共産党の再生は可能か(その8)

〝翼〟をもぎ取られた共産党は再び空中に舞い上がれるか、〝地べた〟を這う党勢拡大はもはや限界に来ている

衆院選前、志位議長は日経新聞インタビュー(2月6日)の中で、「共産党の最大の弱点は数が少ないことだ。議長として国会議員の数を増やすことに専念し、強く大きな党をつくる」と力説していた。だが、選挙結果は衆院議員が8人から4人へ半減し、共産党は議場のどこにいるかもわからない「ゴマ粒」のような存在になってしまった。

高市首相の施政方針演説に対する衆参本会議での代表質問でも、共産党は衆院で田村委員長が代表質問に立てず、最終日を迎えた2月26日になってようやく小池書記局長が参院で代表質問に立っただけだった。共産は衆院で議員運営委員会に委員を出せなくなり、56年ぶりに代表質問の出番を失った。朝日新聞(2月27日)は、この有様を「共産・れいわ

最終日に代表質問、衆院「出番」なく参院のみ」と伝えている。衆院の代表質問にも立てない政党は〝翼〟をもぎ取られたのも同然だろう。国民や有権者の眼に党の姿が映らなければ、政治力を発揮しようにも発揮できない。国政政党としての存在感は日々薄れていくばかりである。

一方、惨敗を喫した「中道改革連合」の立ち位置については、雑誌『世界』(2026年3月号)で2人の政治学者が新党結成の背景や性格を論じている(この時点では選挙結果はまだ判明していない)。水島治郎千葉大教授(政治学)がインタビューに答えて語った「改革中道の世界的潮流」の骨子は、以下の通りである。

(1)19世紀末以降のヨーロッパでは資本主義対社会主義という大きな対立があり、この階級闘争に対して中間をとる協調路線として中道が出てきた。市場原理主義的な自由主義ではなく、無神論で私有財産を制限しようという革命運動や社会主義でもない漸進的な社会改革、福祉国家を志向する路線であり、1990年代から2000年代にかけて社会民主主義系の中道左派路線がヨーロッパ各国に広がった。20世紀型の中道右派は基本的に業界団体や宗教系団体を、中道左派は労働団体をベースにしていた。

(2)日本の場合、安全保障が重要な対立論点だったので、両者のスタンスも明確に分かれ、中道右派・中道左派ともに吸引力があった。ところが、21世紀に入るとそれぞれの支持団体が崩れ、しかも安全保障をめぐる状況が大きく変わって「防衛力強化か護憲か」という図式が鮮明ではなくなり、中道右派・中道左派の2大勢力のヘゲモニーが崩れていく。その中で、移民問題やアンチグローバリズムといった問題を積極的に取り上げた急進右派・急進左派が勢力を伸ばした。両者は政治的スタンスが真逆に見えても、既存政治への拒否感、反エスタブリッシュメントといった視点では共通している。両者が中道右派と中道左派を下から突き上げていく形で伸びていったのが、2020年代の状況だ。

(3)世論調査では、日本人の有権者の3人に1人は保守と革新の「中間」を選んでいる。ただ、中道に人が多い一方、単に中道政党をつくるだけではアピールできず、「改革中道」を的確に訴えることが不可欠になる。日本では、参政党と国民民主党が勢力を伸ばし、旧来の政党群が色褪せた。その状況下で解散総選挙になり、立憲民主党(中道左派)と公明党(中道右派)が「改革中道」を掲げて起死再生の策を取った。だが、立憲民主党の大半が中道に合流したため、「中道左派」の空間が空白になった。

(4)今後は、ぽっかり空いた「左」の空間をめぐる争奪戦が起こるかもしれない。社民・共産・れいわが「左派結集」の旗のもとに大同団結し、「新人民戦線」を結成するようなことがあれば、風を起こすこともあり得ると思う。

もう1人は、中北浩爾中央大教授(現代日本政治論)の「中道改革連合とは何か―公明党の政治戦略と政界再編」である。中北教授は、今回の中道改革連合の主導権を握ったのは公明党であり、「中道改革」という名称にしても、基本政策の5つの柱にしても、すべては公明党が提案したものだと指摘している。公明党が自民党との連立離脱から立憲民主党と合流するまでの経過は省略し、結論部分だけを紹介しよう。

(1)立憲民主党は、公明党との新党結成を通じて、安保法制の合憲と原発の再稼働を打ち出した。中道改革連合の結成は、民進党から立憲民主党へと続いた共産党を含む「市民と野党の共闘」、いわゆる野党共闘からの最終的な決別を意味する。

(2)「中道保守」を自認する野田代表は、安保法制の違憲部分の廃止という立憲民主党の基本政策を変えなければならないと考えていたが、党内の軋轢を考えて慎重に進める一方、政界再編の機会をうかがっていた。公明党の連立離脱でそのチャンスが訪れると、野田代表は公明党への接近を追求していった。

