この船頭に船を任せられるか?
船徳という噺
船徳という落語の演題がある。大店の息子の徳兵衛は遊んでばかりで、父親から勘当を喰らい、馴染みの船宿で居候をしている。船頭は格好の良い粋な仕事とされていた。本人も無駄飯を食っているだけでは居心地も悪いし、一度は船頭たちのみせる鯔背(いなせ)で華麗な竿捌きをしてみたいと思っている。ある時、祭りで人の往来が激しく、すべての船頭が出払ってしまった。そこにどうしても渡りたいという客が来た。船宿の主は不安ではあるが本人が熱心に希望することもあって、徳兵衛にやらせてみることになる。しかし、軟な体の若旦那に、必要な業と力があるわけもなく……、という話である。
首相就任以来の高市氏の姿をみていると、この徳兵衛の姿に重なる。土手から見ている通行人には、必死に竿を振り回している徳兵衛の姿が力強い竿捌きに見えるかもしれない。無責任な通行人のなかには「分かり易い」とか言って、声援を送る奴までいる。しかし少し冷静に観察すれば、ただやたらと竿を突いたりしているばかりで、思ったような方向に進んでいないことはわかるはずである。
シンゾウとかいう尊敬する先輩船頭の動きを真似ているつもりらしいが、本人もどこに向かっているのか分かっていない様子である。この2、3ヶ月、他の舟にぶつけてしまって叱られたり、水飛沫をあげて客をびしょびしょに濡らしたり、竿を突くたびに舟は異様に揺れて客は危ない思いをしている。
船頭に相応しいか?
その高市氏が突然、衆議院を解散するという挙に出た。<私が船頭に相応しいか信任を問いたい>という訳である。無責任な土手からの声援を受けて、自身に能力があると勘違いしてしまったのだろう。しかし、高市氏には当然、船頭としての実績はない。この2、3ケ月の期間にやったことと言えば、軽率な発言で隣国の政府と深刻な摩擦を引き起こしたこと、「責任ある積極財政」なるスローガンを叫び、とりとめのない補正予算を組み、政府の財政規律に対する姿勢への国際社会からの不信を招くなど、不安材料ばかりである。
高市氏は、大店の旦那(安倍元首相)に気に入られるよう、いろいろと目立つように振る舞った。安倍氏が行きたかったが世間(世界)の目を気にしてそれまで参拝しなかった神社にもせっせと出かけた。しかし、まともに仕事を経験したことがないという点でも高市氏は徳兵衛に似ている。党内では1人前には扱われなかったため本格的に党務に携わったわけでもなく、安倍元首相への懸命のアピールの結果、1度は総務大臣の仕事を任されたものの、自身の発言を巡って問題が生じて周りから注意されると、部下の記憶違いだと主張して責任逃れをするという態度をとった。
また奈良県知事選では、自分の不始末から自民党の分裂選挙を招き、維新という余所者に知事の座を奪われるという情けない事態を招いた。その際にも、敗戦の責任を県連幹部に擦り付けるという始末で、仕事らしい仕事をまともに遂行した試しがないだけではなく、失敗すると責任を他人のせいにしてきたのである。
しかし旦那が不幸な事故にあって亡くなった。旦那に子はいないし、その後、番頭以下、多くの丁稚たちまでもが悪事に手を染め私腹を肥やしていたという腐りきった体質が明らかになった。世間の目は冷たく、顧客(有権者)からは見放され、商売は傾くばかりで、選挙の度に落選者を多く出すことになった。そのようななか、彼女の竿裁きが一部の有権者の間で人気があって、彼女を担げばもう一度、商売繁盛が期待できるという声が出て、本人もその気になってしまった。
今回の選挙では、不正に私腹を肥やしていたことから有権者に愛想を尽かされ落選した元議員たちも大量に公認されている。在任中、法務局から人権意識に問題ありと指摘された人物まで公認するなど、なんの反省も見られない。有権者に対して喧嘩を売っているとしか思えないのである。
安倍元首相の後継?
高市氏は事あるごとに、安倍元首相の後継者であると自己アピールをしている。正月の伊勢神宮参拝時には彼の遺影を抱えて歩くというパフォーマンスを行った。しかし、仏教と異なり神道では死を穢れとし、神社での葬儀や関連する儀式は行わない。神域は清浄な空間であり、死者の写真を持って参道を歩くなど、忌むべき行為であった。「伝統を守る」を信条とし、保守を自任しているはずの人物の底の浅さを見せつけられた場面である。高市氏には仲間がいないとも言われるが、周辺にまともなスタッフやブレインもいないのだろう。
高市氏は安倍首相の衣鉢を継ぐとして経済成長策を謳っている。しかしアベノミクスが失敗だったことは明らかで、すでに現在の日本がその後遺症に悩まされているのは承知のとおりである。安倍政権退場時、対ドル104-110円で推移していた円は、その後、円安が続き、高市内閣成立後のわずか2、3ヶ月では、さらに10円ほど安くなってインフレを刺激している。
そもそも安倍政権時代の日本は経済成長どころか停滞の時代であったことはさまざまなでデータが示すところだ。当時から、まともな経済学者たちは、アベノミクスが経済成長どころか、円の価値を棄損し長期金利の上昇を招き、日本経済を破綻させることになると警鐘を鳴らしていた。
国債の大半は国内で保有されているから、多少の金利変動は問題ないと主張するものもいる。しかし国内の国債の大半は日本銀行保有であり、数パーセントが海外の投資機関などの保有である。国債の信用不安が少しでも生じれば、日本銀行そのものの信用が崩壊する事態となる。その時、日本は国際金融不安を引き起こした元凶として責められることになるだろう。すでにアメリカ財務省からは、日本の国債金利の上昇につられて米国債まで値下がり(金利上昇)していると言われている。もちろん米国債が売られているのはトランプ政権の出鱈目な経済、外交政策のせいなのだが。
長らく恐れられていた長期金利の上昇という事態も明らかになってきた。にもかかわらず、高市氏は「経済を成長させて強い国になってみせる」という意味不明のセリフを吐いている。通貨安と長期金利上昇の同時進行という危険な動きは、人間の体でいえば、深刻な病気の兆候として微熱が出ている状態に例えられる。そんな時に、「積極財政で経済成長を」というのは、筋肉トレーニングをして体力をつけ、重病を克服するのだと言っているに等しい。体は重篤なダメージを受け、死さえも招きかねない。
舟から落とされないために
船徳のオチは演者によってさまざまなのだが、人によっては向こう岸の手前で客を川に落としてしまい、その客が舟を引っ張って船着き場までたどり着くというのもある。客は徳兵衛から、「帰りは、真っ当な船頭を雇ってください」と言われてオチとなる。
高市氏に舟の行方を任せておくと、国債の暴落、ハイパーインフレという事態=川に落とされる=を招く可能性もある。その場合、波が荒れ狂う川を渡ることは、どれほどのベテラン船頭にも至難の業となるだろう。
今回の選挙は、自分を有能だと勘違いした船頭から一刻も早く竿を取り上げて災難を避けるのか、もうしばらくやらせてみようと竿を委ねたまま舟を進めて遭難するかの選択である。
「リベラル21」2026.01.30より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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