ミャンマー、中国が後押しする総選挙の茶番劇

 ミャンマー軍事政権が仕切る総選挙は三段階に分けて行われており、12月28日に始まって1月25日に終わる。2021年2.1クーデタから5年弱になるが、抵抗勢力の攻勢で一時は窮地に追い込まれ、軍事政権は選挙どころではなかった。ところが、昨年、王都マンダレーに抵抗勢力が迫った段階で中国が本格的に介入、漢族系の少数民族組織であるMNDAA(ミャンマー民族民主同盟軍)やTNLA(タアン民族解放軍)に占領地域からの撤退とそれの軍事政権への返還を命じた。その後、中国は政治的、経済的、軍事的なテコ入れを行なって、国軍の反転攻勢につなげ、軍事政権に選挙の実施を強制した結果※、ようやく総選挙の実施に至ったのであった。
※地元独立系メディア「Myanmar Now」によれば、「12月30日、中国の鄧錫軍アジア担当特使は、選挙は習近平国家主席の同意を得て実施されると公に表明した」誰が主人公なのかを物語って余りある。

1987年、パンサン(現在のワ州連合軍の首府)で開かれたビルマ共産党の会合。中国の支援のもと、毛沢東の人民戦争戦術で内戦を戦った。しかし1989年内部反乱で組織は壊滅、指導部は中国へ亡命した。スターリンと毛沢東の肖像画が飾られている。提供/ヘン・ヌン・リントナー~ビルマ反体制運動の中国への従属性を物語る写真である。
 中国が選挙を急かせたのは、軍事政権に見せかけの正統性を与えたうえで、「一帯一路」関連事業を本格化したかったからである。事業の中でも、とりわけ中国が重視するのは、ミッソンダム開発の再着工問題である。雲南省とラカイン州にまたがる「一帯一路」関連の広大なプロジェクトにとっては、電源開発は不可欠である。権威主義体制の持つ抑圧性と国家資本主義経済のもつ貪欲さ(強蓄積志向性)をあわせ持つ習近平体制は、タンシュエ独裁政権ですら断念した巨大ダム開発を新政権に援助の見返りとして強いたのだ。軍事政権には、ノーという選択肢はない。昨年12月、共同通信系NNNによれば、中国に急かされ、軍政は規模と設計(耐震性強化)を見直して着工したがっているという。しかしイラワジの源流域にあるミッソンは、ミャンマー人にとって聖地である。聖地における巨大ダム建設は、自然破壊であり、それと結びついた少数民族の生活圏とビルマ民族創生のナラティブの破壊である。エスニックなアイデンティティの機微にふれるこの問題を軽くみると、中国は手痛いしっぺ返しを喰らうであろう。
 それにしても近年ASEANの不甲斐なさが目立っている。2021年2月にクーデタをおこしたミンアウンフライン政権に対し、4月にASEANは、ミャンマー情勢の平和的解決に向けた5つの事項で合意した。しかしそれから5年弱、暴力の即時停止、対話の開始、特使による仲介、人道支援、特使のミャンマー訪問など、どれひとつとっても実現していない。2008年から2012年までASEAN事務局長を務めた、元タイ政府外務大臣スリン・ピッスワン氏のもとで、結束して問題解決にあったような躍動感はもうみられない。その分、中国の影響力は拡大し、ASEANは裏庭化しつつあるといっても過言ではない。ミャンマーに限らず、ベトナム、カンボジア、タイ、バングラデッシュ各国に甚大な影響が及ぶ巨大河川のダム建設を中国は強行しつつあるが、この問題でもASEANの反応は鈍い。それだけ中国の経済力が拡大し、パクス・シ二カ(中国の地域覇権)へ移行しつつあるのであろう。しかしASEAN各国においても、それぞれにおいて権威主義的な統治機構化が進み、二世議員(フィリピン、カンボジア)や軍人(インドネシア、タイ、ミャンマー)が指導者になっていることも、民主主義の後退につながっている。
 しかし考えてみれば、支配層の無能と腐敗ぶりは、発展途上国に限らない。第二次世界大戦後に確立された国際的秩序のもと、戦時総力戦体制のノウハウを引き継ぐかたちでの戦後復興と高度経済成長、しかしその後の資本主義経済の行き詰りの新自由主義とグローバリゼーションによる乗り越えの試み、しかし貧富の格差と社会的分断の激化が生まれ、これらが人口動態や気候変動という要因によって加速されながら、ほとんどの制度や機構が陳腐化と腐朽性を強め、機能不全に陥りつつあるようにみえる。支配層の世襲化と無能さが事態を悪化させているのではあるが、明日の世界を明示しえない体たらくにある左派リベラルにも責任はあろう。
 話をミャンマーに戻そう。ミンアウンフライン政権の狙いは、文民政府の装いのもとで一定の改革開放が進んだテインセイン政府を模倣することにあるが、しかし当時とは軍政を取り巻く状況は、大いに異なっている。当時、テインセイン政府に、カッコつきであるにせよ文民政府の性格を与えたのは、スーチー氏率いるNLDの合法化であった。しかし今回の選挙には、民主化勢力であるNUG(統一政府)は完全に非合法化されて参加できない。しかも現在でも国内は内戦状態が続き、軍側と抵抗勢力側との力関係は、かつてのように非対称的ではない。全国330郡区のうち、抵抗勢力の優勢な65のtownship(郡区)では実施できず、また実施する郡区においても、より下位のward(区)では、選挙が実施できないところが多い。

