マッカーシズム(赤狩り)の歴史から
健康状態-国連総会など
9月23日、国連総会の会場にいた各国の代表たちは、認知症患者の症状観察をしている気分だったかもしれない。第一期目の総会演説の際には、トランプ氏が明らかな嘘をついたりや大げさな話をしたりすると、会場からは笑い声が起きた。今回もトランプ氏は息をするように嘘をついたが、会場にはほとんど笑い声はなかった。トランプ氏の深刻な様子を目にして、不安感が支配していたのであろう。
一時間近くの演説のなかでトランプ氏は、幼児退行、願望と現実との混同による虚言・妄想、攻撃性など、認知症の典型的な症状を示した。「前任者の最悪の時代から、私はアメリカを復活させた。食料品やガソリン価格は下がり、唯一上がったのは株価だ」と主張した。もちろんインフレ傾向は止まっていない。「世界中の7つの紛争を解決した。私はノーベル平和賞に相応しい」と主張したが、これも各国代表たちは内心、嘲笑しながら聞いていたであろう。
他の席でトランプ氏は、「過去何代かの大統領を診てきたホワイトハウスの医師から、一番健康状態が良いのはあなただ、と言われている」とも発言している。しかし79歳の肥満体のトランプ氏が、就任時46歳だったオバマ元大統領、やはり47歳だったクリントン元大統領よりも健康体であるはずもない。足首の異常な浮腫み、右手の甲の大きな黒ずみ(色素沈着)の画像がネット上にも流れ、健康不安説が浮上したことを意識した発言だったのだろう。
しかし歩行の様子などから脳梗塞の疑いを指摘する医師もいる。公式の場の演説でも、箍の外れたような取りとめのない話になるなど、明らかに心身ともに健康状態は悪化していると言わざるを得ない。この1,2ヶ月の間、2回ほど数日間まったく消息不明となる事態が発生している。緊急に治療を受けさせる必要が生じたのではないかという疑問も持たれている。
世界各地の軍幹部を招集
つい先日、世界各地に派遣されている米軍の幹部将校たち800人ほどを招集して会合を開催した。前例のない集会に呼び出された将校たちは首を傾げながら任地を離れてアメリカに参集したはずだ。ところが会場では、ピート・ヘグセス国防省長官とトランプ氏の奇妙な演説を聞かされた。多くの出席者はおそらく腹立たしい気持ちになったことだろう。
どんな話を聞かされるのかと思っていたところ、ヘグセス氏からは「肥満傾向の将校はけしからん」など、国防問題とはおよそ無関係の話が出てくる。人によっては、「お前のアルコール依存症はどうなんだ」と言いたかったであろう。その後も「ひげを伸ばしたり、長髪にしたり、髪を染めたりするな」と、どこかの不良高校生たちへのお説教のような話が続く。こんな空虚な「演説」を聞くために、重要な職務から離れて長距離を移動してきたのか、「こんなアホに敬意を払わなければならない、なんという馬鹿げたことだ」というのが大方の軍人たちの反応だっただろう。
そもそもヘグセス氏は、トランプ氏お気に入りのテレビ局の司会者だった人物で、まともな軍歴はない。軍事評論家に言わせれば、観光地でレジャーボートを操縦した程度の人物が原子力空母の艦長になったようなものであった。本人も歴戦の勇士たちを前に、尊敬されていないことを自覚している分、なおのこと虚勢を張ることとなり、その発言はますます空虚だった。会場は冷ややかな雰囲気のなかで終わり拍手もなかった。
ナチスの蛮行を想起させる発言
次いで演壇に立ったトランプ氏は、「私のことが嫌ならば、ここから出て行ってもらっても結構だが、その後の昇進や仕事はないものと思ってくれ」と話しだした。出席者はここまでは微妙な笑いで応えていたが、その後、「米軍はenemy within(内部の敵)に備えなければならない」と「国内の主要都市を軍の訓練の場としては」と主張する段になると、会場は静まり返って、「これは何なんだ」という雰囲気が支配するようになった。
多少ともドイツにおけるナチス台頭の歴史を知るものにとって、この語はおぞましい記憶を呼び起こす。第一次世界大戦のドイツでは、戦闘では勝っていたのに戦争に負けたのは、国内の売国勢力が軍を後ろから刺したからだという議論が広がった。ユダヤ人や共産主義者たちが妨害したからだという話になった。ヒトラーは、その流れに乗って権力を握った。その過程でヒトラーは、ユダヤ人や共産主義者から始まり、社会主義者、自由主義者などナチスに批判的な自国民に向けてゲシュタポや親衛隊(SS)などを使って実力行使をするようになったのである。
読書習慣のないトランプ氏のことだから本人に知識はないかもしれないが、ナチスドイツはソ連侵攻時、正規軍の後方でユダヤ人や共産党幹部などを集めては銃殺を繰り返した。アインザッツグルッペン(移動虐殺部隊)と呼ばれた親衛隊などによって構成された部隊である。トランプ氏の頭の中では軍を使って、各地の民主党の主だった政治家などを「粛清」することを夢想しているのかもしれない。実際、民主党の知事や市長を名指しで「彼らは刑務所に入るべきだ」とも発言するようになっている。
会場の将校たちの間では、「我々にゲシュタポのような仕事をしろ」ということかと心底、怒りにかられた者もあったはずだ。誇り高い者を侮辱すれば、どのような深刻な結果を招くかは、第二次大戦後にアメリカ政治を席捲した赤狩りの結末が教えるところである。
軍部を敵に回す
第二次大戦後、マッカーシズムとして知られる「赤狩り」が猛威を振るった。時はソ連の核実験成功、中国の共産党政権成立など、東西冷戦が緊張の度を高めていた時代である。上院議員だったジョセフ・マッカーシーは50年、さまざまな集会などで、紙切れを振り回しながら、「国務省には何百人もの共産主義者がいて、その名簿がここにある」などと煽り、突然に全米からの注目を集めることとなった。彼自身が予想しなかった大きな反響は、それだけアメリカ社会に冷戦の不安が強く広がっていたからだといわれる。
しかしマッカーシーは、53年になると失速する。そのきっかけが「陸軍も共産主義者に犯されている」と陸軍を攻撃したことである。アメリカでは多くの国民は政治家を信用せずとも、軍隊に対しては党派を問わず、基本的に敬意を払う。ましてや当時、アメリカ軍は、第二次大戦でのヨーロッパ戦線や太平洋戦線の米軍の活躍の記憶も新しい。また50年に始まった朝鮮戦争の最中でもあった。
軍はもっとも強力な官僚組織でもある。マッカーシーの攻撃に対して軍の最高幹部たちが一切動じずに反撃にでると、力を得たジャーナリストや批判的だった議員の間からもマッカーシー批判が高まり、翌年に上院で彼に対する譴責決議がなされた。もともとアルコール依存症であったマッカーシーは、数年後に失意の内に死去した。
トランプ政権も、軍部からの抵抗、批判を受けることによって、その奇矯で過激な政治行動に歯止めがかかることになるのではないか。トランプ氏にしてみれば、少女売春で逮捕され拘置所内で死亡したエプシュタイン氏との親密な交際が取りざたされ、強力な支持者たちからも批判を浴びている。その火の粉から逃れるためにも、国民の目を移民問題など向け、民主党知事のいる大都市に州兵を派遣するなど、憲法上も問題を孕む過激な政策をとり続けざるをえない。しかし、その結果、政権発足後一年足らずでレイムダック状態になる可能性が生まれつつあるように思われる。
初出:「リベラル21」2025.10.16より許可を得て転載
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