の中で命を落とした。6月18日の解散命令以降、戦場に放り出された生徒は弾雨の中をさまよい、命を落とした。まさに日本軍の作戦による犠牲である。このような事実を西田氏はどこまで認識しているのか。
――平和教育に対する偏見も許しがたい。沖縄の平和教育は、惨禍を二度と繰り返さないという県民の決意、「軍隊は住民を守らない」という教訓を踏まえている。体験者証言と沖縄戦研究に基づき平和教育の実践がある。そこには沖縄戦のみならず、日本全体の平和教育にも通じる普遍性がある。さらに言えば、沖縄戦の実相をゆがめようとしているのは国の側である。歴史教科書の検定の過程で、日本軍による住民虐殺や「集団自決」(強制集団死)に関する記述が削られたり、書き換えを強要されたりした。それに対し、超党派の県民運動で記述回復を求めたこともある。
――講演会を共催した自民党県連の責任は重い。なぜ、このような発言を許したのか、自民党県連は説明責任を果たさなければならない。
京都新聞社説(5月9日)も「ひめゆり発言、西田氏は撤回すべきだ」と主張している(要旨)。
――沖縄の痛みを踏みにじるような発言が、京都選出の与党国会議員から出たことは極めて残念だ。「発言の切り取り」といった常套句でかわせる問題ではない。西田氏は「昔のことで細かい記憶はないが、全体的な印象を述べた」というだけだ。「(真意と)違う形で切り取られた」と報道に責任転嫁するような口ぶりで、撤回を拒んでいる。事実に向き合わず、自らの歴史観による「書き換え」ではないか。
――西田氏はこれまでも戦後教育の批判や戦時中の「教育勅語」の評価などの持論を主張。今回も沖縄の平和教育について「地上戦の解釈も含めてかなりむちゃくちゃ」と一方的に断じている。今回の発言には、共催した自民沖縄県連でさえ「県民感情を逆なでする」とし、県議会で抗議決議の裁決に動いているという。
今回改めて各紙の社説や論説を読み比べてみたが、西田氏の「謝罪会見」は却って本人の〝極右体質〟を際立たせるもので、こんな人物が2期12年にもわたって「良識の府」と言われる参議院議員を務めていたのか――との思いを強くしただけだった。自民党京都府連の関係者からも「こんなんで選挙を戦えるのか。言い訳から入らないといけない」と、府連会長を務める西田氏の言動については疑問視する声が上がり、公明党府本部幹部は「公明党の歴史観、価値観とは相いれない。支援者からはあのような方に推薦を出すのはどうなのか、推薦を取り下げたらどうか、といった凄まじい批判がきている」と話した(朝日新聞京都版5月10日)。
公明党の西田実仁幹事長は5月7日、公明が決定済みの参院選西田推薦を見直すかについては「発言の撤回ならびに謝罪、歴史の検証」を本人に求めることが先決としたが、西田氏の「謝罪発言」はこの要件を全く満たしていない。この点をあいまいにしたままで参院選に臨むとすれば、自民のみならず公明への批判は免れない。公明の対応が注目される。(つづく)
初出:「リベラル21」2025.5.12より許可を得て転載
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