問題が噴出する遺伝子組み換え(GM)作物 その2(全4回) -「バイオメジャー」による食の支配を許してよいのか-

3 避けられない「遺伝子汚染」
◆補償額が750億円にも
GM作物はこれまで自然界にはなかった形質(遺伝によって伝えられる生物の形態や特徴)をもつので、その花粉が飛散して近縁の植物と交雑すれば、生態系(生物多様性)に影響を与える。作物の開発・生産・流通の過程で種子がこぼれて自生・交雑し、在来作物の農家に経済的損失を与えることもある。
このような「遺伝子汚染」を防ぐため、GM作物の導入に当たっては環境影響評価が行われ、問題なしと判断されたものだけが栽培を許されることになっている(日本では環境省と農林水産省が評価を担当)。またメーカーや流通業者も厳しい管理をしている。しかし、ひとたび環境中に放出された遺伝子は、どんな対策をとっても完全に封じ込めることはできない。

とくにGM作物の栽培が増え、輸出入量が増えるにしたがって、汚染は増え、損害とリスクが世界的に拡大している。経済的損害をもたらした事件は米国を中心にすでに数百件起きている。
最も損失が大きかったのが「リバティリンク(LL)ライス事件」(2006年)である。LLライス(コメ)はバイエルクロップサイエンス社が開発した、除草剤グリホシネート(商品名バスタ)に耐性のあるGMライスで、3系統が開発されたが、うち「601系統」は実用化されず、安全性の承認も受けていなかった。それが非GMのコメに混入していた。日本やEUが輸入を停止したため農家が大損害を受け、消費者とともに訴訟を起こした。補償額は7億5000万ドル(約750億円)にもなった。

◆GM小麦が見つかった!
このような遺伝子汚染を防ごうと米国農務省は対策を取っているが、汚染はなくならない。2013年5月には、商業栽培されたことのないGM小麦がオレゴン州で見つかり、日本の農水省は直ちに同州産小麦の輸入を一時停止した(農水省は同年8月、原因不明のまま輸入を再開した)。
米国農務省の5月29日の発表によると、オレゴン州の農家がラウンドアップをまいても枯れない小麦を見つけて研究者に連絡したのが発端だ。農務省の検査で、モンサント社のRR小麦と同一の遺伝子をもっていることが確認された。このGM小麦は、同社が1998年から2005年までオレゴン州を含む16州の圃場で試験栽培をしたことがある。
除草剤耐性のGM小麦はモンサント社が開発したが、日本など輸入国の消費者が強硬に反対し、2004年に撤退が表明された。最近は干ばつ耐性のGM小麦の開発が進められており、米国やオーストラリアで試験栽培が行われている。

それにしても、なぜ除草剤耐性GM小麦が試験栽培の終了から8年もたって現れたのか。気づかれないままに広がっていたとすれば、オレゴン州だけのことではないかもしれないし、すでに輸出されていた可能性もある。農務省は非常に深刻な事態ととらえ、調査を開始した。
しかし、汚染ルートなどの解明は進まない。そんななか、モンサント社の最高技術責任者が6月20日の記者会見で「故意の妨害行為(サボタージュ)の結果だという確信を深めている」と語った。だれがやったかなどは分からないが、「バイオテクノロジー(生命技術)を好まない人がおり、問題をつくり出す機会として利用したとみるのが公正だ」と述べたという。
自分に都合の悪いことは責任を転嫁するのが、モンサント社の流儀らしい。

◆有機農業ができなくなる
 GM作物による汚染はまた、非GM農業、とりわけ有機農業を脅かす。GM作物の花粉が飛散して有機農産物と交雑してしまうからだ。米国やカナダではすでに有機農業がきわめて困難になっているが、最近、大問題になっているのがオーストラリアである。
 同国ではGMナタネ(キャノーラ)の栽培が州ごとに解禁されており、西オーストラリア州では2010年1月に解禁された。すると、1年も経たないうちに有機農家スティーブ・マーシュのナタネの約70%がGMナタネに汚染されてしまった。10年12月に有機認証は取り消され、これを受けて同国の有機生産者協会は有機農業をGM汚染から守るための立法が必要との声明を発表した。マーシュは12年4月、隣人のGM農家を訴える同国初の裁判を起こしている。

