柄谷行人の『日本近代文学の起源』は、日本文学を「内面」「告白」「風景」といった装置の成立史として読み替え、文学を自然な表現ではなく、ある歴史的条件のもとで構築された制度として暴き出した。その射程は、単なる文学史の再編にとどまらず、〈文学とは何か〉を問い直す批評の自己反省にあったと言える。起源を問うという身振りそれ自体が、すでに対象の自明性が揺らぎ、終焉の予感が差し込んでいることの徴でもある。
その意味で、柄谷は日本近代文学の「完成者」ではなく、その制度的限界を可視化した批評家だった。彼の視線は常に、文学の内部ではなく、文学が可能になる条件——言語、認識、制度——へと向けられている。ここでは小林秀雄的な「文学の内在的価値」への信仰は後景に退き、文学は一種の装置、あるいは歴史的なコードとして扱われる。柄谷が敬意を払いつつも距離を取ったのは、まさにこの点での小林的ヒューマニズムだったろう。
では、柄谷以後の文学はどこへ向かったのか。その問いに対する一つの答えが、村上春樹の位置づけである。村上はしばしば「純文学/大衆文学」の二分法を越境した作家として語られるが、より重要なのは、彼が柄谷的な「起源批判」を前提として成立している点だ。村上の小説には、内面の告白や自然主義的リアリズムへの信頼はない。語りは軽やかで、比喩はポップで、物語はしばしば世界の裂け目や不条理を滑走する。
村上文学の特徴は、〈内面〉を掘り下げるのではなく、〈世界との接続不全〉を淡々と描写する点にある。主人公は自己の深層を暴露しない。むしろ、自己が空洞化したまま世界を漂流する。その語りは、柄谷が暴いた近代文学的内面の制度性を、すでに「終わったもの」として受け取った後の態度に見える。言い換えれば、村上はポスト柄谷的パラダイムに属する作家なのである。
ここでライトノベル(ラノベ)をどう位置づけるかが問題となる。ラノベはしばしば文学の外部、あるいは劣化形として扱われがちだが、制度論的に見れば、むしろ近代文学の外部化・解体が極端な形で進んだジャンルと捉えることができる。ラノベにおいては、内面の自律性も、言語の文体的緊張も、ほとんど問題にならない。キャラクターは記号化され、世界はゲーム的ルールに従って展開される。
この点で、ラノベは村上春樹とは異なる方向で「ポスト近代文学」を体現している。村上がなお〈小説〉という形式に踏みとどまり、翻訳文体や音楽的リズムを通じて文学的緊張を保持しようとしたのに対し、ラノベは制度としての文学そのものを脱構築し、消費可能な物語単位へと分解してしまった。柄谷的視点からすれば、ラノベは「理解不能」というより、「分析可能だが、評価の射程外」に置かれる存在かもしれない。
重要なのは、ラノベが近代文学の堕落形なのではなく、近代文学が担ってきた役割——主体形成、内面の言語化、世界認識——が、もはや文学に独占されなくなった時代の産物だという点である。ゲーム、アニメ、SNSといったメディアがその機能を分有する中で、ラノベは物語の即効性と親和性を最大化した。
こうして見ると、柄谷行人は「起源」を問うことで近代文学の条件を可視化し、村上春樹はその条件が失効した後の世界を、なお小説として描き切ろうとした作家であり、ラノベはその外側で制度の解体を徹底したジャンルだと整理できる。三者は対立項ではなく、同一の歴史的連続体の中に配置される。
起源を問うことは、終焉を告げることでもある。しかし終焉は空白を生まない。村上の物語が漂流するように、ラノベのキャラクターが増殖するように、文学は形を変えて生き延びる。柄谷が開いた批評の視座は、その変容を「嘆く」ためではなく、「読む」ためにこそ、いまなお有効なのだろう。
補章:小林秀雄という「起源以前」——柄谷行人が越え、越えきれなかったもの
ここで一度、小林秀雄を呼び戻す必要がある。柄谷行人が『日本近代文学の起源』で批判的に乗り越えようとした相手は、表向きには国民国家的文学制度や〈内面〉の自明性であったが、その背後には常に小林秀雄の巨大な影があった。
小林は理論家ではなかった。彼は一貫して「わかる/わからない」「好き/嫌い」という、説明不可能な感覚を基点に批評を行った。そこでは文学は制度でも装置でもなく、まして社会構造の反映でもない。それはただ「出会い」であり、「経験」であり、「取り替え不可能なもの」であった。
この点で小林は、柄谷が暴いた〈近代文学装置〉の内部にいながら、その理論化を拒否した存在だったと言える。小林は〈内面〉を発明したのではない。むしろ〈内面〉という言葉が成立する以前の、未分化な経験の強度に執着していた。
だからこそ、柄谷の批評は小林を「克服」したようでいて、実は決定的な一点で届いていない。柄谷は文学を歴史的・制度的に解体することはできたが、小林が守ろうとした経験の一次性、すなわち「なぜこれが書かれねばならなかったのか」という問いそのものを、理論の外へ追いやってしまった。
興味深いのは、この小林的態度が、結果的に現代のサブカル的ジャンルと奇妙な共振を見せている点である。ラノベやゲームにおいて重要なのは、深い内面の分析ではなく、「その世界に入ったとき、どう感じるか」「なぜこのキャラが好きか」という説明不能な即時性だ。ここには、柄谷が否定し、小林が信じ続けたもの——理屈に還元できない経験の力が、形を変えて生き延びている。
こうして見ると、小林秀雄は単なる前近代的批評家でも、反知性的感覚主義者でもない。彼はむしろ、近代文学の起源以前に立ち続けたがゆえに、近代文学の終焉後にも幽霊のように立ち現れる存在なのである。
柄谷行人が交換様式論へと向かい、文学そのものから距離を取ったとき、彼が本当に振り切ろうとしたのは、近代文学ではなく、この小林的な「説明不能な必然性」だったのかもしれない。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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