青山森人の東チモールだより…個人の権利と国益

猛威をふるうデング熱

東チモールの雨季はもはや従来の風情はなくなり、まるで日本の梅雨のように雨がシトシトピッチャンと降ったり降らなかったりする曇り時々雨の日々が続くという天候になってしまい、すっきりと晴れを感じる日がめっきり減りました。

従来の雨季ならば、晴れるときはしっかりと晴れ、雨が降るときは傘は役に立たないほどドサーッと強く降り、どこかで雨宿りをして雨がやむのを40~50分待てば、晴れてくれたものでした。そんな風情があった今はもう昔です。

いまの雨季では首都の川の氾濫が心配されるような大雨はまだ降っていません。これは道路拡張工事を進める側にとって天の恵みといってよいでしょう。曇り時々雨の天候が続くという空模様はもしかして蚊にとっても〝天の恵み〟になっているかもしれません。蚊にとって〝恵み〟であれば人間にとっては災禍です。今年に入ってから首都デリ(Dili, ディリ)ではデング熱が大流行し、デング熱患者(主として子ども)が病院にあふれ、病院の許容量を超えてしまうという事態になりました。保健省は緊急措置として新型コロナウィルス陽性患者の隔離施設として利用した建物にデング熱患者を病院から移送するなど対応に追われました。

デリ市内の病院の問題点は患者密度が高いことです。患者がひしめき合っている状態がTVニュースからうかがえます。病室に入りきれないデング熱患者(子どもたち)が廊下で椅子に横になっています。

保健省によれば、2022年には5500件以上のデング熱感染を記録し、58人が亡くなりました。2023年には感染者数が約2000人に減少し、2024年と2025年では年間の発生件数が約1500で死亡者数は8人でしたが、2025年12月から2026年1月のあいだに1000件以上が発生し(『ディリジェンテ』、2026年1月30日)、今年1月1日から2月5日のあいだ、首都の国立病院(ギド=バラダレス国立病院=HNGV、ギド=バラダレスとは1975年11月28日、フレテリンが独立宣言をした当時の保健大臣の名前)で7人の子どもが亡くなり、登録されたデング熱患者数は478件となりました(『タトリ』、2026年2月5日)。繰り返されるデング熱の流行を人類はなんとか防げないものでしょうか。

シャナナ、憲兵隊員に「おれを撃つように言え!」

前号の「東チモールだより」(第550号)で書いた通り、1月23日、ベコラの橋の修繕拡張工事が始まるとベコラ大通りの道路拡張工事そのものも拡張されました。雨季にもかかわらず天候に恵まれ順調に進捗しているかのようにみえるベコラの道路工事ですが、勢いづく工事に異を唱える声も、作用反作用の法則でしょうか、強くあがるようになってきました。

まず1月27日の出来事です。工事の影響を受ける(被害を受ける、といったほうがよいかもしれない)住民の調査をしていた公共事業省とSEATOU(地名都市計画庁)などの役人にたいし、ある家の主人が調査チームにたいしてお前らには協力しないと猛烈に抗議したのです。この家の主は、役人が家に無断でペンキで印をつけるなど勝手なことをすることに怒り心頭に発したのでした。住民調査をおこなう公共事業省やSEATOUなどの役人には、住民退去がからむ工事手続きであることから不測の事態に備えてのことでしょうか、軍と警察が同伴します。そしてこの抗議する家の主が、F-FDTL(東チモール国防軍)の憲兵の隊員であることがこの話を複雑にしました。

「あんたらは人の家に黙ってやって来て、ペンキを塗った。おれはここにいるのに、おれのことなど気に留めない。人の家に来るときは、まず許可を得なければならないだろう。たしかに集会(*)におれは出なかかったが、妻は参加した。しかしおれは我慢できない」。「あんたらはおれを殺したいのだろうが、逆におれがそっちを殺してやる。そしたらおれは刑務所行きになり名をあげるだろう。国がおれを刑務所行きを決めるからだ」。

(*)この集会とは、1月23日にシャナナ首相も参加したベコラ住民との対話集会のことを指すと思われる。

このように物騒な表現も交えて抵抗する家の主人にたいして、SEATOUのゲルマノ=ブリテス長官は、「まあまあ…」と協力を求めますが聞いてもらえず、シャナナ首相に仲裁に入ってもらったのです。その場にやってきたシャナナ首相にたいしてもこの家の主は声を荒げるので護衛の兵士はなだめます。するとシャナナ首相はその家の主にたいし怒り高ぶる口調で、「おまえは軍の人間で、おれは政府首脳だ。軍全員を呼んでおれを撃つように言え!」、と言い放ってくるりと向きを反転させ歩いてその場を去ったのでした(以上、『チモールポスト』[2026年1月27日]とSNSで流れる動画を参照)。軍の最高位にあるファルル=ラテ=ラエク将軍はこの出来事をうけて、この憲兵隊員を拘束したのでした。

この出来事は、私有財産を軽んじる土地開発のあり方、シャナナ首相の言動、家を守ろうとしたこの憲兵隊員を軍が拘束したことにたいする合法性など、さまざまな点で考えさせられます。しかしこの出来事の本質については単純明快にこう云うことができます――住民との話し合いが不十分なままに進める政府の開発姿勢が引き起こすいざこざである、と。

この出来事が起こった区域の首長は、住民が政府に協力しているのにもかかわらず公共事業省は家に許可なしにペンキで印を付けるなど、住民にたいする敬意が欠けていると指摘し、自分も同じ状況に置かれたら同じように激怒するだろうと述べています(『ディリジェンテ』、2026年2月5日)。

そして気になるのは威嚇的な言葉を言い放つシャナナ首相の姿勢です。対話を重視して民族解放運動を指導したシャナナは何処へいったのでしょうか。

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ベコラ教会前のきれいな広場も歩道も道路拡張道路にとって聖域にならなかった。

2026年1月31日。

ⒸAoyama Morito.

