ウクライナのマイダン革命を誘導したネオコン
ロシア嫌いのネオコンであるヴィクトリア・ヌーランド国務次官補は2013年に、「米国ウクライナ人協会」において「ウクライナの親NATO派勢力に対して50億ドルを超える支援を行なってきた」と表明した。この発言からしても、米国はかなり早い段階からウクライナをNATOに加盟させるよう工作していたことが分かる。ロシア包囲網による弱体化である。
外交より軍事力を優先するネオコン
翌2014年2月にウクライナのマイダン革命が起こる。この革命を策動したのは、ネオコンのV・ヌーランド米国務次官補や当時副大統領だったジョー・バイデンらである。彼らは親露派のヤヌコヴィチ・ウクライナ大統領を追放するために、マイダン革命を誘導した。この事実はヤヌコヴィチの後継者について、駐ウクライナ米大使との電話のやりとりが曝露されたことで広く知られることになった。さらに、ヌーランドはマイダンに集った群衆の中に現れ、抗議活動の参加者に何物かを配布して回っていた。これもTVニュースで流されたことから米国がマイダン革命を支援していることが世界に知られることになった。もちろんネオコンのヌーランド一派だけで革命が起こせるわけではない。米CIAやその下請け機関である全米民主主義基金・NEDおよび軍事請負会社が濃厚に関与している。そのため、マイダン革命は「ネオコン革命」あるいは「CIA革命」とも称される。 ジョン・マケイン共和党上院議員もネオコンといわれるが、このマイダン革命の前後に数回ウクライナを訪問している。ヌーランドの夫はネオコンの論客であるロバート・ケーガンである。彼は「ネオコンの論理・アメリカの新保守主義の世界戦略」なる著書を出し、「軍事力を増強することで政治力が増すのだ」、と露骨な軍事力優先思想を展開している。ケーガンの世界観は、軍事力を効果的に行使することで米国の世界覇権と権益の確保が実現できるとするものである。
ロシアはNATOの拡大に対抗してクリミアを併合
マイダン革命に米国が関与していることを知ったロシアは、ウクライナがNATOに加盟すれば米(NATO)の基地がウクライナに設置された挙げ句にクリミア半島のセヴァストポリ特別市に租借している黒海艦隊の基地から排除されると分析した。そこでクリミア半島の住民にロシア語話者系が多いことを利用して住民投票を強行し、2014年3月にはロシアに併合した。
これに対し、主としてNATO加盟国や米国と同盟関係にある国々は「国際法違反である」と非難してロシアに経済制裁を科し、さらにG8からも追放する。プーチン露大統領はこの西側の動きに対し、「コソヴォの例がある」と述べてNATOがユーゴ・コソヴォ空爆によってコソヴォ独立を導いたことを例証してクリミア併合の正当性を主張した。NATO諸国は「コソヴォは例外である」とNATOの行為はすべて善意であり、正義であるとの論理を展開してかわした。
NATO諸国はウクライナに武器を提供し訓練を施す
翌2015年に入ると、米国の第6陸軍訓練コマンドが主導するNATO諸国はウクライナ正規軍や民兵組織に武器を提供するとともに訓練を強化した。この訓練は秘密に行なわれたものではなく、テレビの映像でも流されたのでNATOはロシアにもその実態を知らせるつもりだったと見られる。この武器供与と訓練は継続的に実施され、2020年には19ヵ国から10万人を超える義勇兵が参集していた。義勇兵には二種類の人たちが参加している。一つは民主主義的理念で参加した人々、もう一つはネオナチ的理念を抱いている人たちである。ロバート・ケネディJrの息子も義勇兵として参加している。これらの者たちを訓練するために、NATO諸国がウクライナに供与した援助はこの段階で既に70億ドルに及ぶという。 NATOは2016年4月にエストニア、リトアニア、ラトビアおよびポーランドに4個大隊を巡回派遣することを決定。翌2017年には米国は2個戦車旅団をポーランドに駐留させた。2018年にはウクライナに米国防安全保障局・DSCAが対戦車ミサイル「ジャベリン」210基の売却を決定する。NATOは着々と戦時体制を構築した。
さらにNATOに加盟したウクライナ周辺の国家を動員した共同演習を繰り返し行なっている。その演習の中にはウクライナも参加させたクリミア半島への上陸作戦も含まれている。
