二十一世紀ノーベル文学賞作品を読む(21-上)

トーマス・トランストロンメル(スウェーデン、1931~2015)の詩集『悲しみのゴンドラ』(エイコ・デューク訳、思潮社刊)

私はこの詩集に目を通し、著者の鋭敏な感性に心打たれた。私が感服した作品の一部を以下に私なりに紹介しよう。

◇四月と沈黙

春は不毛に横たわる。/ビロードの昏さを秘めた溝は/わたしの傍をうねり過ぎ/映像ひとつ見せぬ

光あるものは ただ/黄色い花叢(むら)。/みずからの影に運ばれるわたしは/黒いケースにおさまった/ヴァイオリンそのもの。

わたしのいいたいことが ただひとつ/手の届かぬ距離で微光を放つ/質屋に置き残された/あの 銀器さながら

◇不穏の国

身を乗り出して局長は×印をひとつ描き/彼女の耳飾りがダモクレスの剣(注:ギリシャ神話から:古代シラキューサの廷臣ダモクレスが王から受けた処置。頭上に馬の尾一筋で吊るされた剣。絶えず頭上にある危険の象徴)さながらに揺れる

まだらの蝶が地面に姿を没するように/悪魔が開かれた新聞の紙面に紛れ込む

空の冑がかぶり手もないまま権力を握った。/水の下では飛ぶように逃げ去る母親亀。(オリエンタル大地創造の神話から:水の下の母親亀が地上を支える)

◇夜の記録から

5月のある夜 わたしは上陸していた/冷たい月光の中で/草も花も灰色/だが 香りはみどりだった。

この色盲の夜に/わたしは 斜面を上に向けて滑走し/白い石たちは その間/月に合図を送っていた。

ひとつの時の枠/数分の長さ/巾は五十八年。

そして わたしの背後の/鉛色の微光が揺れる水の彼方に/別の岸があって/時めく人たちがいた。/顔の代りに/将来を持つ人びとが。

◇悲しみのゴンドラⅡ

老いはじめた男二人、舅と娘婿のリストとワグナーが

    グランデ運河の岸に住む。

触れるものすべてをワグナーへと変貌させる

    王ミダスに嫁いだ

かの気忙しい女とともに。

海の緑の冷たさが床を浸して宮殿にしのび上る。

ワグナーにある刻印、誰も知るそのカスペル風の横顔に

    著しく翳を深めた疲れ

その顔は白い旗。

ゴンドラが重く積み運ぶかれらのいのち、二つは往復

    片道がひとつ。

宮殿の窓ひとつ跳ね上げ 室内の驚きを誘う

    突然の隙間風。

窓外の水上にはゴミ運びのゴンドラの姿、漕ぎ手は

    片櫂どりのならず者二人。

リストが書きとめる和音の重さは途方もなく

分析にパドヴァの鉱物試験所に送るべきほど。

まさに隕石群!

休止するには重過ぎて ただ 沈みに沈み

    未来の底まで抜け通る

かの褐色のシャツたちの年(注)まで。

ゴンドラは重く積み運ぶ かがみこんだ未来の石を。

(注)褐色のシャツたちの年:ファシズムの台頭期を指す。

(続く)

「リベラル21」2026.02.12より許可を得て転載
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