T・トランストロンメル(スウェーデン、1931~2015)――稠密な詩作品で現実への斬新な道筋を示す(13-上で紹介したトランストロンメルの代表的作品『悲しみのゴンドラ』の続き)
◇『子供であるかのように』
まるで子供であるかのようにこの言いようもない侮辱を/袋のようにひとの頭に被せこんだのだ/陽光は袋の織り目越しにちらつき/桜の樹のざわめきも聴えはする
だがそれではどうにもならぬ、この大きな屈辱が/頭も胴体も膝までも覆いつくして/散発的に身動きはしてみるが/春のよろこびも湧きはせぬ。
まあいい、ちかちか光るこの帽子を顔まで引き下げ/編み目を通して見つめることだ。/入り江には無数の水輪が音もなく寄って重なり合う。/青葉の繁りに地面は昏い。
◇『ふたつの都』
海峡の両側にある、ふたつの都/暗く静まった一つは敵に占められたまま。/他方には煌々と輝く灯火。/その岸辺の明るさが暗い側を魅了する。
わたしは夢幻のままに泳ぎ出る/きらめきの揺れる昏い水中に/と、耳をつんざくチューバ(注:大型吹奏器。荘重な音で金管楽器の最低部を担当)の大音響。/ある友の声だ、行け、墓を離れよ。
◇『夜の旅』
わたしたちの下には群衆の雑踏。列車の動き。/ホテル・アストリアに揺れが走る。/ベッド傍のコップの水が/トンネル毎に光をともす。
彼はスバルバード(注:北極海に点在する群島。ノルウェー領)に囚われの身となった夢をみた。/惑星が唸りつつ回転していた。/きらきらするまなざしは氷群の上をわたるのだった。/奇跡の美の存在。
◇『一八四四年からのある素描』
ウィリアム・ターナー(18世紀末~19世紀前半に活動した英国の画家。水彩風景画に優れ、印象主義の先駆者の一人)の顔には褐色の陽灼け/彼は画架を遥かに遠い波間まで持ち出している。/銀緑色のケーブル沿いに私たちも深みへ続く。
彼は水を渉り、死の国の浅瀬に向う。/入ってくる列車がひとつ。もっと近くまでおいで。/雨、雨が頭上を通過する。
◇『沈黙』
行き過ぎるがよい。彼らは葬られているのだ…/雲ひとつ太陽のおもてを掠めゆく。
飢餓は夜毎に移動する/ひとつの高層建造物
寝室の中にエレベーターのシャフトが開き/暗い空間が内部の域に向けられる。
溝の中の花叢、ファンファーレと沈黙。/行き過ぎるがよい、彼等は葬られているのだ・・・
魚のように大きく群れて卓上銀器が生き残る。/大西洋の大きな深みの底昏さ極まるところ。
◇『俳句詩』
ラマ僧院ひとつ/枝垂れ樹の庭に立つ/戦いの絵図に
宮殿の庭の/モザイク板にも似て/静止する思索
急峻のいただき/陽の真下――山羊たち/炎の草を食む
低く霧中に響くうた/遠出の漁船ひとつ――/水の上のトロフィー
そそけた松が絡みあい/いたましさはその湿地にも/永劫のわびしさ
あるまなざしの/大きな翳にわたしは遭った/闇の閉ざしのなか
里程標のひとつづき/みずからさまよい出たかのように/聴え来る山鳩の声
狂人たちの図書室/説話集棚のひとつに/手も触れられず
天井に亀裂が走り/かの死せるひとわたしを見るか/その顔
何事かが起きていた/月光が部屋を照らし渡った/神の知ること
ひそかな雨の音/わたしは秘密ひとつをささやいて/響き合わせる
歩廊の情景/なんと不思議な静けさ――/内面の声
背に神の風/音もなく来る銃撃――/あまりに長いひとつの夢
灰色の静寂/青い巨人が通過する/海よりの冷たい微風
わたしはそこに居たのだ――/そして石灰塗りの白壁に/蠅が集まる
人のかたちの鳥たち/林檎の樹々は花をつけていた/この大きな謎
高圧線の幾すじ/凍れる国に絃を張る/音楽圏の北の涯て
白い陽/孤独なジョギングの行くては/死の青い山
生きねばならぬ我ら/細かく生え揃う草と/地中の嘲笑と
陽ははや低い/われらが影は巨人のもの/瞬時に落ち来る闇
初出:「リベラル21」2025.6.20より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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