皇位も含む「女性に対するあらゆる形態の差別」

女性差別撤廃条約(外務省の訳では「女子差別撤廃条約」)の正式名称は、「女性に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」という。
この条約は、「男女の完全な平等の達成に貢献することを目的として、女子に対するあらゆる差別を撤廃することを基本理念としています。具体的には、『女子に対する差別』を定義し、締約国に対し、政治的及び公的活動、並びに経済的及び社会的活動における差別の撤廃のために適当な措置をとることを求めています。」(外務省)

条約は1979年の第34回国連総会において採択され、1981年に発効、日本は1985年に締結している。

各国の女性差別撤廃条約の実施状況を審査するのが、国連の女性差別撤廃委員会(CEDAW)。その定員は23名。条約締約国から選出され、個人の資格で職務を遂行する。委員の構成は、弁護士や学者、外交官・国会議員・NGO代表などからなる。この委員会意見が、グローバルスタンダードだと言わざるを得ない。

一昨日(3月7日)、その委員会が日本政府に対する勧告を含む「最終見解」を公表して話題となった。勧告は14ページ、57項目にわたるものだという。まさしく、「あらゆる形態の差別」に言及されている。

日本政府の女性差別撤廃へ向けた努力への評価もなされている。しかし、全体としては「過去の勧告が十分に実行されていない」と厳しい指摘となっている、という。

たとえば、夫婦同姓の強制制度。最高裁の「合憲」判決にかかわらず、「実際には女性に夫の姓を強制している」と指摘し、改正を求めている。

女性についての6カ月の「再婚禁止期間」について、最高裁は「100日を超える部分」を違憲としたが、「女性に対してだけ、特定の期間の再婚を禁じている」として、撤廃を求める内容となっている。

マタハラ、セクハラを禁じ、国会議員や企業の管理職など、指導的な地位を占める女性を20年までに30%以上にすることなども求めた。

そして、慰安婦問題には約1ページが割かれ、前回の勧告より詳細な記述になったという。日本政府が「被害者の権利を認識し、完全で効果的な癒やしと償いを適切な形で提供する」ことなどを求めている。この問題では、「被害者中心のアプローチが十分にとられていない」として、日韓両政府が批判されている。

注目すべきは、日本政府が、「慰安婦問題は女性差別撤廃条約を締結した以前に起きたために委員会が取り上げるべきではない」と主張していることについても、取り上げられ「遺憾に思う」とされている。

女性差別撤廃委員会が扱ったテーマは、差別に関する法整備から女性への各種暴力、雇用、人身売買、売春、ゲーム・アニメも含むポルノ規制、アイヌや在日コリアンなどマイノリティーの問題など広範囲に及んでいる。心して耳を傾けるべきだろう。

さて、以上が7日の「最終意見書」に盛り込まれて話題になったこと。今日(3月9日)になって、盛り込まれなかったことが話題になった。皇位継承に関する女性差別である。

女性差別撤廃委員会が日本政府に対してまとめた最終見解の案に、皇位を男系男子に限っているのは女性差別に当たるとして、皇室典範の改正を求める勧告が盛り込まれていたという。

これは、菅官房長官が9日の記者会見で明らかにしたこと。日本側が強く抗議し、7日に公表された最終見解からは記述が削除されたのだという。グローバルスタンダードがローカルルールに譲歩した図ではないか。

具体的には、「皇室典範は男系男子の皇族のみに皇位継承権が継承されるとの規定を有しているが、母方の系統に天皇を持つ女系の女子にも皇位継承が可能となるよう皇室典範を改正すべきだ」と勧告していたのだという。なるほど、「女性に対するあらゆる形態の差別の撤廃」は、そこまで及ぶのだ。皇位は紛れもなく国家機関である。皇室典範は国会で改廃が可能である。グローバルスタンダードからは、是正勧告の対象と映るのだ。

皇位が世襲であることは身分的差別として不合理は明らかだが女性差別ではなく、女性差別撤廃委員会の容喙するところではない。しかし、皇位が男系男子に限られているとすれば、国家機関受任における明らかな女性差別があることになる。

官房長官は、記者会見で「わが国の皇位継承の在り方は、女子に対する差別を目的にしていないことは明らかだ」と述べたという。不快感だけは理解できるが、論理的には意味不明。反論になっていない。

夫婦同姓も、再婚禁止期間の設定も、慰安婦問題の解決遅延も、「女子に対する差別を目的にしていない」とは言えるのだ。ローカルルールでは、「女子に対する差別を目的にしていない」として問題にならないことが、グローバルスタンダードでは、「目的」を捨象した「客観的な差別の有無」が問題とされるのだ。

官房長官は、おそらく本当に言いたいことはこんなところだろう。
「我が国は、有史以来天皇という神的な権威を中心に国家を形成し国民を統合してきました。天皇は神聖にして犯すベからざるものなのです。皇位の継承は言わば神の意思によって定められたもので、畏れおおくも臣下の我等が口をはさむことなどできることではありません」

しかし、これこそローカルルールとして日本の一部にだけ通じる話。グローバルスタンダードを論じる場では、通じることではない。

産経が、予想された通りの反応をしている。
「国連女子差別撤廃委員会が、母方の系統に天皇を持つ女系の女子にも皇位継承が可能となるよう皇室典範を改正すべきだとの勧告をしようとしていたことは、同委がいかに対象国の国柄や歴史・伝統に無理解な存在であるかを改めて示したものだ。勧告の理由は、女性だから皇位継承権を与えられないのは差別であるという単純かつ皮相的なもので、125代の現天皇陛下まで一度の例外もなく男系継承が続いてきた事実、日本国の根幹をなす皇室制度への尊重はみられない。」

閉鎖的環境から国際社会への直情的な反発というしかない。自分たちが「国柄や歴史・伝統」と後生大事にしていたものが、実は偏狭な陋習でしかないことを知るべきなのだ。

北朝鮮や戦前の日本が好例である。拳を振り上げて、神聖なものを守ろうという姿勢が、グローバルスタンダードからは滑稽に映らざるを得ない。まずは、国連の委員会の言に耳を傾けよう。同姓の強制も、再婚禁止期間も、従軍慰安婦問題解決も。そして、皇位承継の女性差別についてもだ。
(2016年3月9日)

初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2016.03.09より許可を得て転載

http://article9.jp/wordpress/?p=6543

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