4 バイオメジャーによる食料支配

◆6社寡占で弊害も
 GM作物を本格的に展開しているのは、シンジェンタ(スイス)、バイエルクロップサイエンス(ドイツ)、BASF(同)、ダウ・アグロサインス(米国)、モンサント(同)、デュポン(同)という六つの多国籍企業だ。
 これら6社は世界の農薬売上高で6位までを占め、また種子の売上高ではモンサント、デュポン、シンジェンタが3位までを占めている。農薬会社も種子会社もたくさんあったのだが、1990年代に入って農薬会社の再編成が進み、さらに巨大な資金力をもつ農薬会社が種子企業を合併・買収していった。中でも6社は研究開発力や販売力で群を抜いており、農業関係のバイオテクノロジー(アグロバイオ)に注力している。このためこれらは「バイオメジャー」「国際バイオテク企業」などと呼ばれている(注4)。

バイオメジャーは激しく競いながらも、汎用性の高いGM特許をもつモンサント社と相互にライセンス(特許権許諾)契約を結ぶなど協調的態度をとっている。独占的利潤を稼ごうとしているのだ。
企業買収などの結果、米国の種子市場では寡占度が高くなった。久野秀二・京都大学大学院教授の2010年の発表によれば、たとえば大豆種子市場では、1980年には大学や公的機関による「公共種子」が70%を占めていたが、98年には公共種子のシェアが10%に落ち、モンサントグループが24%、デュポングループが17%を占めるようになった。そして08年にはモンサントグループがライセンス供与分を含めて63%を握るに至った。

こうなると、値上げがしやすくなる。モンサント社が新しく導入した除草剤耐性GM大豆「RR2Y」を例にとれば、2010年の種子価格は1ブッシェル(15万粒)当たり70ドルとなった。01年のGM大豆の2.43倍であり、非GM種子の2倍になる。
またワタ種子の100ポンド(42.5万粒)当たりの価格は、2001年には217ドルだったが、特別の機能向上がないのに値段は上がり、10年には700ドルになった。これは非GM種子の5.9倍になる。

◆モンサント社の血塗られた歴史
GM世界の巨人・モンサント社は1901年、ミズーリ州セントルイスに化学薬品の会社として設立された。20年代からPCB(ポリ塩化ビフェニール)を生産し、60年代にはベトナム戦争で使われた枯葉剤を製造していた。PCBにも枯葉剤にも強力な毒性があり、米国内やベトナムで深刻な健康被害を引き起こして大きな問題になった。
90年代には、GM微生物によって量産した「組み換え牛成長ホルモン(rBGH)」で大きな利益を上げた。rBGHは牛に注射すると成長が早く、乳量も増えるが、ヒトのがんを誘発するなどの毒性があり、EU、日本、オーストラリアなどでは使用を禁じている。このような製品で稼いできたモンサント社の歴史は、血塗られたものなのだ。

利益のためには虚偽の宣伝やデータの捏造もした。除草剤ラウンドアップについて「生分解性があり、土壌に蓄積されません」などとした安全性に関する広告が虚偽で、かつ誤解を招くものだと1996年に判決を受けている。

◆農家を囲い込む
モンサント社は2002年に大変身を遂げた。化学部門や医薬部門を切り離し、農薬事業と種子・遺伝子事業を経営の二本柱とする、農業関係に特化した企業になったのだ。以後、急成長を続け、売上高は03年の49億ドルから12年度の135億ドルへ、純利益は6800万ドルから20億ドルへ急増した。売上高の内訳では、03年には農薬事業が7割近くを占めていたが、12年には種子事業が7割以上を占めるようになった(石井勇人『農業超大国アメリカの戦略』などによる)。
急成長の秘密の一つは、ラウンドアップとそれに耐性をもつGM種子のセット販売を始めたことだ。こうすれば除草剤と種子の両方で稼げる。

同時にモンサント社は、種子や遺伝子に認められた特許権をフルに活用した(注5)。

GM種子を購入する農家とは「技術使用契約」を結び、GM種子の自家採取や種子の譲渡を禁じた。同社の雇った「遺伝子警察」が圃場査察やサンプル採取の権限をもつことになっている。
一度GM作物を栽培した農家は、非GM作物に戻るのがきわめて難しい。3年間はモンサント社の検査を受けなければならないが、GM種子が畑にこぼれて自生してしまい、完全な駆除は不可能に近いからだ。優良な非GM種子が減少し、買えなくなっている場合も多い。こうしてモンサント社は農民を囲い込んでいく。