(3)公明党は立憲民主党との協力を強めながらも、そこに決して軸足を置こうとはしなかった。斎藤代表が「『中道改革』の旗を高く掲げ、与野党の結集軸として新たな地平を切り開く」と訴えたのは、公明党が触媒となって自民党、国民民主党、立憲民主党を対象に「中道改革」勢力の結集を図ろうとする政治戦略に基づくものであった。高市首相とその周辺の右派を抜きにした自民党及び国民民主党を含む「中道改革」勢力の結集が最終的な目標であり、立憲民主党との新党結成はその第一歩にすぎないという位置づけだ。

(4)高市政権に対抗して選挙に勝利するには、新党結成が最も有効な選挙戦術だと考えられた。比例代表で公明党を優遇する代わりに、小選挙区で公明党の支援を受けられれば、立憲民主党は獲得議席を大きく増やすことが期待できた。メディアの予測でも、公明票が立憲民主党に流れれば政権交代もあり得るとの観測が飛び交った。衆院選に勝ち抜くため、野党共闘に熱心だった議員も全員が新党に参加した。中北氏は、この事態を「立憲民主党はすでに政党としての活力を失っていたと言わざるを得ない」と断じている。

この時点では、衆院選の結果はまだ判明していない。おそらく『世界』次号では「惨敗を喫した中道改革連合(立憲民主党)」の特集が組まれると思うが、私なりの予測では「ぽっかり空いた左の空間」を一体だれが埋めるのかが、メインテーマになるのではないか。だが、中道改革連合の重心が公明寄りの「中道右派」にシフトした現在、新党代表を立憲出身の小川淳也議員に代えても「ぽっかり空いた左の空間」を埋めるのは容易でない。今国会の予算委員会での質疑一つを取ってみても、中道委員の中にはまるで与党まがいの質疑に終始したメンバーも少なくなかった。政府答弁の度に大きく頷き、自民閣僚からは「前大臣の仰せの通り」などと打ち返されて満足げな表情を見せる野党質問など、およそ迫力を欠くことおびただしい。

NHKの日曜討論番組でも中道、立憲、公明の「各党」が出席しており、いったいどの党が「中道改革連合」を代表しているのかよくわからない。これでは「中道ってどんな党?」といった疑問が膨らむばかりで、中道の影はますます薄くなる。このまま統一地方選や次期参院選を戦うとなると「各党共倒れ」になり、中道は影も形もなくなるのではないか。衆院選で壊滅した立憲の余波が、今度は公明にも及ぶかもしれないからである。

2月末から3月上旬にかけての各紙の論評は厳しい。日経新聞は「野党内憂

揺らぐ足場」「中道、落選者の離党相次ぐ、反転攻勢の道険しく」(2月25日)、「中道、止まらぬ遠心力」「落選者の意見聴取、融合機運乏しく、比例名簿

公明優遇に不満」「地方議員、合流先送り論」(3月1日)など、悲観的な見出しが並ぶ。

朝日新聞も2月28日に行われた中道改革連合の「落選者ヒアリング」の模様を、「中道 離れる立憲支持者、「らしさ」喪失 落選者も批判」(3月1日)と伝えている。落選者ヒアリングで出た主な意見は以下の通りである。

・中道結成は正しかったのか。選挙協力にとどめるべきだったのでは。

・比例名簿では公明出身者が上位に。立憲出身者の比例復活当選のめどがほぼ立たず、意欲をそがれた。

・落選者が立ち上がるためには、党からの資金面での援助が重要だ。

・「立憲らしさ」が失われたのではないか。

・中道は組織が整っていない。いったん立憲に籍を置いたほうが活動しやすい。

朝日新聞の「月初めのコラム」(3月1日)では、松田政治部長が「野党に必要な次世代の戦略家」とのタイトルで、小池東京都知事と高市首相の会談(1月22日)の内容を紹介している。小池氏が2017年、衆院解散に合わせて「希望の党」を結党した時、憲法や安全保障などの考えに違いのある旧民進党リベラル派を「排除します」と宣言し、反発した議員らが立憲民主党を結党した。その立憲が今度は公明党との合流で中道をつくるにあたり、基本政策で妥協したのである。17年衆院選で希望の党は50議席で惨敗、今回の中道も49議席の惨敗だった。コラムの結論はこうである。「今回の中道は、比例上位で公明候補を処遇することで、選挙区での見返りを立憲側が当て込む姿があからさまだった。比例名簿は選挙戦略にとどまらず、党のありようを示す。政策でも妥協を重ねた立憲から多くの支持層が離反した。新党はイメージづくりに失敗したうえ、冷徹な計算ができず、詰めが甘かった」。