ロシアとの戦争を予定していたウクライナ
2019年4月にNATOはウクライナを引き込んだ共同軍事演習では、ゼレンスキー大統領の顧問のアレストヴィチがテレビのインタビューで、「ウクライナがNATOに加盟するためにはロシアとの戦争が必要である。ウクライナはロシアの敗北が必要なのだ。この敗北はロシアの崩壊に繋がるものでなくてはならない」と露骨にウクライナ戦争について語った。ウクライナが単独でロシアを敗北に追い込むことは不可能なので、当然NATOの軍事力を期待してのことだと推測すると、ウクライナはかなり早い段階にNATOとともにロシアとの戦争を予定していたと推察できる。
バイデン米大統領の好戦姿勢
バイデンはネオコンではないが、好戦的である。1960年代にベトナム反戦運動が大学で広がった際、彼はこれを称して「バカ者ども」と嘲笑している。1999年のNATOによるユーゴ連邦への空爆にも積極的であり、2001年のアフガニスタン戦争および2003年のイラク戦争にも賛成した。さらに2014年のマイダン革命を誘導してウクライナをNATOに加盟させるよう画策し、親露派と言われたヤヌコヴィチ・ウクライナ大統領に繁く電話をかけ、「ウクライナにお前の居場所はない。モスクワに行け」と脅した。ヤヌコヴィチは居たたまれずにロシアに亡命する。
また、バイデンはポロシェンコ・ウクライナ大統領に、憲法を改定してEU加盟とNATO加盟を規定するよう促した。ポロシェンコ大統領はこれに応じて2019年2月に憲法を改定し、EUとNATO加盟を義務化する条項を付加した。
ゼレンスキーはウクライナ大統領になると、当初は融和的だったが周囲に脅されたのであろう次第に強硬な姿勢を示すことになる。2021年に米国を訪問してNATO加盟を促進するよう働きかけ、同年9月にはNATO軍とともに軍事演習を行なった。ロシアはこれに対抗する形でウクライナ国境地帯に10数万の兵員を集結させる。
NATO(米)は東方不拡大を拒否
緊迫する中、2021年12月に米・ロ間で話し合いが持たれた。この会談でロシアはウクライナをNATOに加盟させないよう強く求めるが、米政府はこれを突っぱねた上、ウクライナ国境地帯に終結させたロシア軍の撤収を強要したために話し合いは決裂した。
マイダン革命を誘導したネオコンのヌーランドは開戦直前の22年1月、「もしロシアがウクライナに侵攻すれば、露・独間のノルドストリーム2は前進しない」とあたかもパイプラインが米・ロ間の事業であるかのような発言をしている。この発言は、米国の覇権者意識と米国で有り余ったシェール・ガスとシェール・オイルの売却を含意している。即ち、ウクライナ戦争において従属国家ドイツの利益など考慮するに値しないということであり、ロシアとNATOの代理戦争の性格を内包していることを明示しているのである。
ドイツは自らが進めてきた東方外交が米国の憤りの元であったことを理解し、「ノルドストリーム2」の稼働を諦めることにする。
ウクライナの挑発攻撃
スイスの諜報機関関係者のジャック・ボーによると、緊迫する中の2022年2月16日にウクライナ軍が「ドンバス地方」の「ルガンスク人民共和国」と「ドネツク人民共和国」への攻撃を激化させた。挑発である。これらの攻撃に加わったウクライナの兵員がネオナチであるとしてプーチンが批判することになる。そして2月21日にプーチン露大統領は抑制してきたドンバスの両共和国を独立国として認める大統領令に署名した。
ロシアは国際法を無視した「特別軍事作戦」を発動
そしてロシアは米国のみに黙認されている軍事行動を「特別軍事作戦」なる特殊な名称をつけて2月24日に発動した。ベラルーシからキーウ方面の北方軍、ドンバス地方の東方軍、クリミア半島からヘルソン州に至る南方軍の3方向からウクライナに侵攻したのである。
ロシアにとってNATOの東方拡大が脅威であり恐怖であったとしてもこのロシアの行為は国際法違反であり、蛮行である。その上、ロシアはウクライナの軍事力を甘く見ていたようだ。ウクライナが「マイダン革命」後の2015年から米国を主としたNATO諸国の軍事訓練を受けていたことを知りながらその効果を把握していなかったのではないか。
