ラテン歌手が寄贈
東京・東麻布の駐日キューバ大使館の2階ホールで、1月28日、ホセ・マルティの胸像の除幕式が行われた。
ホセ・マルティは1853年にスペインの植民地だったキューバのハバナで生まれた。1868年、キューバでスペインからの独立を求める第1次独立戦争が始まると、当時15歳であったマルティは風刺雑誌等の編集に参加し、独立運動家らと交流した。このため、身柄を拘束され、スペインに送られた。
その後、フランス、メキシコ、米国などを転々としながら、詩人・思想家として活動した。その間も、キューバ独立を諦めきれなかったマルティは、1892年にニューヨークでキューバ革命党を組織し、1895年に第2次独立戦争を始めた。この年、キューバでスペイン軍と戦闘中、銃弾を浴びて亡くなった。42歳。独立達成(1902年)を前にしての戦死であった。
このため、革命後のキューバでは、ホセ・マルティは「独立の父」とか「キューバの使徒」とか、あるいは「国民的英雄」と言われている。キューバ各地でその銅像を見ることができる。
こうしたホセ・マルティの胸像が、駐日キューバ大使館に設置されたわけで、それを大使館に寄贈したのは、ラテン歌手(中南米の音楽を歌う歌手)のマルガリータ恩田さんだ。群馬県高崎市在住で、84歳。胸像の製作者は彫刻家の吉田光正氏である。

恩田さんは埼玉県深谷市の生まれ。高校を卒業後、さまざまな職業についたが、若い頃から、ラテン音楽にあこがれ、50歳でラテン歌手としてデビューした。1993年、52歳の時にキューバで親善公演を行い、さらに、その後、キューバに留学したこともあって、キューバの人たちとの交流が始まった。その過程で、恩田さんは高崎市に「キューバ文化交流会」をつくるなどして、これまで日本・キューバ両国の橋渡しをしてきた。
マルティの胸像除幕式で挨拶した恩田さんは、「キューバ人は、大人も子どももホセ・マルティを心から敬い、慕い、愛している。そのことを日本人に知らせたい、と以前から思ってきた。なのに、駐日キューバ大使館にマルティはいない。そこで、大使館にマルティの胸像を贈ろうと思いついた。そうすれば、マルティが日本人にとっても身近なものになるでしょうから」と語った。
胸像の除幕式が1月28日になったのは、この日がマルティの生誕173周年にあたったからだ。除幕式で挨拶したヒセラ・ガルシア駐日キューバ大使は「マルティの胸像が日本の方によって製作され、キューバ大使館に寄贈されるなんて、キューバ人にとってとても光栄なことです」と述べた。
除幕式には約40人が参列したが、その大半はラテンアメリカ諸国の駐日大使館員や日本の対キューバ友好団体の関係者だった。(岩)
「リベラル21」2026.02.04より許可を得て転載
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〔opinion14663:260204〕