1月11日、ヤンゴンの投票風景。肩に聴診器、医者らしい(写真:カン・カウン/Myanmar Now)
 テインセイン政府との違いの二つめは、民政移管後に民主化や国民和解のための取り組みがいっさい期待できないことである。前回は法の支配や民主化が漸進的な歩みであれ期待されたが、今回はモデルになる統治制度は、中国やロシアのような権威主義体制以外ではありようがない。しかも中露に輪をかけてひどい、軍閥の支配する腐敗汚職国家である。中国、ロシア、ベラルーシ、北朝鮮といった抑圧国家との枢軸同盟に加わる以外の選択肢はない。グローバル・サウスの一員にすら加えてもらえるかどうか。現にASEANにおいてすら、資格停止状態である。
 とにかく、かたちだけは自由選挙にしたい軍政は、強制や監視システムを用いることによって、投票所へ一人でも多く足を運ばせようとしている。かたちだけでよい、あとは軍人や公務員を動員した期日前投票などの票の操作によってどうにでもなる。筆者はサイクロン・ナルギスの爪痕が生々しいヤンゴンで、2008年強行された憲法制定国民投票の投票日、市内を何か所か見て回ったが、ほとんど投票人の姿は見かけなかった。それでも政府の公式発表では、投票率92.4%、賛成票が90%以上とされて、あきれた記憶がある。第一、選挙が成立する条件として最低投票率の法定ラインというものがないのであるから、中身の空っぽの選挙になって当然である。いうまでもなく第一、第二段階終了時点での選挙の結果は、国軍の代理政党である連邦団結発展党(USDP)の圧勝であった。第一段階では、主として軍事政権の支配地域で選挙が実施され、第二段階では抵抗勢力の支配地域や紛争地域で実施された。アラカン軍(AA)、カチン独立軍(KIA)、カレン二-民族進歩党(KNPP)、チン州の各抵抗軍、カレン民族同盟の第5旅団、ザガイン管区やマグウェ管区のPDF(人民防衛軍)などの支配地域では実効性は疑われるし、さらにシャン州では、少数民族武装組織が支配する17の郡区では、最初から実施しないと決められていた。

<下院(ピュートゥ・ルッタウ)選挙の結果>
USDPは下院の改選議席102のうち90議席を獲得。

                 イラワジ

1月8日現在、選挙管理委員会(UEC)は上院の確定議席数を31と報告した。USDPは21議席を獲得し、残りは民族政党が獲得した。  

                  イラワジ

<州議会および地域議会の結果>
 1月7日までに、UECは州議会と地方議会で135議席を確定した。USDPは108議席を獲得し、残りは民族政党と地方政党が分け合った。

                   イラワジ

<客観的状況は、軍政権に有利なようだが>
 ミャンマーの抵抗勢力にとっての痛手のひとつは、トランプ政権が対外援助を担う国際開発局(USAID)を閉鎖したため、内戦下にある草の根の状況を刻一刻伝えてくれた「ラジオ・フリー・アジア」、「ヴォイス・オブ・アメリカ」などの活動が途絶えたこと。また、国民の半数が貧困ラインに転落した状況にありながら、食料や医薬品の支援が現地に届かなくなったことである。国軍はこのような状況を利用し、ラカイン州やザガイン管区など抵抗勢力の強い地域に、民間施設を標的に空爆を続けている。

ラカイン州チャウトーの破壊された学校: APフォト/ピクチャーアライアンス
 ミャンマーの抵抗勢力にとっては不利な国際情勢が続いている。ロシアのウクライナ侵略、イスラエルのガザにおけるジェノサイド、トランプの援助引き上げやベネズエラ侵攻など、国際的な規範を無視して力による支配を公然と掲げる風潮が勢いを増している。しかも、繰り返しになるが、本来はミンアウンフライン軍事政権を抑え、民主派勢力の後ろ盾となるべきASEANも、かつての結束と展望を失って、非力さが目立ち始めている。じつはこの選挙中にフィリピン外務大臣であり、ASEAN議長国の特使でもあるテレサ・ラザロ氏がネピドーを電撃訪問し、ミンアウンフラインと会談した。選挙そのものの正当性が疑わしいとされているなかでの訪問は、軍事政権にとっては願ってもない援軍となった。この訪問は、事実上ASEANが選挙の正当性を認知したという意味を持つ。中国と南シナ海で緊張関係にあるフィリピンの外相が、中国のASEAN支配の布石である総選挙にゴーサインを出したことになる。なんという外交オンチであろうか。既成事実への屈服という受動性からいかにして脱却するのかが、ミャンマーに限らず各国の政治課題となっている。