ウクライナ側は、ロシアの特別軍事作戦に対する迎撃態勢を十分に整えていた。北方軍のルートではダムを決壊させ、橋も崩落させてロシア軍の行動を制約した。そして、正規軍に加えて義勇軍や外人部隊の駐屯地を移動させ、武器や弾薬の収蔵所を変更するなどロシアのミサイルの標的を無効化する方策をたてていた。そのため、ロシアの第一撃はほとんど効果を上げられなかったばかりか、対戦車ミサイルで「ジャベリン」でロシア軍の戦車は100発100中で撃破され、北方軍は大損害を受けて撤退した。このウクライナ軍の巧みな作戦要領は訓練を施したNATO諸国の指導の下に実行されたと見るべきだろう。
バイデン米大統領はウクライナ戦争が始まると、好戦的な姿勢を示しているポーランドを訪問し「我々はあらためて自由のための大戦争に突入した。我々はこれからの長期戦に向けて心構えを固めなければならない」と演説した。
ロシアの不分明な作戦
それにしてもロシアの戦略には不分明なところがある。10数万の兵員で侵攻したが、その程度の兵員で一国を支配することが不可能なことは常識の範疇であるからだ。ではこの少数の兵員で行なった「特別軍事作戦」で何を得ようとしたのか。プーチンがウクライナのNATOへの加盟を阻止しようとしたこと、およびネオナチのロシア語話者への迫害を排除することを主張していることからすれば、この二つが目的であることは容易に推察できる。しかし、いかがわしさが漂う住民投票を強行してまでザポリージャ州とヘルソン州の併合を図ったのはなぜか。クリミア半島のインフラ機能を維持するためとしてもこれは勇み足といえる。
ウクライナ戦争はNATOとロシアの代理戦争
フランスの歴史学者エマニュエル・トッドは、フランス国内の論壇の雰囲気を見てフランスでの発言を諦め第一声を日本で発した。この第一声でトッドは「ウクライナ戦争は米・英がウクライナを唆したもの」といち早く指摘した。いわばウクライナ戦争はNATOとロシアの代理戦争だと喝破したのである。
ロシアが体制転換で混乱している時に関与した米国の経済学者のジェフリー・サックスは、「ウクライナ戦争は2022年に始まったのではなく2014年2月に始まったのだ。バイデンは上院議員としてNATOの拡大を図ってきた。マイダン革命も背後で操っていた」と鋭く指摘している。
シカゴ大学の政治学者ジョン・ミアシャイマーは「ウクライナ戦争を引き起こした責任は西側諸国、とりわけアメリカにある」と主張して論争を巻き起こした。1999年の「ユーゴ・コソヴォ空爆」の際にイタリア空軍の参謀だったレオナルド・トゥリカリコは「NATOは東方への拡大にとりつかれ、反ロシア・ヒステリーの状態に陥った。その結果が、このウクライナ戦争である」と公共テレビで語った。
メルケル独前首相はウクライナ戦争の意味を知悉していた
メルケル・ドイツ前首相は、2022年12月にドイツのメディア「ディ・ツァイト」のインタビュー受けた際に次のように述べた。「停戦合意を目的としたドンバス地方に関わる『ミンスク合意』はウクライナに時間を与えようとする企てだったのです。ウクライナはこの時間を利用したことによって、現在見られるように強くなりました」と。メルケル前首相はミンスク合意に密接に関わっており、ウクライナ戦争はネオコンが絡んだロシアとNATOの代理戦争であることを示唆したのである。
メルケルとビルトの政治能力の差
一方、中立を棄ててNATO加盟を目論んだスウェーデンの元首相のカール・ビルトは、プーチンのウクライナ侵攻はナチス・ドイツのポーランド侵攻と類似していると分析する。さらに、クリミア半島の併合とズデーテン地方の併合を擬したのである。ビルトはユーゴ連邦解体戦争中のボスニア内戦で「旧ユーゴ和平国際会議」のEU側共同議長を担ったが、NATOを主導する米国のセルビア壊滅の「新戦略」推進策に阻まれて和平に何ら役割を果たすことはできなかった。彼は穏健保守派に位置する政治家だが「旧ユーゴ和平国際会議」において米国に阻まれた経験がありながらズデーテン地方とクリミア半島の併合を擬するのは見当違いというべきだろう。スウェーデンはNATO加盟を選択したが、そのNATOのロシア包囲網そのものがこの戦争の理由の一つとなっているからだ。メルケル・ドイツ前首相とビルト・スウェーデン元首相の分析力には差があるようだ。
