台湾有事という踏み絵――高市と維新、その致命的な温度差

台湾有事という踏み絵――高市と維新、その致命的な温度差

高市早苗の「台湾有事」発言をめぐる混乱は、表向きには日中関係の緊張として語られている。だが、この発言が本当に炙り出したのは対中姿勢の違いではない。国内政治、とりわけ保守内部の温度差である。その象徴が、日本維新の会とのズレだ。

維新は口では「現実主義」「国益」を語る。だが台湾有事という言葉が出た瞬間、彼らの態度は決まって同じになる。
「刺激するな」「余計なこと言うな」「経済への影響を考えろ」。
要するに、話を大きくするな、という反応である。

これは慎重論ではない。スケールの問題だ。

高市は「国家の設計図」を見ている

高市の発言が正しいかどうかは別にして、彼女が見ているのは明らかに「国家単位」の話だ。
台湾有事とは、日本が戦争をするかどうかの話ではない。

・エネルギー
・半導体
・海上交通路
・在日米軍
・法制度と憲法解釈

これらが同時に揺れたとき、日本という国家が持ちこたえられるかどうかを問う思考実験である。

高市は、それを言葉にした。
だからこそ中国も、国内の一部も、過剰に反応した。

維新は「商売の空気」から抜け出せない

一方の維新が見ているのは国家ではない。市況である。

・中国との取引が冷える
・関西経済に影響が出る
・企業が嫌がる
・有権者が不安がる

視野は終始、短期・局地・空気読みだ。
だから台湾有事という言葉が出た瞬間、反射的にブレーキを踏む。

それを見て、高市は腹の中でこう思っているはずだ。

たこ焼き臭い口で、何ゆうてんねん。

ここで言う「たこ焼き」は大阪そのものではない。
国の話を、商売と選挙の匂いで矮小化する態度への苛立ちである。

「刺激するな」は政治ではない

維新の「刺激するな」論は、一見すると穏健に聞こえる。
だが、刺激しなければ問題が消えるわけではない。

台湾海峡の緊張は、日本が何を言おうが言うまいが存在する。
それを前提に、

・日本はどこまで関与するのか
・どこで踏みとどまるのか
・経済と安全保障をどう切り分けるのか

を詰めるのが政治だ。

高市はそこに踏み込んだ。
維新は踏み込まなかった。
この差は、思想ではなく覚悟の差である。

維新の弱点は「国のサイズ感」

維新が国政に出てから一貫して露呈している弱点がある。
それは国家のサイズ感が掴めていないことだ。

府政・市政の延長で国を語ろうとする。
調整・効率・空気読みで政治を回そうとする。

だが外交と安全保障は、
「黙っといたら丸く収まる」
「余計なこと言わん方が得」
では済まない。

解散総選挙は「踏み絵」を国民に差し出す場になる

ここで現実の政治日程が重なってくる。
次期国会冒頭での解散が現実味を帯びる中、この台湾有事発言は、単なる失言や勇み足では終わらない。

解散総選挙とは、政策を問う場である以前に、
どのサイズで国を考える政治家を選ぶのかを決める場だ。

・国際情勢を前提に腹を括る政治
・経済と世論だけを見てその場をしのぐ政治

高市の発言は、その選択肢を白日の下に引きずり出した。
だからこそ、与野党問わず、これを「なかったこと」にしたい向きが多い。

台湾有事は「覚悟の有無」を測る温度計だ

台湾有事という言葉は、未来を予言するものではない。
それは、政治家の覚悟を測る温度計である。

・国家として考えるのか
・地域経済として逃げ切ろうとするのか

高市は前者に立った。
維新は後者にとどまった。

この温度差は、言葉遣いの問題ではない。
政治の射程そのものの違いだ。

結語――保守の内戦は、すでに始まっている

いま起きているのは、対中強硬か融和かという単純な対立ではない。
国家を国家として考える政治と、
商売目線で場当たり的に振る舞う政治の衝突である。

台湾有事発言は、その分水嶺をはっきり示した。
そして解散総選挙は、その是非を国民に突きつける場になる。

最後に、高市本人に向けて、あえてこう言っておく。

高市はん、
国の話しとるときに、
たこ焼き臭い口で横からちゃちゃ入れられて、
そこで一歩引いたらあかん。

——ここでケツ割ったら、あんたの鑑札ドブの底やで。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion14617:260113〕