立憲と同じく惨敗を喫した共産党はどうか。立憲が中道に合流して「ぽっかり空いた左の空間」を共産が果たして埋めることができるのか。事態は極めて深刻だと言わざるを得ない。最近のメディアでは、共産党関係の記事はニュースバリューがないのかほとんど見られなくなった。しかし、赤旗日刊紙や日曜版を読んでいれば、その姿が正確にわかるというものでもない。党員や機関紙の拡大活動一つにしても個々の事例紹介はあるが、党勢全体の動向を分析した客観的報道は皆無に近い。赤旗では党員や支持者を鼓舞する「プロパガンダ」的編集の下で、党組織や党活動の欠陥や問題点は忌避(隠蔽)され、志位議長をトップとする党中央の見解が上から流されているだけだからである。

前回の拙ブログで紹介した碓井敏正氏(哲学者)の市民フォーラム投稿には、「政党組織は固有の問題を抱えている。それは、組織は一旦成立すると、本来の目的よりも組織の維持を自己目的化する。そのため社会変革より勢力の拡大(党員や機関紙像)を重視するようになる」との指摘がある。事実、赤旗の党活動欄は党勢拡大一色に染められ、下部組織や党員は〝地べた〟を這うような党勢拡大活動に明け暮れている。だが、高齢化する一方の党組織がSNS時代の若者世代にアプローチすることは難しい。毎月報告される1カ月間の党勢拡大の結果は、党中央の𠮟咤激励にもかかわらず後退一方で回復の兆しが見えない。

第29回党大会(2024年1月)以降の2年間の党勢拡大の結果を見よう。

〇2024年:入党者数4852人(月平均404人)、死亡者数5110人(推計、月平均426人)、日刊紙7884人減(月平均657人減)、日曜版3万6047人減(月平均3004人減)

〇2025年:入党者数3281人(月平均273人)、死亡者数5265人(推計、月平均439人)、日刊紙6869人減(月平均572人減)、日曜版3万5066人減(月平均2922人減)、日曜版電子版9303人増(月平均775人増)

※死亡者数は、第28回党大会から第29回党大会までの2年間の死亡者数を母数、同期間の赤旗訃報欄掲載数を分子とした比率(38%)から算出した推計値。

最近2年間の党員数の推移を総括すると次のようになる。

(1)入党者は2024年4852人(月平均404人)、2025年3281人(月平均273人)と3分の2(67%)に縮小している。

(2)死亡者は2024年5110人(月平均426人)、2025年5265人(月平均439人)と増加し、死亡者が入党者を上回る状態が続いている。

(4)離党者数(未公表)を2020年1月現勢27万人、2024年1月現勢25万人から推計すると、2年間の離党者は1万6千人(年平均4000人、月平均333人)となる。

※27万人(2020年1月現勢)+入党者1万6千人-死亡者2万人-離党者1万6千人=25万人(2024年1月現勢)

(5)死亡者1万375人と離党者1万6千人を合わせると2万6375人になり、入党者8133人の3倍強になる。

(6)離党者数がその後も継続していると、党員現勢は2025年1月24万1742人(25万人+4852人-5110人-8000人)、2026年1月23万1758人(24万1742人+3281人-5265人-8000人)となり、2年間で1万8千人(月平均750人)減ったことになる。

機関紙「しんぶん赤旗」購読者数の推移を見よう。機関紙は電子版の発行で「起死回生」を目指したが、その効果があらわれていない。

(1)2024年:日刊紙7884人減(月平均657人減)、日曜版3万6047人減(月平均3004人減)、計4万3931人減(月平均3661人減)

(2)2025年:日刊紙6869人減(月平均572人減)、日曜版「紙」3万5066人減(月平均2922人減)、同「電子版」9303人増(月平均775人増)、計3万2632人減(月平均2719人減)

(3)2年間の購読者数は、日刊紙1万4753人(月平均614人)、日曜版6万1810人(月平均2575人)、計7万6563人(月平均3190人)減少し、前大会85万人から77万人余(9割)となった。

第29回党大会(2024年1月)の党勢拡大目標は、①第30回党大会(2026年1月予定)までに、第28回党大会現勢(党員27万人、赤旗読者100万人)を必ず回復・突破する、②2028年末までに、党員35万人、赤旗読者130万人を達成する――というものだった。しかし、党勢拡大が進むどころか、党員は逆に2年間で25万人から24万人へ、赤旗読者は85万人から77万人へ後退し、第30回党大会を2027年1月に延期せざるを得なくなった。「翼=国会議員」をもぎ取られた共産党は、いまや「胴体=党組織」そのものが老化し、機能不全を起こしている。第8回中央委員会総会は、衆院選の総活を通してこの深刻な現状にどう向き合うかが問われている(つづく)。

初出:「リベラル21」2026.03.10より許可を得て転送
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