NATOとロシアの代理戦争が核戦争に
NATO諸国は2015年前後からウクライナ軍兵士に訓練を施してきたが、ウクライナ戦争が始まると米国は新たに国内でウクライナ兵1万人に訓練を施し、英国は2万人を訓練してウクライナに送り出すと宣言した。もちろん、米・英はウクライナ兵の訓練だけを行なっているのではない。既に、米・英の軍事請負会社や特殊部隊がウクライナ戦争の指導をしてきている。これがウクライナ軍の善戦の理由でもあるが、それ故に長期化は避けられない。長期化して拡大すれば望まないことも起こる。核戦争である。
メディアの劣化状態
現在「戦争の最初の犠牲は真実である」という状況下にある。ウクライナ戦争が始まるとロシア側とNATO側に「戦争ヒステリー」ともいうべき状態が蔓延した。ロシア側は政府の方針を批判すると、「西側のスパイ」として逮捕監禁するなどの弾圧を実施した。
一方西側もロシア嫌いが顕在化してNATOとウクライナからの情報一色となり、異論派を排除して結果的に戦争を煽っている。
歴史学者のエマニュエル・トッドによれば西側のメディアは「ロシア嫌い」の風潮が主流を占めており、フランスの公共放送はトッドの出演を禁止しているという。トッドが母国での発言をためらったのはこのような事情があった。
フランスのメディアはほとんどが富豪の所有する状態へと移行しつつある。フランス政府は「ランブル」に対し、ロシア発のニュースの削除を要求した。ランブルはこれに応え、フランス国内からのアクセスを暫定的に止めることを決定した。
スイスの元諜報機関要員だったジャック・ボーはスイスのメディアが戦争を煽り、ウクライナ戦争の意味を理解することなく戦争のプロパガンダに加担していることを厳しく批判している。
英国でもかつては良心的として信頼されていたBBCやガーディアンも政府と同様に劣化が甚だしくなり、ロシア嫌いの感情が主流を占め、信用できない状態にある。
米国のツィッター社は米国土安全保障省・DHSと定期的に情報を交換し、検閲していた。「1,アフガニスタン撤退時のバイデン政権の失策。2,バイデン政権のウクライナ支援。3,ハンター・バイデンのウクライナ企業との関係」などについての投稿を削除していたのである。また、世界のメディアはネオコンのシンクタンク「戦争研究所・ISW」の情報を多用しているから当然、米国のプロパガンダ機関となっている。
米国の権益拡張のためにノルド・ストリームを爆破
2022年9月に露・独間のガスパイプライン・ノルドストリームが爆破された。この事件について西側のメディアはロシアの偽旗作戦だとの信頼に値しない情報を流布させた。しかし、ジャーナリストのシーモア・ハーシュが自身のブログで米国が演習に紛れて実行したものだと23年2月に曝露する。米国政府は慌てて、ウクライナの特殊部隊が行なったものだとのコメントを出して誤魔化した。もとよりウクライナ単独でできるような工作ではないが、ウクライナとしては武器の大量供与を受けている米国政府に反論できないので沈黙した。スウェーデンはこの事件について調査を終了したと発表したものの内容は秘匿している。のちにドイツの検察はウクライナ人が行なったと特定してポーランドにその身柄引き渡しを要求したが既に移動していたようである。
ウクライナ戦争はネオコンの戦争
ジョンソン英首相は22年4月に突然ウクライナを訪問してゼレンスキー・ウクライナ大統領に会い、トルコの仲介で行なわれていた和平交渉を潰した。さらにトラス英外相が「必要とあれば核兵器の発射ボタンを押す用意がある」と危うい発言をした。世界の諸国や市民は彼らに地球の運命をゆだねているわけではない。とすれば、ロシアとNATOの代理戦争を当面続けることを示したものといえよう。 ネオコンのV・ヌーランドはマイダン革命を誘導してウクライナ戦争に至らせた功績が認められたのか、2023年には国務省におけるナンバー2の国務副長官代行に昇進した。ウクライナ戦争はロシアとNATOの代理戦争であるとともに、ネオコンの工作した戦争であることを示している。しかし、代行で終わり国務次官に戻ったのちに辞任した。