また非契約農家の作物にGM作物の花粉が風などで飛散して交雑した場合でも、モンサント社は特許権侵害で訴えることがある。米国のNGO、食品安全センターの調査によれば、同社は2010年1月現在、農民相手のGM種子の権利侵害裁判を136件起こしていた。同社が勝訴した70件の認定額は平均17万ドル、総額は約2300万ドルだったという(ほかに和解による事実上の勝訴もある)。
不当な訴訟で訴えたモンサント社に敢然と立ち向かったのが、カナダの農家パーシー・シュマイザーだ(注6)。

◆「回転ドア」人事で行政府と一体化
米国では、専門家が官と民の間を行ったり来たりする独特の癒着人事が広く行われ、大企業と行政府は事実上一体化している。バイオメジャーでも、そうした「回転ドア」人事が活発だ。
モンサント社における代表的人物が、FDAの食品・動物医薬担当副長官を務めているマイケル・テイラーである。かれは大学で法曹資格を得た後、FDAの長官助手になって食品安全問題にかかわり出した。その後、モンサント社側と政府を行き来し、オバマ政権発足後、同社の副社長からFDAの長官上級顧問に転じ、すぐに副長官になった。

この間、FDAの政策担当局次長を務めていた1993年に、先の述べたrBGHを認可した。そのさい、GM技術に由来する食品と他の食品の間に有意な差はないとして、特別な表示は不要との決定をした。これは後に、GM食品全体に表示義務を免除することにつながり、業界にとって大きな意味をもつことになった。
rBGHはその後モンサント社のドル箱商品となり、テイラーは「利益相反」に問われたが、連邦議会の会計検査院(GAO)は調査の結果、「経済的な利益相反はみられない」との結論を出している。

◆「モンサント保護法」も成立
モンサント社などは巨額の政治献金と強力なロビー活動で政治に意思を反映させる。たとえばオバマ大統領は2008年の大統領選挙では「GM食品の表示義務化」を一時は主張していたが、当選後はいっさい語らなくなった。
そんな米国で2013年3月、「モンサント保護法」と呼ばれる法律が成立した。GM作物について裁判所が、農務省の環境影響評価の誤りを理由に栽培の承認を無効と判断した場合でも、生産者などが要求すれば、農務長官はただちに一時的な許可または一時的な規制解除を与えることができるという条項だ。モンサント社などが1年前から議会に働きかけた結果、587ページもある財政支出法案(包括予算割り当て法案)の一部に埋め込まれた。

この法案に対しては25万人の署名が添えられた反対請願がオバマ大統領に送られたが、法案は上下院で可決され、大統領も署名した。
しかし、この三権分立原則を侵害しかねない条項については成立後、抗議行動が激しくなり、同年9月には議会で同条項を削除する法案が可決された(この異例の事態はGM作物をめぐる米国社会の変化を象徴しているとみる向きもある)。

このような政治力も持つバイオメジャーの究極の目標は、種子支配を通じて世界の食料を支配することにある。それを米国政府が国策として後押ししており、その有力な武器がTPPなどの貿易自由化圧力なのである。
一握りのバイオメジャーに世界の食を支配させてよいのだろうか。

注4 バイオメジャーという言葉を使ったのは久野秀二だ。かつて世界の石油を支配した「石油メジャー」を踏まえた命名だろう。

注5 米国をはじめ多くの国では、GM種子や遺伝子そのものにまで特許が認められている。普通の種子でも特徴ある遺伝子を見つけて特許化すれば、その植物に独占権が認められるのだ。しかし、種子や遺伝子といった生命体に特許権を適用することには異論も多い。「生命特許は生物多様性と土着の知恵のハイジャックだ」とインドの社会運動家ヴァンダナ・シヴァは述べている。

注6 カナダ中西部で自家採種と品種改良を続けてきたシュマイザーの畑で、1998年にRRナタネが見つかり、モンサント社が特許権侵害を主張した。シュマイザーはRRナタネの種子をまいたことはないと反論し、裁判になった。2004年5月にカナダ最高裁は、特許権侵害に当たるとしながらも、シュマイザーはこの特許権使用から利益を得ていないとし、同社が要求していた技術使用料の支払いは免除、訴訟費用も各自分をそれぞれが負担するという判決を下した。同社には訴えたことによる利益はなく、その点では訴訟乱発を抑制する効果をもつ判決だった。
(敬称は略しました。続く)

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