ASEAN議長特使テレサ・ラザロ氏は2026年1月6日、ネピドーでのミンアウンフライン氏と会談した。/GNLM
<新年の新たな攻勢が開始される>
 この半年、中国の圧力で漢族系武装集団からの武器弾薬の供給がとまり、民主派武装勢力は苦しい戦いを強いられてきた。都市部の住民の抵抗は、中国仕込みの住民監視システムの整備によって、しばらくは困難が続くであろう。しかし農村部や辺境地域においては、後退に歯止めがかかり、新しい動きが出始めてきた。「Myanmar Now」は、新年早々大きなスクープをしている。
 12月中旬に19の武装グループを糾合して、「春の革命同盟」(SRA)が成立したという。新たなSRAを形成するグループは、主に中国国境から離れた場所に拠点を置いており、北京が同様の影響力を行使する能力が制限されているという。
 これによって、抵抗武装勢力は、NUG(国民統一政府)傘下のPDF(人民防衛軍)、諸少数民族武装集団、そしてSRA(春の革命同盟)という三本柱となる。今後中国の影響を跳ね返して革命を進めるには、この三大勢力間の戦闘連携と政治的同盟化が不可欠である。分断対立という植民地遺制を超克することなしには、勝利は不可能である。

SRAに参加したビルマ人民解放軍(BPLA)。(写真:BPLA)
 そして政治同盟化にあたっては、NUGの政治的力量が成否のカギを握っているであろう。戦場での成果だけでなく、幅広い国民の参加なくしては革命は成就しないからである。その意味では、監視の厳しい都市部で合法、非合法の抵抗戦線をどう築いていけるのかも課題のひとつであろう。
 地元独立メディア「イラワジ」によれば、年明け早々、国民統一政府(NUG)傘下の戦闘部隊にも大きな動きがあった。ミャンマー中央を縦断するバゴーヨーマ(バゴー山系)地区で、NUG傘下の複数のPDF(人民防衛軍)は、幹線国道ピー街道とマンダレー街道沿いにある二つの政府軍基地を攻撃、少なくとも40人の政権軍兵士が死亡し、多数が負傷したという。戦闘はなお継続中である由。

1/11,バゴー地域軍司令部の指揮下にあるPDF人民防衛軍の複数部隊が、ピー道路近くのチャイン・カーコーン村に進軍する軍事政権の部隊を撃破した。
 また、バゴー管区ナタリン郡区では、バゴーとヤンゴンのPDF(人民防衛軍)がタウンニョ町の警察署を襲撃した。4時間にわたる戦闘で政権軍20名が死亡、多数が負傷したという。政権軍は空爆で応戦した。
 その他、カチン独立軍(KIA)、人民防衛軍(PDF)、全ビルマ学生民主戦線(ABSDF)、人民解放軍(PLA)、そして新たな春の革命同盟(SRA)のメンバーからなる部隊が、イラワジ川沿いの、ザガイン管区とカチン州の境界に位置するカタ―町にある軍事政権基地と第309軽歩兵大隊(LIB 309)本部への攻撃を開始したという。抵抗勢力はLIB309を完全に包囲し、脱出経路を失わせている。軍は激しい空爆と砲撃で町を守ろうとしている。住民たちのほぼ全員が、町の外へ避難したという。イラワジによれば、カターを占領すれば抵抗勢力はカチン州への入り口で戦略的に優位に立つことができ、またカターとイラワジ川西岸のもう一つの戦略的な都市ティギャンの両方を保持できれば軍事バランスが抵抗勢力に有利に大きく傾く可能性がある、とある軍事アナリストが述べたという。
 中国のテコ入れによる総選挙の実施が、中国の思惑通りの結果を招くかどうか。はっきり言えるのは、武装闘争は激化し、政治的不安定は続くであろうということである。したがって外国資本も中国資本はべつにして、新規参入は限られたものになるであろう。「一帯一路」関連事業も、投資に見合うだけの利益を生み出せるのかどうか。国内経済の著しい不振から、習近平は事業の進捗を焦るであろうが、焦れば焦るだけ、いい結果を生みそうもないことがはっきりしてくるであろう。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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