終末時計は89秒前に進む
ウクライナ戦争を受け、終末時計は89秒前に進んだ。核戦争に至る確率は高くはないにしても、それはちらついている。いずれにしても、戦争は破壊と殺戮の積み重ねである。この愚かな戦争は速やかに停止させることがせめてもの人類の理性というものだろう。
国連総会における不統一
西側諸国は国連安保理が機能不全に陥ると、総会でロシアを孤立させる手法を選択した。しかし、総会の決議はいずれも成立したものの棄権や無投票が続出した。総会において投票が割れるのは、単なる利害関係を勘案しての行為ではない。1955年にインドネシアのバンドンで「アジア・アフリカ会議」が開かれ「平和10原則」が採択された。その精神が非同盟諸国首脳会議に結実し、グローバル・サウスといわれる諸国に引き継がれているのである。
非同盟諸国はNATO諸国のかつての植民地主義を記憶し、またNATOを主導する米国が行なってきた中東および中南米、さらにカラー革命などネオコン(米国)が関与した行為を知悉しているが故の冷めた諸国の対応なのである。
批判された広島サミット
2023年5月に「ヒロシマ」で開かれたG7は目前の終末戦争に至りかねないウクライナ戦争を後目に、核兵器の抑止力を認める形で終わった。G7に招かれたインドは「インディアン・エクスプレス」紙で「ゼレンスキーの存在に支配されたG7」との見出しを付け、「インドはロシアとウクライナの間で外交的なバランスを維持しようとしてきた」と立場を明白にした。また、インドネシアの「コンパス」紙は、社説で「世界で重要性を失うG7。米国の野心に彩られている。インド、ロシア、中国を加えなければ課題は解決できない」と正面から批判した。 「グローバル・サウス」として軽く西側陣営に引き込もうとしたG7の意図は、底意を見透かされて批判の対象とされたのである。
和平を望まないNATO諸国
欧州諸国は歴史的に戦争を繰り返してきたが、このウクライナ戦争にもいきり立って冷静さが見られない。シュトルテンベルクNATO事務総長はユーゴ連邦解体戦争では和平国際会議のEU側の共同議長を務めていたが、見るべき成果を上げることはできなかった。NATOの事務総長になると強硬派の米国の代表になったかのような言動をしている。しかし、彼は23年9月に開かれたEUの会議で「NATOをウクライナにまで拡大しようとする米国の執拗な政策推進が、ウクライナ戦争の真の原因である」と口走ってしまった。これが彼の本音だろう。すなわちウクライナ戦争がNATOとロシアの代理戦争であることを明かしてしまったのである。
NATO加盟諸国はウクライナへの武器供与を戦車から米国製戦闘機・F16へと増強し、ネオコンがらみの圧力に添っているので長期化は避けられない。長期戦を企図しているのは低減しつつある米国の覇権を回復する権益確保としての一面がある。
NATOが長期戦を望み、和平には及び腰であるとすればインド、中国、トルコやブラジルなどグローバル・サウスに期待するしかないのかも知れない。2024年4月にショルツ独首相が中国を訪問してウクライナ戦争への和平仲介を提言しているところを見ると、やはりNATOによるウクライナ和平は困難なようだ。
冷静な国際世論による停戦への期待
戦争は膨大な大気汚染を引き起こすが、西側諸国はこの問題に引きつけて戦争を考慮する余裕はないようだ。この状況下では、国際世論によって停戦に持ち込まなければならないだろう。
日本では3月15日に和田春樹が先陣を切って「憂慮する日本の歴史家の会」を発足させ、14名で「日本、中国、インドの3国でウクライナ戦争の仲裁者となることを求める」との声明を発表。さらに、5月には知識人や市民393名がCeasefire Now! と掲げた新聞広告を出した。主旨は「この戦争はロシアのウクライナへの侵攻によって始まりました。いまやNATO諸国が供与した兵器が戦場の趨勢を左右するに至り、戦争は代理戦争の様相を呈しています。核兵器使用の恐れも原子力発電所を巡る戦闘の恐れもなお現実です。Ceasefire Now!の声はいまや全世界にあふれています。G7支援国は武器を援助するのではなく交渉のテーブルを作るべき」とG7の首脳に要請した。
