トランプ2.0はアメリカをどこに向かわせるのか?

McCoy, Alfred ”In the Shadow of the American Century”を読む

第二期トランプ政権は筆者の想定どおり、アメリカに混乱と衰退をもたらしている。彼の経済や外交などの政策(活動?)について、遠大で深遠な構想に基づいているのではないかと、真面目に解釈を加えようとしている論者もいるが、そのようなものはないだろう。ただ彼と彼の一族や取り巻きたちの金銭的利益の追求と本人の全能感による自己陶酔という姿しかみえない。しかし「アメリカの凋落」という大きく長い文脈からみれば、衰退を加速させつつある彼の果たしている役割はそれなりに理解できよう。

アルフレッド・マッコイという研究者
アルフレッド・マッコイという研究者はあまり日本人には馴染みがない。筆者も目加田説子中央大学教授の新聞記事(「東京新聞」、2025/2/9)に接するまで知らなかった。著作もそれほど多くはない。邦訳ではアジアにおける薬物の生産・流通に関する『ヘロイン―東南アジアの麻薬政治学』(サイマル出版会)が、1974年に出版されている。
同時期にベトナム戦争におけるアメリカ軍の諜報活動についての調査・研究を進めていたらしく、邦訳は出ていないがCIAの諜報活動などに関する本が出版されている。著者の調査活動はジャーナリズム的要素が含まれる。例えば、ドローンの軍事利用はベトナム戦争においてアメリカ軍がすでに多用していたという話題を取り上げ、ジャングルのなかのホーチミン・ルートを探るため、人間の糞尿を嗅ぎつける機器を付けたドローンを飛ばすなどしていたという。一方の北ベトナム側はアメリカ側を惑わすため糞尿をルートから離れた個所に撒いていたなど、調査内容がたいへんに具体的なのである。
そのマッコイの近著が、表題に示した『暮色のなかのアメリカの時代』(McCoy, Alfred ”In the Shadow of the American Century, Blackstone Pub, 2017)” (未訳)である。帝国主義化したアメリカの世界支配の実態とその終焉に向かう現時点の様相を論じる筆者の議論には、他の政治学者にはない独特の説得力がある。以下は、基本的にマッコイの著書の紹介である。

アメリカの帝国化
1898年のフィリピンの植民地化によりアメリカの帝国主義化が始まった。アメリカにとってフィリピンは、独立運動を制圧する過程で敵対勢力に対する諜報活動の実践を積み上げる場となった。情報収集の技術としての拷問方法などもフィリピンで発達したという。その後、1907年ハワイ、1914年パナマに基地を置き、アラスカ~ハワイ~カリブ海のラインが第一次大戦直前の時点でのアメリカの防衛ラインとなった。
第二次大戦後、アメリカはソ連の「封じ込め」のため、ユーラシア大陸を囲むように基地を展開し、1955年時点で36カ国の450カ所に軍事拠点が置かれた。その後も世界展開を続け、現在では海外に700カ所以上、1763機のジェット戦闘機、1000の弾道弾ミサイル基地、600隻の海軍艦船を展開している。しかし1991年のソ連崩壊により、アメリカの軍事的な世界展開はその意味を大きく下げたはずであった。軍事的優越性を持て余したアメリカの選択は、冒険主義的な軍事力の行使であった。マッコイは、帝国が崩壊する時、帝国は冒険主義的な軍事行動をとることが多く、その後の崩壊の速度は意外と早いと指摘する。

