T・トランストロンメル(スウェーデン、1931~2015)――稠密な詩作品で、現実への斬新な道筋を示す
スウェーデン生まれの詩人、トーマス・トランストロンメルは2011年、ノーベル文学賞を受けた。授賞理由は「稠密で透光性のあるイメージを通じて、読者に現実への斬新な道筋を与えた」。彼の代表的な詩集である『悲しみのゴンドラ』が、エイコ・デューク訳で1999年に思潮社から刊行されている。そこに収められている詩のいくつかを、私なりに目次に従って紹介しよう。
◇『四月と沈默』
春は不毛に横たわる。/ビロードの昏さを秘めた溝は/わたしの傍をうねり過ぎ/映像ひとつ見せぬ。
光あるものは ただ/黄色い花叢。/みずからの影に運ばれるわたしは/黒いケースにおさまった/ヴァイオリンそのもの。
わたしのいいたいことが ただひとつ/手の届かぬ距離で微光を放つ/質屋に置き残された/あの 銀器さながら。
◇『夜の記録から』
五月のある夜 わたしは上陸していた/冷たい月光の中で/草も花も灰色/だが 香りはみどりだった
この色盲の夜に/わたしは 斜面を上に向けて滑走し/白い石たちは その間/月に合図を送っていた。
ひとつの時の枠/数分の長さ/巾は五十八年。
そして わたしの背後の/鉛色の微光が揺れる水の彼方に/別の岸があって/時めく人たちがいた。/顔の代りに/将来を持つ人びとが。
◇『太陽のある風景二つ』
陽は この家のすぐ背後をすべり出て/通りのさなかにかかり/わたしたちの上で息吹き/赤い風を送る。/インスブルックよ わたしはここを去らねばならぬ/だが明日は/灼熱の太陽が/いのちを なかば失った灰色の森にあって/そこで わたしたちは働き そして生きるのだ。
◇『十一月――かつてのDDR(東独民主主義共和国)にて』
全能のサイクロプス(注・ギリシャ神話に登場する巨人の名)の眼が雲に入り/草が炭塵の中で身ぶるいした。
前夜の夢に打ちひしがれたまま/わたしたちが列車に乗りこむと/それが 各駅に停まって/卵を産む。
殆ど 物音はない。/響きわたる教会の鐘はバケツのかたち/ちょうど水を汲んで来たような。/そして誰かの容赦もない咳が/そこらすべてに吠えかかる
石の偶像ひとつ 唇を動かす――/それがこの町。/ここでは鉄のように固い誤解がまかり通る/キオスクの店員 肉処理人/ブリキ職人 海軍士官たちの間を/誤解は鉄の固さなのだ、学究達よ。
わたしの眼の何と疼くこと!/土ぼたるランプの弱い光で読んでいたからだ。
十一月が固い石のキャラメルをもてなす。/思いもよらぬことだ!/ちょうど 世界の歴史が/見当違いなところで笑うように。
いずれにせよ わたしたちはあの響きを聴く/教会の鐘のバケツが水を汲んで来る/水曜日毎に/――水曜日ですって?/そう、日曜とするのは私たちの思い込みなのさ!
◇『一九九〇年七月より』
ある埋葬式だった/そして わたしは その死者が私の想いを/読みとっている気がしたのだ/わたし自身にもまして
オルガンが沈黙し、囀りがあがった。/墓穴は灼けつく陽光下に開かれていた。/わが友の声は/時の裏側にあった
帰路の車を私は洞察されきって運転した。/夏の日のかがやきから/雨と静寂から/月からも見通されていた。
◇『光の流入』
窓の外は春の長いけもの/陽光が透明な龍となって/流れ過ぎる まるで終わりのない/郊外電車のように――頭は見る暇さえなかった
海沿いの家々は横手に移動し/蟹たちのように誇らしげな風情。/陽は彫像たちをも瞬かせる。
宇宙の彼方の怒れる火の海が/地球に届いて愛撫に変わる。/秒読みは始まった。
初出:「リベラル21」2025.6.19より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/blog-entry-6787.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion14282:250619〕