同じ22年5月には、駐ロシア米元大使マトロックら14名がニューヨーク・タイムズ紙に意見広告を出した。その要旨は「NATOの拡大がロシアに恐怖を抱かせたことは否定できない。米国内でもNATO拡大の危険性に警告を発する声もあったが後戻りできなかった。背景には兵器の売買によって得られる利益があった。衝撃的な暴力の解決策は、兵器の増強や戦争の継続ではない。人類を危機にさらす前に、戦争を迅速に終わらせるための外交に全力を挙げることをバイデン大統領と議会に求める」と、NATOの東方拡大に戦争の淵源があり、代理戦争を止めよとかなり踏み込んだ主張を公表している。
人類の利益はウクライナ戦争を止めること
ネオコンは新帝国主義的思想組織とも評される。この思想を米国のみかNATOにも浸透させ、ウクライナでロシアとNATOの代理戦争を起こしている。ネオコンの究極の狙いは米国の覇権の確立であり、ロシアの弱体化と分断支配にある。戦争の先行きは予断を許さないが、地球滅亡に至らないという保証はない。どのような形であれ、ウクライナの破壊と殺戮を止めることおよび地球破壊を回避するためにも早急に停戦に持ち込むことが人類の利益である。
米・中対立による代理戦争を日本が担うのか
ウクライナ戦争の先行きも見えないが、米・中対立も先が見えない。日本政府は「台湾有事は日本有事だ」と言いつのって沖縄の先島に自衛隊基地を設営している。米軍が訓練と称して沖縄に部隊を派遣しているところを見ると、米国に基地建設を要請されたからであろう。
台湾有事を煽る米政府
米CIAは、中国が2025年か2027年に台湾を攻撃すると具体的な年月まで挙げて警告を発している。米国内では戦争を煽る勢力が蠢いている。中国は台湾を手放すことはないが軍事侵攻をするつもりもない。しかし、米国が手を出せば中国も応戦するだろうから、そうなると核戦争になりかねない。米国もそれは避けたいのでウクライナと同様、日本に中国と代理戦争をやらせようということなのだろう。
米国の外交の指針を示すネオコンが集っている「フォーリン・アフェアーズ」は、この台湾有事に備えている日本の首相である安倍、菅、岸田の3人を評価している。この首相経験者はいずれも防衛費を増額した。この増額は米国の兵器を購入することに充当され、また台湾有事の代理戦争の際に、米国のCIAなど諜報機関や軍産複合体の利権およびネオコンの要求を満たすことになる。いま日本は、米国のための中国との代理戦争をする覚悟があるのかどうかが問われているといっていい。
国連総会による停戦決議が有益
2023年10月段階で、EUは810億ユーロ(12兆6000億円)、米国はおよそ1000億ドル(14兆8000億円)をウクライナ戦争に投じている。さらにバイデン大統領は、ウクライナへの614億ドルの緊急予算を議会に要請すると発言している。この予算案は共和党の一部が反対したため議会の決議は先送りされた。しかし、結局24年4月に608億ドルに減額されて可決される。イスラエルへの新規援助も同時に264億ドルの予算が同時に可決された。停戦交渉を進めている一方で煽っているのである。壮大な浪費であるが、それで利益を得ている者たちがいる。ニューヨークの株式市場ではダウ工業株が24年5月に史上最多値の4万ドルを超えた。ネオコンが絡んだ軍産複合体、資源複合体、金融複合体がいずれもウクライナ戦争で巨額な利益を上げていることを示している。2023年の米国の武器輸出額は過去最高の2380億ドルに達している。石油産業も1000億ドル以上の利益を上げていることからすると、ウクライナ戦争を止める必然性が見あたらない。西側諸国の軍需産業はすべて利益を上げている。
ロシアが費やした経費は明らかではない
ウクライナ戦争は熾烈をきわめ、3年を経て2025年に至っても破壊と殺戮の果てを見とおせない状況となっている。代理戦争を行なっているNATO諸国がウクライナ和平を先導することは望めないので、困難かも知れないがグローバル・サウスが主導する国連総会で停戦を採択させることが最善の策ではないか。あるいは世界市民がウクライナ戦争のからくりに気づいて反戦運動を展開することができれば、停戦に動く可能性も僅かにある。ロシアの特別軍事作戦の目標も変容しているようなので困難を伴うが。