帝国が衰退・崩壊する時
マッコイは、帝国が滅亡する際に軍事的冒険・惨劇が生じた例として、BC415年の古代アテネのシラクサ(シシリー島)遠征、第一次大戦直後のスペインのモロッコ遠征、1956年のイギリスのスエズ侵攻をあげ、アメリカのそれは、2001年のアフガン侵攻と2003年のイラク侵攻が当たると指摘している。イラク侵攻では4,800人の兵士の生命と1兆ドルをつぎ込んだ挙句に撤退を強いられた。アフガニスタンでは2,300人の兵士と2.2兆ドル以上を失い、アメリカが樹立した政権も一瞬のうちに崩壊した。
さらに、一旦物事が悪い方向に進み始めると帝国の崩壊は驚くほどの速度で進むとする。植民地を失ってから、大英帝国は17年間、ポルトガルは1年、ソ連は2年、フランスは8年、オスマントルコは11年で、政権が崩壊したとする。アメリカに当てはめると2003年から27年程度を経て、2030年にはその支配力を失うだろうとする。
帝国が傾くとき、社会には著しい混乱が生じ、少なくとも一世代程度の経済的窮乏がもたらされる。経済活動が冷える一方で政治の熱量は上昇し、国内の深刻な対立が生じる。まさに我々が現在見ているトランプ政権下のアメリカ社会で進行している事態である。
本書が出版されたのは、第一期トランプ政権発足直後だったが、マッコイはトランプ政権がアメリカの国際的に優越な地位からの転落を進めるものであることを指摘していた。つまりトランプは、NATOを侮辱し、アジアの同盟国を突き放し、貿易条約を破棄し、70年間にわたって維持されてきたアメリカの優越的な地位を支えてきたデリケートなバランスの上に立っていた仕組みを棄損した。結果的にトランプ政権は新しい国際秩序の生成を加速していると指摘するのである。第二期トランプ政権が、これに輪を掛けてアメリカの国際的地位からの転落を推し進めているのを我々は見ていることになる。

アメリカの世界支配の終焉
マッコイは2020年代のアメリカは物価上昇、賃金の停滞、国際競争力の低下の時代と記憶されるだろうと指摘している。衣類からコンピュータに至る輸入品価格は激しく上昇する。価値が低下したドルでは、アメリカ政府と軍の海外活動を賄い切れなくなり、膨張した軍事費の削減を迫られ、海外の数百という軍事基地を整理せざるを得なくなる。その結果、防衛ラインは南北アメリカ大陸の周辺まで下げ、太平洋ではグアムまで下がることになるだろうとしている。それが2030年になるだろうと予測しているのである。
現在、アメリカ軍は日本に47,000人の兵員を置き、87カ所の軍事施設を占有し、中東と中国を主要な対象としたユーラシア大陸支配の頑強な拠点としているが、防衛ラインがグアム・ハワイまで引き下げられれば日本の軍事的利用価値は消滅していく。トランプのあるいはポスト・トランプのアメリカはある日、突然、日本と東アジアからの撤退を宣言することになるはずである。日本政府や政治家たちのなかに、この可能性というより蓋然性について議論する者がほとんどいないのが不思議というしかない。

日本の選択の困難さ
日米同盟こそが、日本外交の基軸と疑わない日本の政治家や官僚たちには残酷な予測となるが、第二期トランプ政権が終わるころまでには、マッコイが予測するようにアメリカの国際的地位の失墜は隠しようのないほど明らかになる。アメリカの撤退によって、日本の政治家・官僚は尻に火が付いたように新しい国際秩序に応じた外交・防衛政策を論じることになる。
その際、わが国の国防費が少なすぎるという議論が出てくるかもしれない。しかしアメリカの防衛費が日本やヨーロッパを守るために使われていたわけではないことははっきりさせておかねばならない。スノーデンが暴露したようにアメリカ軍の諜報機関は全部で16の組織と10万人あまりの人員からなり、その費用は全防衛費の10%を占める。これらの諜報機関がメルケル元独首相など同盟国の首脳たちの電話を盗聴していたことからも、彼らの活動が国際秩序の安定のためではなく、アメリカの「自国の安全」の追求が目的とされていたことは明らかである。
世界の冷酷なパワーポリティックスと新たな国際協調の可能性を探りながら、日本にとって好ましい外交政策と防衛政策を編み出すために残されている時間は限られている。しかし、それは気の遠くなるほどの作業量になるはずだ。いまだアジア・太平洋戦争におけるアジア諸国に対する日本軍の加害を頑なに認めようとしない政治家も少なくない。それは冷戦期のアメリカのご都合主義によって許容されてきただけのことだ。日本はいま戦後80年間の怠慢のつけの支払いから始めなければならない。

初出:「リベラル21」2025.6.3より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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