◆児童・生徒の10人に一人も
「発達障害」の子どもたちが増えている。日本では1990年代から急増しており、2012年の文部科学省の全国調査によれば、学習面や行動面で著しい困難を示す児童・生徒が通常学級に6.5%いた。
このほか特別支援学校と特別支援学級に在籍する児童・生徒が1.4%いるし、統計に反映されない児童・生徒もいるから、約10人に一人が発達障害児だろうと、市川宏伸・日本発達障害ネットワーク理事長はみている。
発達障害は、子どもが発達途上において特定の領域で社会的な適応が困難になる症状を指す用語で、具体的には次のような症状を示す(注9)。
▽広汎性(こうはんせい)発達障害=「対人関係がうまくいかず、社会になじめない」「コミュニケーションが苦手」「一つのことにこだわる」という特性がある。自閉症やアスペルガー症候群などを含む。特性の現れ方がさまざまで分類が難しいため「広汎性発達障害スペクトラム(連続体)」とも呼ばれる。
▽学習障害(LD)=全般的な知的発達に遅れはないが、聞く・話す・読む・書く・計算する・推論するという6能力のうち、特定のものの習得と使用に著しい困難を示す。
▽注意欠陥多動性障害(ADHD)=年齢にふさわしい注意力がなく、常に動き回ったり、突然怒鳴ったりする。
(注9)これらの名称と定義は「発達障害者支援法」によるもので、今後、以下述べる事情から変更される可能性がある。
精神疾患の病名・診断分類には、世界保健機関(WHO)が定める「ICD」分類と米国精神医学会の定める「DSM」分類があり、日本の医療行政ではICDが使用されているが、臨床研究などではDMSが使用されることが多い。
米国精神医学会は2013年5月、診断分類を改訂して「DSM-5」を発表した。新分類では、「アスペルガー症候群」を廃止して「自閉症スペクトラム障害」に一本化するなど大幅な変更が行われた。これを受けて日本精神神経学会も関連学会などと統一用語を検討し、2014年5月に新指針を発表した。それによれば、「障害」は「症」に言い換え、たとえば「注意欠陥多動性障害」は「注意欠陥・多動症」に、「学習障害」は「学習症」に変更された。
このため日本では二種類の分類や用語が使われることになった。この状態は、ICDとDSMの調整が行われる予定の2017年ごろまで続きそうだ。
◆身の回りの農薬類が原因の一つ
なぜ発達障害は急増しているのか。被害と研究の先進国であるアメリカでは、遺伝と環境的・社会的な要因の複雑な総合作用によるものであり、その重要な一因が「家庭などで子どもたちがふつうに出会う化学物質」であることがほぼ定説になっている。
原因物質としては、鉛、水銀、マンガン、ニコチン、ダイオキシンとPCB(ポリ塩化ビフェニール)、有機溶剤などに加え、有機リン系・ピレスロイド系・ネオニコチノイド系の農薬が考えられている。
アメリカでは、定説を裏づける疫学調査結果がいくつも公表されている。その一つが2010年に発表されたハーバード大学チームによる研究だ。チームはアメリカの8~15歳の子ども1139人の尿を採取し、有機リン系農薬の代謝物の濃度を調べるとともに、親と面接して119人(約10%)がADHDであると診断した。両者の関係を調べた結果、代謝物が平均値以上の濃度だった子は、代謝物が検出されなかった子よりADHDの割合が約2倍も高かった。
子どもたちは有機リン系農薬を、主に食品中の残留農薬と家庭で使用される殺虫剤から摂取したと考えられている。
◆欧州食品安全機構が勧告
これら数多くの研究を踏まえ、米国小児科学会(AAP)は2012年に「子どもが農薬に曝露されることは可能な限り制限されるべきである」とする声明を発表した。
声明によれば、子どもたちは日常的に農薬に曝露されており、それらの潜在的な毒性に対してきわめて脆弱だ。胎児期・小児期における農薬の曝露が、小児がんや認知機能の低下およびADHDと明確にかかわっていることが疫学調査で示されているという。
一方、欧州食品安全機構(EFSA=EUのリスク評価機関で、日本の食品安全委員会に当たる)は2013年12月、ネオニコチノイド系の二つの農薬(アセタミプリドとイミダクロプリド=商品名はアドマイヤーなど)について、発達神経毒性をもつ可能性があると認め、現行のADIなどでは安全性が十分とはいえない可能性があるとして、欧州委員会(EUの行政機関)に対してADIなどの引き下げを勧告している。
◆農薬類から身を守るには
環境化学物質があふれる現代の社会で、私たち、とくに子どもたちの健康を守るにはどうしたらよいだろうか。
何より必要なのは、化学物質を食品や環境から取り込まないようにすることだ。(加工食品でなく)残留農薬や食品添加物の少ない食材を選んで料理し、家庭内ではできるだけ殺虫剤などの使用は避けたい。とりわけ乳幼児がいる家庭や、妊娠中または妊娠が可能な女性は注意しなければならない。
だからといって「恐怖心をもったり、神経質になったりするのはよくない。今の時代、摂取量をゼロにすることなどできはしないのだから」と、化学物質過敏症に詳しい宮田幹夫・そよ風クリニック院長(北里大学名誉教授)は言う。「ずぼらに、しかし注意深く生活すべきだ」とアドバイスしている。
同時に、体内に取り込まれた有害な化学物質を解毒する効果のあるものを多めに摂るとよい。具体的には、ビタミンCやビタミンE、ビタミンB12などであり、トマト・カボチャ・ニンニクなどに含まれるフラノボイドや、ブロッコリーのグルタチオン、にがりのマグネシウムなども有効だ。
そして、多少の化学物質に負けない抵抗力をつけること。それには早寝早起きをし、軽い運動をしてストレスのない生活を送ることが基本になる。ただそれは、現代の働く人たちや子どもたちにとってなかなか難しいことかもしれない。
◆「化学物質まみれの暮らし」から抜け出す八つの提案
化学物質なしには成り立たなくまった現代社会で、「化学物質まみれの日常」から抜け出すにはどうしたらよいか。その心得として、化学物質問題市民研究会が以下八つの提案をしている。
1 化学物質、とくに新しい人工化学物質はなんらかの有毒性があると考えること。
2 事故や被害を防ぐために製品の注意書きをよく読んで守ること。試してみて自分に合わないと思ったら、すぐにやめること。
3 どうしても必要か、ほかの手段はないかまず考え、化学物質はむやみに使わないこと。
4 新しい化学物質より古くから使われているもの、できれば天然の素材を選ぶこと。
5 健康への影響を考えて、化学物質を使う場合は有毒性のより少ないものを使うこと。
6 環境への影響を考えて、生活の中でたくさん使っているものから減らしていくこと。
7 化学物質過敏症の人など化学物質に感受性の強い人がいることを考え、化学物質はできるだけ使わないようにすること。
8 化学物質を使うときは使用中だけでなく、ゴミにした後のことも考えること。化学物質は燃やしても埋め立てても有害なのだ。
◆参考文献
岡田幹治『ミツバチ大量死は警告する』(集英社新書、2013年)
宮田幹夫『化学物質過敏症BOOK』(AEHF JAPAN、2007年)
竹内吉和『発達障害を乗りこえる』(幻冬舎ルネッサンス新書、2014年)
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