論壇人、メディア、政治家の退行
論壇誌「地平」7月号に会田弘継がネオコンがらみの米国の論壇状況についての論攷を掲載しているので読者はそれも参考になる。それにしても日本の論壇の何と貧弱なことか。刮目するような論攷に出会うことは殆どない。これは論壇人の知性が貧弱なのか、読者の思考力が貧弱だからなのかは分からない。おそらく認知バイアスの相互作用なのであろう。私たち「ユーゴネット」は論壇人ではない。ただの市民である。それでも現在発生している事象について歴史的な経緯については配慮しているつもりだ。
顧みて中国がなぜ急激な軍備拡張を行なったのかについて、NATOが駐ベオグラード中国大使館へのミサイル3発を撃ち込んだことに起因することに触れるメディアも論壇人も政治家も全くと言っていいほど存在しない。米国が誤爆だったと釈明するとそれをそのまま信じるという幼稚な解釈をする。そして台湾への武力侵攻があり得るとのプロパガンダに加担して危機的状態だと煽る。米国が台湾に基地を建設しない限り。中国が台湾に武力侵攻することはあり得ない。中国はそれほど愚かではない。 だがそれを利用して防衛費の増強に奔る「ディープ・スティト」は存在する。中国大使館へのミサイル攻撃は繰り返すが米国は意図的に行なった事案である。中国がユーゴ連邦側に通信の使用の便宜を図ったことに対する懲罰的な意図的ミサイル攻撃なのである。中国はそれ以来NATOを仮想敵国と位置づけて軍備拡張を急いだ。これが事実である。
「ウクライナ戦争」については、プーチンが始めたウクライナ侵攻は国際法違反であり蛮行であることは論をまたないにしても、なぜそのようなことをしたのかについて私たちは原因を追究する。しかし日本のメディアや論壇人は現状のみを批判する。ロシアのみを非難するのである。米(NATO)が何を企んできたのかについて触れる論考は殆どない。そして、プーチンの帝国主義的野望を論難する俗論を振りまくのみなのだ。それでは何も分からない。 クリントンがNATOの東方拡大を企み、その加盟国を利用してセルビアへの空爆を行なった。ブッシュJrは7ヵ国を加盟させてウクライナにオレンジ革命を誘発させた。バイデンはさら東方拡大を推進してロシアの軍事行動を誘引した。この米大統領たちが何を企んで実行してきたかについて精緻に触れた論考など皆無に近い。批判を恐れての忖度なのか、無知なのかは分からない。トランプの人を驚かす政策は批判するが、バイデンがロシアをしてウクライナに侵攻させた愚かな企み
を批判した論攷はほとんど目にすることはない。トランプはまさにウクライナ戦争を終結させようとしている可能性が高いにもかかわらず。西欧の政治家を批判の対象とするなら、彼らは日頃「人権擁護」を唱えながら、推進していることは「殺せ!殺せ!」なのである。苦渋の選択であれ、停戦・和平への尽力は貧弱である。シュトルテンベルクNATO事務総長はロシアを叩いて弱らせてから和平の仲介を行なうと発言した。この浅薄な発言は自らが関与してきたNATOの東方拡大に加担してきたことを顧みることはないからなのか。
NATOのユーゴ・コソヴォ空爆はロシアのウクライナ侵攻の淵源
102歳になるフランスの社会学者エドガール・モランは「戦争から戦争へ」なる著書で、「1999年のコソヴォ戦争(ユーゴ連邦)のとき、セルビアへのアメリカ軍(NATO)による空爆は、アメリカに対するロシアの不安と警戒心を増大させた」とし、「ユーゴ・コソヴォ空爆」がウクライナ戦争の前段となっていることを指摘した。さらに、「この(ウクライナ)戦争は、エコロジー的危機、経済的危機、文明の危機、思想の危機などを悪化させ可能性がある。世界大戦を回避しよう」と呼びかけている。これこそが真っ当な理知である。
(下)
2025年7月
*ロシアのウクライナ侵攻は、E・モランも指摘しているように、ユーゴスラヴィア連邦解体戦争の際のNATO諸国の対応と極めて深い関係があります。以下のホームページをご一覧くださると幸いです。 yugo-net.jp/ 市民グループ・「ユーゴネット」
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion14343:250727〕