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法的措置で闘う姿勢を示す住民

1月31日、ベコラの道路拡張工事の影響を受ける(被害を受ける)11世帯が記者会見を開きました。以下、『タトリ』(2026年1月31日)と『チモールポスト』(2026年2月2日)の記事をまとめてみます。こちらは先述の1月27日に起こった出来事とは違い、感情的に声を荒げることなく冷静沈着に抗議の声を発しました。

住民代表の一人・バスコ=ソアレスはこの記者会見で、自分たちは開発に反対しているのではなく不正義に反対しているのだと立場を明確にし、1月23日、政府は補償について説明をせず重機を使って住民の財産に損害を与えたが、現行の公共事業収用法を遵守して住民に適切かつ公正な補償をおこなうことが政府の義務であると述べました。

そしてアデリナ=ジェスス=ロボ弁護士は(東チモールだより 第533号・第540号で登場)、ベコラの住民が水問題に直面しておよそ二週間もたった、と道路拡張工事の副作用を被る住民が出ていることを指摘し、次のように述べました。「憲法や公権力による土地・財産収用にかんする法律が人権を養護するように定められているのにもかかわらず、国がわたしたちの権利を尊重していないとわたしたちは感じているので、わたしたちはこの件を法廷に持ち込み、公正かつ適切な補償が国によってなされなければならないことを、民事訴訟でも刑事訴訟でも、明らかにしたいとおもいます。政府は所有者の同意も所有者への通知もなしに財産をとりあげに来て、所有物に損害を与えたのです」。

またこの記者会見に同席した「土地連絡会」のペデリト=ビエイラは、国は国自身が法令化した法律・規則を守らず身勝手に違法行為をしているといい、首都再開発には賛成するが、住民を退去させるならばその仕組みをしっかりさせなければならないと主張し、「土地連絡会」が発行した報告書(*)の数字には、今年に入ってからの数字は含まれていないと付け加えました。

(*)「土地連絡会」が2025年7月17日に出版した『強制立ち退き、犯罪、人権への深刻な暴力―第九次立憲政府が2024~2025年に執行した立ち退きの分析―』と題した報告書には、2024年~2025年の立ち退きで影響をうけたのは首都デリで1336~1429世帯、7615~8145人であると記されている。

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道路はたしかに広くなった。

しかしこれによる被害をうけた地元住民がいる。

ベコラ教会前にて、2026年2月2日。

ⒸAoyama Morito.

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国益のためシャナナが国民に求めること

道路拡張工事でみせるシャナナ首相の専制的な態度について「東チモールだより 第533号」で論じましたが、シャナナ首相の国益にたいする考え方は2018年3月19日付のGMN(国民メディアグループ)の記事で知ることができます。

ところで2018年3月19日とは、チモール海におけるオーストラリアとの領海画定の合意(*)が両国のあいだでニューヨークの国連本部において結ばれた3月6日の直後であり、シャナナ=グズマンはオーストラリアを相手にする交渉団長を務め、ついに勝ち獲った世界初の国連海洋法条約に基づく領海画定に意気揚々としていたときです。

GMNの記事(2018年3月19日)はこう伝えています――「カイララ=シャナナ=グズマンは、国益を守るために国民合意を得る必要はない、国益のために東チモール人は団結する姿勢をしっかり示し、皆が国を良くするために活動参加しなければならない、と語った」。

なるほどシャナナ首相が、土地開発で立場の弱い個々人にたいして話し合い不十分なままで厳しい態度をとるのはこのような信念があるからなのかと納得できます。しかし何か間違っていやしないでしょうか。人びとが団結するのは利益を得るためです。インドネシア軍占領下で東チモール人は自由という利益を得るために団結しました。現在なら、より良い生活という利益を得るために団結できるでしょう。しかし自分の所有物が国益の名のもとに政府によって身勝手に壊される開発には団結もましてや参加もするわけがありません、政府の首脳がかつての解放闘争の指導者であっても。

(*)この合意で東チモールは、「グレーターサンライズ」ガス田からパイプラインが東チモールにひかれた場合、同ガス田開発から得られる収益の80%を、そうでない場合は70%を受け取ることになった。さて、2026年1月28~29日、オーストラリアのアルバニージ首相が初めて東チモールを訪問したが、両国の外交関係は新時代の新段階に入ったという類の外交辞令でちりばめられるだけで、「グレーターサンライズ」ガス田からのパイプラインの行き先は依然として不透明なままである。国の運命を左右する同ガス田開発交渉を、国民に情報を開示することなく(交渉事であるから秘密にしなければならない側面もあるかもしれないが)延々と続けているシャナナ=グズマンが、「 国益を守るために国民合意を得る必要はない」という考え方を抱いてしまうのも無理からぬことなのか。

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ベコラ教会敷地内のキリスト像も移動を余儀なくされている。

2026年2月4日。

ⒸAoyama Morito.

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青山森人の東チモールだより第551号(2026年2月8日)

〈出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net// 

 [Opinion14674:260208]

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