トーマス・トランストロンメル(スウェーデン、1931~2015)の詩集『悲しみのゴンドラ』(エイコ・デューク訳、思潮社刊)
私はこの詩集に目を通し、著者の鋭敏な感性に心打たれた。私が感服した作品の一部を以下に私なりに紹介しよう。
◇四月と沈黙
春は不毛に横たわる。/ビロードの昏さを秘めた溝は/わたしの傍をうねり過ぎ/映像ひとつ見せぬ
光あるものは ただ/黄色い花叢(むら)。/みずからの影に運ばれるわたしは/黒いケースにおさまった/ヴァイオリンそのもの。
わたしのいいたいことが ただひとつ/手の届かぬ距離で微光を放つ/質屋に置き残された/あの 銀器さながら
◇不穏の国
身を乗り出して局長は×印をひとつ描き/彼女の耳飾りがダモクレスの剣(注:ギリシャ神話から:古代シラキューサの廷臣ダモクレスが王から受けた処置。頭上に馬の尾一筋で吊るされた剣。絶えず頭上にある危険の象徴)さながらに揺れる
まだらの蝶が地面に姿を没するように/悪魔が開かれた新聞の紙面に紛れ込む
空の冑がかぶり手もないまま権力を握った。/水の下では飛ぶように逃げ去る母親亀。(オリエンタル大地創造の神話から:水の下の母親亀が地上を支える)
◇夜の記録から
5月のある夜 わたしは上陸していた/冷たい月光の中で/草も花も灰色/だが 香りはみどりだった。
この色盲の夜に/わたしは 斜面を上に向けて滑走し/白い石たちは その間/月に合図を送っていた。
ひとつの時の枠/数分の長さ/巾は五十八年。
そして わたしの背後の/鉛色の微光が揺れる水の彼方に/別の岸があって/時めく人たちがいた。/顔の代りに/将来を持つ人びとが。
◇悲しみのゴンドラⅡ
Ⅰ
老いはじめた男二人、舅と娘婿のリストとワグナーが
グランデ運河の岸に住む。
触れるものすべてをワグナーへと変貌させる
王ミダスに嫁いだ
かの気忙しい女とともに。
海の緑の冷たさが床を浸して宮殿にしのび上る。
ワグナーにある刻印、誰も知るそのカスペル風の横顔に
著しく翳を深めた疲れ
その顔は白い旗。
ゴンドラが重く積み運ぶかれらのいのち、二つは往復
片道がひとつ。
Ⅱ
宮殿の窓ひとつ跳ね上げ 室内の驚きを誘う
突然の隙間風。
窓外の水上にはゴミ運びのゴンドラの姿、漕ぎ手は
片櫂どりのならず者二人。
リストが書きとめる和音の重さは途方もなく
分析にパドヴァの鉱物試験所に送るべきほど。
まさに隕石群!
休止するには重過ぎて ただ 沈みに沈み
未来の底まで抜け通る
かの褐色のシャツたちの年(注)まで。
ゴンドラは重く積み運ぶ かがみこんだ未来の石を。
(注)褐色のシャツたちの年:ファシズムの台頭期を指す。
(続く)
「リベラル21」2026.02.12より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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